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七人の呪詛者  作者: 野原四葉
七人の呪詛者/天野市花の章
35/55

【35】会いたいと願うこと(天野日向、美悠)

 午前9時25分――福根駅前。

「ねぇ、ひろ、」

 自転車で上り坂は流石に疲れる。しかも二人乗りだ。

「はい、」

「またこっちに来る?」

 日向が尋ねると、ひろは浮かない顔をした。

「···無理なの?」

 ある程度、ひろの顔を見れば分かってしまう。

 昨日だって、ひろがワガママを言って会いにきたらしい。ひろの父親は厳しいらしく、母親は肺癌だとかで入院中と聞いている。

「で、でも。お父さんだって分かってくれるハズですから···。でも···11月頃までは···」

 ひろの母親の余命は11月中旬だと医師から告げられている。母親が亡くなれば、父親はひろを自由にする――意味不明な道理だが、宮辺家ではこの道理が通っている。

「11月頃か···」

 学校で会えるからいいじゃないか。そう前向きにはなれない。休日に、2人っきりになれる空間がほしい。そう思ってしまう。

「···長い」

 ただ2人だけの空間がほしいだけなのに、それすら難しい。

「大丈夫ですよ!私と先輩が『一緒にいたい』と望むのならば、お父さんから許可はおります」

 その言葉で、日向はハッとした。『一緒にいたい』と願えば、ひろが来てくれる――。

 日向はひろの腕に手を伸ばして、そのままひろを胸元まで動かした。

「え···」

 日向はひろを抱きしめた。

「先···輩?」

「『一緒にいたい』。明後日から夏休みじゃんか。ひろとやりたいことがいっぱいあるんだ。一緒に海へ行って泳いだり、浴衣着てお祭りへ行ったり――だから、私はひろと一緒にいたい」

 日向の腕に力が入り、ひろの胸を圧迫する。ひろは苦しさの反対に、大好きな日向に強く抱かれる悦びを味わっている。

「···先輩、それって『愛の告白』ですか?」

 ひろが尋ねると、日向は速攻で「違う」と言った。

「でも、これは『愛の告白』に近いもの」

 一瞬、ひろの肩がピクリと動いた気がした。――勘違いだろう。

 それから2人は何も言わなかった。ひろが日向の背中に腕を伸ばすこともなければ、逃げようとして日向の腕をほどく気配もない。ただ、互いの鼓動と、圧し殺そうと必死の鼻息を感じるだけだ。

「···先輩、私夢があるんです」

 「何?」と日向が尋ねると、ひろは躊躇ったのか静寂した。

「···先輩は進学するんですよね」

「···観庸(かんよう)大学にね。通訳の仕事に就きたいから替えることはないと思う。先生だって私の実力なら行けるって言ってたし」

 ここで、やっとひろは日向の背中に腕を添えた。日向は突然のことに驚いてしまったが

、何事もなかったかのような素振りを見せる。

「···『先輩と同じ大学に行くこと』です」

 数秒後、日向の「本気なの?」という問いかけに、ひろは「本気です」とだけ返した。

「観庸大学ってひろの学力だと難しい所だよ?」

「それでも目指したいんです!···先輩は私の『憧れ』ですから」

 憧れという言葉を聞いたのは何年ぶりだろう。そんな疑問が浮かび上がった。目標を持たず、ただ『今』に着目していた。誰かに自分を見てもらうことなどなく、ただ自己満足をしてきた。そんな日向は『憧れ』という言葉を良く知らない。

「···バカ」

 突然日向から吐き捨てられた言葉に、ひろは驚愕した。日向はひろから離れるように、ひろの腕を外す。

「そんなこと私に言ったら、夏休みに『勉強会』開くことになるでしょ」

 ――新しく予定ができてしまう。という意味だろうか、ひろは脳内で何度も日向の言葉を繰り返し再生するが、答えにはたどり着けない。

「それってどういう···?」

 降参するかのようにひろが言うと、日向は溜め息をついた。

「『答え』は有って無いような物だよ」

 日向はひろから離れると、自転車のスタンドを右足で軽々しく弾いた。

「有って無いような物···?」

 日向が自転車に跨がると、ひろが「あ、」と小さく言った。そして浮かない顔を見せる。

「ひろ、私ね。そろそろひろに言わなくちゃいけないことがあるの」

 ひろの気の抜けた「何ですか」という問いかけで、日向は言うべきかを悩んでしまった。

「···告白の返事」

 忘れていたわけではないだろう、ひろの口から吐息が溢れる。

「今度会うまでに『返事』考えとく」 

 そうとだけ言い、日向はペダルをこぎ始めた。すぐ近くの曲がり角を曲がれば、ひろとのお別れのサインだ。

***

 美悠は家の窓から山を見つめる。

 いま、美恋はどこにいるのだろうか。10日間旅行に行くと言っていたが、10日以上経っているのに戻ってこない。――心配だ。

 美悠が日差しに目を眩ましていると、ドアがノックされた。

「美悠、最近元気ないけど···何かあったの?」

 美悠の母親だ。名前は(つかさ)

「別に···特にはありません」

 宰は、全身に軽い火傷を負っている。見るだけで痛々しく、つい目を逸らしてしまう。

「そうか、」

 そう言い、ヨレヨレとした足取りで部屋を出ようとしている。

「お母様。お訊きしたいことがあります」

 「ん?」という声と共に、宰は振り返った。そのたった一瞬に美悠が感じた気――これが吐き気だ。

「『正しさ』って、何ですか?」

 その問いかけで、宰は黙り込んだ。顔に巻かれた包帯のせいで、目線がどこを向いているのか分からない。唯一の頼りは顔の向きだ。宰は美悠の目を見ている。

「···誰が正しいとか、そんなの決まっていないよ。私たちが思っているより『法則』や『決まり』が定かじゃないからね」

 宰の目線はもしかしたら美悠ではなく、美悠より奥にある外なのかもしれない。微かに見える眼に、美悠が映っていない。

「お母様は正しくないの?」

「私は···正しさで在りたかっただけだよ。もし私が『正しい』のなら、たった1人の見ず知らずの少女の為に身体を棄てないからね」

 ――美悠に物心ついたころには、既に宰は火傷を負っていた。詳しくは知らない聞かされていないけれど、たった1人の幼い女の子を助ける為だとか。

「···『誰かを助ける』ということは、その代償として『自身の何か喪う』こと。そう思った。例え私のように目に見えるものではなく、人にある『感情』や『夢』。『時間』だってそう」

 宰は二度と誰かを庇うことはない。例え親戚の命が懸かっているとしても、自分が大事。人は自分自身だけを守るべきだ。

「···私はお母様の考えは間違っていないと思います。でも、私には『自分の命よりも大切な人』がいます」

 包帯の隙間から、宰が目を見開いているのがハッキリと分かった。

「···正しさなんて人の『在り方』や『見方』によって変わるものだよ。美悠の眼には···そうだね、綺麗な『炎』が見える。それも今にも消えそうな炎。その炎を消えないように守っているのが――その、美悠の言う『大切な人』なんだろうね」

 宰はそう言い残すと、部屋を出た。生まれてはじめて、美悠は母親の目を見たかもしれない。

「美恋···」

 今さら美恋について行けば良かった、なんて思ってしまう。美恋には美恋の『大切なもの』があるのだろう。――美悠はカーテンを閉じた。

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