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七人の呪詛者  作者: 野原四葉
七人の呪詛者/天野市花の章
38/55

【38】私たちの娯楽・壱(京奈千冬、アリス)

 蝉の甲高く煩い鳴き声を聞くと、夏だなと思える。

「アリス!早くー!」

「千冬、待ってよー!」

 千冬は、家の外に出たことがない。必要なものは全て家の中にあるからだ。今日が、初めての外出になる。

「走ると転んじゃうよー?」

 アリスの家は草木に囲まれた山の頂上付近にある。降りるだけで一苦労というのに、千冬ははしゃぎながら走っている。

 30分ほど歩くと山の梺に付いた。

「千冬、早いってば···ちょっとは私のこと心配してよね!」

「え、あ、ごめん···ついはしゃいじゃった···」

 久しぶりの外。数ヶ月前までは、外という空間が嫌だった。『独り』だから。『姉』が怖いから。

「もう汗びっしょりだよ。やっぱ夏には外に出ない方が良かったかも」

「何言ってるのさ、半袖の服を着る決心をしたのはアリスじゃんか」

「それは···千冬が提案したから仕方なく···」

「言い訳無用!私が何を言おうと、アリスが悪い!ってか、外出時にそんなゴスロリ服着るからだよ!」

 千冬がアリスの服を指差して言う。アリスの私服は、どうやら偏りがあるようで、どれも袖に謎のフリフリがついている。

「しょうがないじゃん···私はこれが『普通』なんだしさ···」

 アリスが自分の着ている服を見て、小さく呟く。

「私のお母さんは、私を『着せ替え人形』としか思っていなかった。あなたは私の娘だ、私の言葉に背くことは許さない、って言われた時もあった。お父さんは···私を『人間』として見てくれなかった。機嫌を悪くするとすぐに暴力。そんな両親だった」

 アリスは『今の自分』が嫌いだ。自分の『在り方』は、全て親が与えたものなのだ。自分は独り身ではなく、今は亡き『親の一部分』同等といえる、そんな自分が憎くて堪らない。

「それでも···私は両親が大好きだった。妹も、私は好き。同じ立場だったから、かな」

 ――千冬には、最後の一言が理解できなかった。『同じ立場』の人がいないから、誰も私を分かってくれないから。両親だってそう、姉だってそう。誰も私を知らない。

「···アリスは凄いね。好きだった人がいたのって、羨ましい」

「え、でも千冬は千冬のお姉さんのこと、好きじゃないの?」

「···大嫌いだよ。誰も私を愛してくれない、私を独りにするから···嫌い」

 千冬はそうとだけ言い、軽く溜め息をはいた。そして、アリスを置いて歩き出す。

「···ごめん、変なこと訊いちゃって。ほんと、ごめん」

 千冬の後ろを、アリスはゆっくりと歩いた。


 山を降りて、20分ほど歩くとデパートがある。

「千冬···」

 アリスが千冬の着ている服を軽く引っ張る。

「人が···多いよぉ···」

 今にも泣き出しそうなアリスを見て、千冬は驚いた。

 アリスは『人』が苦手だ。それもあって、外に出たことがない。両親に玩ばれたことが、アリスの人生を変えたといっても過言ではない···ハズだ。

「そんなこと言ったって、デパートは人が集まる場所でしょ?そんなこと言ってたら服買えないよ?」

「もういいいぉ···服いらないよぉ···怖いからぁ」

 アリスが――泣いた。あなたは本当に私の歳上か、と千冬は思った。

「ダーあーメ!」

 千冬はアリスの手を振りほどいて言った。その声に反応して、何人かこちらを向く。――その目線にすら、アリスは顔を隠す。

「服を買わないと夜一緒にベッドで寝れないよ?それでもいいの?」

「···ダメ」

「だったら他人なんて気にせず服を買うの!」

「···それも、ダメ」

「どっちかにしてよ!」

 二択の両方を否定する人は初めてだ。

 千冬が溜め息をつくと、アリスは落ち込む。迷惑をかけていると思っている――いや、自覚しているのだろう。

「···はぁ。手繋いであげるから買いに行こうよ」

「え···いいの?」

 千冬が差し出した手を、じっと見つめながらアリスは言った。「今日だけだから」と千冬が呟くと、アリスは「ツンデレかな」と挑発するかにように言う。

「ん···ほら、行くよ」

 千冬がアリスの手を取り、強引に引っ張った。

「あ···。ありがと」

 アリスはされるがままに、千冬の手を握り返した。


 エスカレーターで二階に上がって、すぐ左に洋服店がある。

「『LOVER(ラヴァー)』···?『恋人』ってことだよね?変わった店名···」

「···アリスはどんな服が好みなの?LOVER(ここ)、結構品揃えいいよ」

 ずらっと並ぶ洋服は、何を基準にして並んでいるのか分からない。自分たちに合うサイズの服はどこに置かれているのだろうか、千冬はアリスの手を引きながら思う。

「···千冬と同じのがいい」

「えー、それじゃあつまんなくない?ってかちょっと気持ち悪いじゃん」

 アリス。お嬢様。――着せ替え人形には、服という物が何なのか、理解できていない。自分の好きなファッションには目を向けず、ただただ服を着てきただけなのだから。

「···じゃあ、これ」

 アリスの指差す方向に目線をやると、クマのキャラクターをモチーフにした、ゆるい服があった。

「え···似合わなさそう···」

「そう?私、こういう『可愛い』の憧れなんだよね」

 服を手に取って、アリスがはしゃぐ。

「『憧れ』って、アリスだってその服可愛いじゃん」

「ううん。何というかねー、えっと···こういう淫らな服に憧れてるの!」

「淫ら···」

 アリスが服を広げて、体に当てる。「似合ってる?」と訊かれて、正直千冬は迷った。――似合ってない。銀髪のアリスにこういった服は合わないのだ。

「···いいんじゃない?」

 アリスは『普通じゃない』。千冬たち『一般』とは、位が大きく違う。アリスは可愛さより、美しくあるべきなのだと、千冬は思う。

「ねね、試着室ってどこにあるの?これ着てみたい」

 千冬の服を引っ張るアリスは、デパートに来たときとは違い機嫌が良い。――手を繋いでいないのに。

「試着室は···あそこ。案内するよ」

 千冬が歩き出すと、すかさずアリスは千冬の手を掴む。手を繋いで状態で行こう、ということだ。

「千冬はどんな服着るの?」

「私?私は···こういうの」

 指差した方向へ目線をやると、ネコのキャラクターが描かれた服があった。

「私のクマと変わらないじゃん!」

「ち、違うよ!アリスのそれはクマの顔だけ描かれてるけど、このネコは全体描かれてるんだよ?それにネコの方が可愛いし!」

 ――と言ったものの、並べて見るとさほど変わりはなかった。

「···べ、別にいいもん!私、猫好きだから」

 アリスを置いて、千冬は試着室に向かった。ネコのキャラクターが描かれた服を、大事そうに抱きながら。

「やっぱり、千冬って可愛い」

 アリスは千冬を追いかける。洋服店の中で迷子なんて、そんな恥ずかしいことはできない。

 ――その時、少し離れた所に、千冬に似た『誰か』が立っていた気がした。

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