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七人の呪詛者  作者: 野原四葉
七人の呪詛者/天野市花の章
32/55

【32】啓斗が『ひろ』であるために。(天野日向、宮辺ひろ)

 ひろ――本名は宮辺(みやべ)啓斗(ひろと)

 啓斗という男染みた名前なのに、性別は女。小学校、中学校の頃はよくからかわれたものだ。親に頼ったところで、特に何もしてくれないのは分かっている。だから、啓斗は誰にも相談しなかった。いや、相談できなかった。

 高校一年生になると胸が踊るとか、そんな感情は一切なかった。あるのは不安・絶望。安らぎなんてものはない。

 クラスで自己紹介をする時間だ。名簿順に自己紹介が始まる。男子生徒はふざけて、女子生徒は呆れ返ったように。

 薪乃、松田、三井――気が付くと、自己紹介は啓斗の番だった。啓斗は気だるげに席から立ち上がり、「···宮辺啓斗です。よろしくお願いします」とだけ言い、席に座った。

 すると、数人の生徒の声が聞こえた。「ひろとって言った?」「なんか男みたいじゃね」「いやでも女じゃん。胸あるし」――ケタケタと笑っているのかそうでないのか分からない。啓斗はこの場から逃げ出したくなった。

 休み時間。

 予想通りの結果になった。クラスの女子生徒が啓斗を囲んで、質問責めになっていた。

 その質問の中で、啓斗の心を揺さぶったものは、

「ひろとってさぁ、何で『ひろと』って名前なの?親に虐待でもされてるの?」

 ――という、一言だった。

 そう、啓斗は虐待されている。そうでなければこんな名前をつけるハズがない。全て親が悪いんだ。全て――。

 部活動は、中学の頃に卓球をやっていたため卓球部に入った。

 どこに行こうと、何かをやるには自己紹介が必須なのか。入部したすぐに自己紹介をやれと言われた。

「···宮辺···啓斗···です。あの、卓球はやったことがあるので、ある程度の基礎は知ってます。よろしくお願いします」

 次の瞬間、まだ自己紹介をしていない生徒がいるというのに、啓斗の周りには人だかりができた。


 天野日向は、宮辺啓斗の名前が脳裏に焼き付いた。男染みた名前なのに、女ということが素晴らしいことと思えたのだ。

 一度は話してみたい、だけど人だかりが邪魔で目を合わすことも困難だ。

 初心者の一年生が入ってきたことにより、練習は軽くなった。普通、一年生の子には2人係りで指導する。だけど啓斗は違った。3人、場合によって4、5人もが指導している。――その中で、もっとも聞こえた声が「啓斗」という言葉だった。誰も「啓斗ちゃん」とは呼ばず、まるで男の名前を呼ぶような口調だ。啓斗は、名前を呼ばれる度に嫌な顔をしていた。

 ――どうして嫌なのだろう。格好いいのに。

 日向には啓斗の悩みが理解できなかった。


 一年生が部活動に馴染んできた頃――ユニフォームを購入する時期だ。

「天野、今日の休み時間中、一年生のやつらにユニフォームの申込書を渡しておいてくれないか」

 ――勿論、日向は断った。

「···嫌です。そういうのって部長がやることでは?」

「三年生のやつらに頼もうかと思ったのだが、生憎忙しいらしくてな。ほら、三年生はもう少しで修学旅行だろ?先生も中三の修学旅行の準備は一番苦労したもんだ」

 「はぁ」と、日向は気に食わない顔で紙を見つめた。

「部活の時間に先生から渡せばいいんじゃないですか?」

「···昨日の話聴いてたのか?先生は今日出張だ」

 あーそんなことを言っていた気がする。日向はありもしない記憶を作り替えた。そして、日向は紙を受け取った。――押し付けられた。だろうか。

 一年のフロアは何とも騒がしい。一年生だからこそ真面目なのかと思っていたが、一年生だからこそ中学の習慣が出てしまうらしい。

「えっと···『啓斗』って誰だっけ···?新入部員に男はいなかったハズ···あっ」

 忘れてしまっていた。

「啓斗は···3組だったハズ」

 日向が1年3組と書かれたプレートを見つけて、教室を覗いた時、微かなんてレベルではない、あからさま

な大声が聞こえた。

「ねぇ『啓斗』、次の時間英語のノート提出でしょ?」

「私たち昨日忙しくてできてないのよねー」

「『啓斗』はできてるでしょ?」

 数人の生徒が円を作って誰かに群がったいた。生徒と生徒の間から見えた顔――啓斗だった。啓斗は何気ない顔をして「そんな···」と苦笑混じりの声で言った。その中で、一番目立った言葉が「啓斗」だった。何を狙っているのか、全員が「啓斗」だけを強調して言っている。

「い、いや、まだ10分はあるから···あの、やった方がいいかなーって···」

 自分を囲む生徒と目を合わさず、啓斗は言った。「は?」その一言で、啓斗は顔を上げた。

「『啓斗』って親に虐待されてるんでしょ?」

「惨めで可哀想な『啓斗』を私たちは必要にしてるだけじゃんか」

 ――これが高校一年生なのか?よく見ると、啓斗を囲っている生徒の中には卓球部の新入部員もいた。

「い、いやそれは···」

 その言葉と同時に、日向はこの上ないほどの啓斗の憎しみに溺れた顔を見た。

「もう···いいでしょ。私もう行きたいんだけど···」

 「どこにだよ」「友達もいないのにか」――啓斗の目が明らかに変わった。

「黙れよ···」

 啓斗が、数分前までは内気な性格を保っていた啓斗が激怒していた。そして、啓斗は震えるほどに握りしめた拳で、自分を囲む生徒を殴ろうとした。

「ちょっ、やめろよ。あの、えっと···ひろ!」

 思わず声を出したのは日向だった。そして――『ひろ』と言った。

 その時、『啓斗』は『ひろ』に生まれ変わった。

「あ。いや、『ひろ』。ユニフォームの申込書」

 日向がひろに近付くと、ひろを囲っていた生徒は恐れるように退けた。怒られると思ったのだろう。――だが、日向は面倒事には関わりたくなかったため、特に気にしていなかった。

 ひろは無言だった。

 日向が廊下に出ると、廊下まで声が聞こえていたのか大勢の生徒が日向を見ていた。日向は人混みのような廊下をかき分け、昇降口まで行った。すると、後ろから誰かが日向の背中に手を伸ばして、抱き締めてきた。

「ひろ?」

「ありがとうございます···」

 ひろは日向はの背中に顔を押し付けながら、涙混じりの声で言った。

「嫌なときは「嫌だ」って言えばいいんだよ」

 取り敢えず心を動かすような言葉を言っておこう。日向はそんな他愛もない感情でひろに抱き締められていた。

 それから、一年生も部活に馴れてきたことにより、1人には1人の先輩がつくことになった。ただし、何があったのかは知らないけれど、ひろが孤立していた。――同級生や先輩には何も言われず、避けられるようになっていた。そんなひろに、日向は付きっきりだった。例の件により、天野日向とひろは仲が良いだとか言われていた。

「ひろ、両親には訊けた?」

 休憩時間、日向はひろの隣で座りながら尋ねた。

「は、はい!――私、産まれた時はすごくひ弱で、家族は心配したらしいんです。発案は『佳奈』だったのですが、『強く生きてほしい』という思いから『啓斗』に変えたらしいです」

 ひろは笑った。入学式の日や新入部員歓迎会の時とはまったく違う――それは『心からの笑顔』だった。

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