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七人の呪詛者  作者: 野原四葉
七人の呪詛者/天野市花の章
34/55

【34】アンハッピー・サイド・シンデレラ(天野日向、宮辺ひろ)

 日向とひろの帰りは遅かった。帰ってきた頃には夕食も出来上がっていて、霙が市花たち3人に名前を暴露した後だった。

「ひろ、カボチャ食べて···」

 今日も永梨は狙ってカボチャの煮物を作った。それを、日向はひろに食べてもらおうとしている。

「え、そんな、あの、か、間接···」

 今回は失敗だったかも、と永梨は思い、敢えて何も言わずにいると、ひろが日向の箸にかぶりついた。――え?そうやって渡すの?

 日向がありがとうと言い、ひろは何も言わずに下を向いている。

「あ···2人は仲がいいんだね···」

 驚いたのは永梨だけではなかったらしく、市花も困惑しながら訊いた。

「ただの『先輩と後輩』だよ。まぁ他とは違う『仲』なのかもね」

 日向がカボチャの煮物を見つめながら、何かおも苦しい物を思い浮かべたようにしんみりとした。

 そんな日向を見つめていたのは、紛れもなく霙だ。

「···霙、何でさっきからこっち見てるの?」

 霙は自分が呼ばれたと気が付かず、日向を見続けている。永梨が霙の肩を軽く叩くと、ハッと我に返ったような反応をした。

「あ、え、何ですか?」

 霙が辺りをキョロキョロと確認していると、日向はため息をついた。

「···何を考えてたの?」

 日向の問で理解したのか、霙は晴れない様子で日向を見て――流れるように市花も見た。

「···この前のこと、根に持っていますか?」

 その問いかけに、日向は数秒間迷った。8秒ほど経ってから、日向の口が小さく開く。「あ、あれか」と軽く言う。

「別に気にしてないよ」

 日向の言葉を予想していたのか、永梨は「ほらね」と言い、霙の横腹をつつく。

「え、本当ですか?」

「いやぁ、気にしてない···というよりは『受け入れるしかない』ってところかな」

「···え?」

 ――それはつまり、日向は日向自身で――『市花を諦める』ということ。

「···霙は間違ってない。最初から、間違えていたのは私だったんだよ」

 日向が言い終わる後か前か、際どいところで永梨が椅子から立ち上がった。そして、机をまたいだ状態で、日向に「『自分の想い』を棒に振るの?」と小声で言った。

「···うん」

 日向の言葉に、なぜか満足をしたらしく、永梨は「そう」と言い、椅子に座った。

「···驚いたけどさ、日向が『諦める』と自分で考え、自分の口から言えた――なら、私は特に何か言うこともない」

 最後に、永梨は「諦める?諦めない?」と、日向に尋ねた。

「···『諦める』」

 吐き捨てられるように流れ出たその言葉は、場を理解していない市花たち3人とひろの心を揺らす。

「···そっか――偉い!」

 理解に苦しむ者に追い討ちをかけるように、永梨は笑った。

 夕食は、短いような長いような――普通なような。不思議な時間だった。そして何より、日向が笑ったところを、市花は久々に見れた気がする。

***

 時計を見るまでもなく、外を見れば今が夜遅くだと分かる。

「ひろは明日の何時に帰るの?」

「···私、邪魔ですか?」

 日向は予想外の回答に困惑した。質疑応答という言葉を知っているのか?質問しているのは日向(こっち)なのに、ひろが質問で返すのだから。そういうところが、ひろのダメなところかもしれない。

「···うん。ベッドのスペースが狭すぎる」

 押し入れから布団を出そうと思っていたが、永梨がせっかくだから、と一緒のベッドで寝ることになった。そして何より、ひろは遠慮しない。人のベッドなのに、半分以上使っている。

「それ、本音ですか?」

 ひろは信じたくないから訊いたのではなく、『日向が正直になるために訊いた』。それを日向は理解したのか、ひろを向かずに「ごめん」と小声で言う。

「···お父さんと、お母さんに会いに行く予定があるので、明日の10時頃には家に帰らないといけません」

 その言葉で、日向の手が独りでに、ひろの腕を強く掴んだ。

「え、あの、先輩?」

 ひろの腕が小刻み震えている。

「···私ね、『心を満たしてくれるもの』がないとダメになっちゃうんだ」

 ひろは、日向の言葉を理解に苦しみながらも、何も訊かず、ただ当てずっぽうの想像で対処しようとしている。

「やっと見つけたものは···ものは···『私専用』じゃなかった」

 ひろの悩ましげな顔に目もくれず、日向は愚痴のように言い続ける。

「『優しさ』ってさ、限度があるよね」

 ――市花は優しすぎる。日向だけではなく、琳や憂にも優しい。だから、日向は悲しむのだ。

「『優しい者は絶対』だって、どうして思ってたんだろ···」

 日向の目から涙が溢れ落ちようとしている。

「そ、そんなことないです!」

 ひろは、聞いているだけの話に我慢ができなくなったらしく、裏返った声をあげた。

「私、先輩の『優しさ』に助けられましたよ?」

 そんなことないよ。と日向が言うと、ひろは「あります」とだけ言い返す。

「先輩がいなかったら、いまの(ひろ)は存在しなかったです。先輩と話すきっかけができたのも、独りぼっちだった私を先輩が構ってくれたからじゃないですか」

 ひろの言葉は――正しかった。

「そ、そんなことないよ。だって私はただ――」

「私、結構『哲学的に考えること』が好きなんです。だって『私が経験したことそのもの』が答えなんですから」

 「だからどうしたの?」と日向が尋ねると、ひろは日向の手に、掴まれていない方の手を当てた。

「『人間は自分自身を評価できない生き物』なんです」

 日向が、できもしない反論の言葉を考える考える前に、ひろは次々と話す。

「私が先輩のことを好きになったのは、先輩の『優しさ』に惹かれたからです」

 ――。

「私は『先輩の身体』と『先輩の優しさ』が好きです。『先輩の悩んでる顔』とか『先輩の怒っている表情』なんて···欲していません」

 堪えていた涙が、まるで吸われているようにボロボロと出てくる。ひろの前で泣いたのは、これで『2回目』になるだろう。

「···私は···自分が嫌い。ひろが独りだったから、独りぼっち同士気が合うと思ったから付き合ってただけ。そもそも、私がひろのことを『ひろ』って呼んだのだって、ただの言い間違いだし」

 ――そして何より、

「私は···自分に素直じゃない『自分自身』が大っ嫌い」

 素直じゃないから、大切なものを失った。

 素直じゃないから、嫌なことの連鎖。

 素直じゃないから、思ったことを口に出せない。

「神さま、この世に『呪い』があるのなら、私を『殺してください』。そして、来世では『幸福側(ハッピー サイド)』にしてください」

 気が付けばひろが日向の頬を伝う、大粒の涙を拭っていた。

「私は『先輩の死』も望んでませんよ?先輩が傍にいるだけで、私は『幸福側(ハッピー サイド)』ですから」

 ――それ以降、2人は言葉を交わさなかった。気が付けば手を握りあっていたことと、ひろの温かい手と日向の冷たい手には驚きを隠せなかった。

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