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七人の呪詛者  作者: 野原四葉
七人の呪詛者/天野市花の章
30/55

【30】誰かへの想い(天野日向、天野永梨)

 日向が泣きつかれて、泣いた自分が哀れだと理解した後、家に帰ると夕食の匂いがした。その匂いは独特で、すぐに何か分かった。

「あ、カボチャのスープ···」

 昨日、自分がカボチャを嫌いと言ったことを思い出す。意識したのか、偶然なのか。日向が覚悟するまでに時間がかかった。

「···ただいま」

 ドアを開けると、永梨が「おかえり」と言った。――なぜか上機嫌だ。何があったのか分からないけれど、気持ち悪いのはたしかだ。

「母さん···どうかしたの···ッ!――紙、読んだんだよね?」

「ん、あぁ。そりゃあ机の上に、不自然に置かれてたら見ちゃうでしょ」

 自分はなぜ、無理だとか書いたのだろう。今まで嫌なことがあったも「大丈夫」で済ましていた自分は何だったのだろう。今までの努力は――何なのだろう。

「···市花たちは?」

「3人は部屋にいるよ。想いを伝えきれてないとかでね、2時間前くらいから、ずっと···」

 日向の前で3人の、または琳と憂の話をするのは胸が苦しくなる。できるだけ手短に、そして分かりにくく伝えなければならない。

「···紙どうだった?」

 その言葉を待っていた。――それなのに、言葉が浮かばない。数秒沈黙した永梨に向かって「やっぱり」と言った。何がやっぱりなのだろう。まるで、自分が悪いことをしたみたいじゃないか。

「私は、日向が悪いとか、おかしなことを言ってるだなんて思わない」

「え···」

 永梨が言いはなった言葉は予想外だった。なぜなら自分自身が悪いことだと思っていたからだ。永梨――実の母親にそう言われると、なんだか安心できる。

「···それに、ずっと我慢してきた日向がやっと自分の意見を言えた。それが何よりも嬉しい」

 ――日向は今まで我慢をしてきた。やりたくないこと、イヤなことを避けることなく「自分がやるしかない。誰かのためだもの」と、立ち向かう。一部には『勇敢だ』と言われているけれど、永梨にはそれが分かっていたみたいだ。

「···諦めた方がいいのかな」

 永梨はその言葉を聞くなり作業を止めた。カボチャスープを煮込む音だけが部屋を覆いやった。

「···どうだろね。問題なのは『日向が諦めないこと』じゃないかな」

 ――そっか。日向がボツりと呟いた。

 永梨は知っている。日向の市花への想いを。永梨にとって大切な日向が、大切な市花へ想いを寄せているのならば、それは全力で手助けしなくてはならない。そう『思っていた』。だけど、不知火琳と浅野憂という存在がある限り、日向は――市花を諦めなければならない。

「日向はさ、自分に想いを寄せてるっ!って人、いないの?」

 永梨の意図が見えない質問に、日向は戸惑った。

「···いる」

「えっ?」

 何か予想外だったのだろうか、訊いてきたのはそちらではないか。日向はいつも通り顔色を変えずになにその反応。と言った。

「あ、ごめん···で、誰なの?同級生?後輩?それとも先輩?部活の?同じクラスとか?」

「あーもう。質問が多い!···部活の後輩。土曜日家に来るって言ってたの」

 日向が呆れたように答えると、永梨は日向の元気が少しで戻ったのだと信じこんだ。

「『ひろ』っていう子なんだけどね、6月ぐらいに···『告白』、されちゃったんだよね」

 まぁ、と永梨がらしくない声で言った。

「で、何て返したの?」

「···まだ返してない」

 「どうして?」と訊いてきた永梨に、日向は嫌悪感を抱いた。日向は告白されたとき、断ることができなかった。

「どうしてだろうね。断ればいいだけなのにさ、ひろの悲しむ顔とか落ち込んでる顔は見たくないんだ···」

 日向が苦笑して、壁を見つめる。しんみりとした日向に永梨は「愛じゃない?」と呟いた。

「ちょっ、そんなんじゃないから!」

 日向は顔を赤くして、永梨は大笑いした。

 ――そんな会話を少しだけ続けていると、2階から三人がおりてきた。そして、一段落ついたあとに、夕食の支度をした。

「いただきます」

 その言葉で、箸が動く。カチャカチャと音を立てながら。

「日向、」

 永梨の声で箸をとめる。何?と言うと、永梨は笑いながらカボチャのスープを指差した。

「狙ってやったんだ···」

 永梨が小さく微笑んだ。――その一方で、市花たち3人の顔は何一つ動かない。

「···どうかしたの?」

 永梨が尋ねると、琳の肩がピクりと動いた。何か慌てた様子で、深呼吸をしている。

「――···あの、永梨さん···お話があります···」

 「どうしたの?改まって」永梨が言うと、憂が「私もあります。大事な···ことです」と言った。

「な、何···?」

 琳と憂をじっくりと見つめる市花は、生唾を呑んだ。

「――天野家(ここ)で、暮らさせてください···」

 ――部屋という空間に、第一の音をもたらしたのは日向だった。正確には日向の持っていた箸が机の上に落ちた音だ。日向は落ちた箸を拾おうとせず、ただカボチャのスープを見つめていた。

「お姉ちゃん···?」

「ごめん···今日はもう寝る···」

 日向が箸を手にとって机の上に並べると、椅子から立ち上がりそう言った。

「ど、どうしたのお姉――」

「日向、言ったよね。肝心なのは『日向が諦めないことだ』って」

 日向は廊下に向かって歩きながら、小さく頷いた。

「でもさ、でもだよ。私に何ができるっていうのさ···」

 ――市花の大好きな日向の優しい声が、声そのものが、涙を流していた。そう思えたのは、声が震えていたからではない。日向が市花に顔を見せなかったから、声が泣いているように思えたのだ。

「『自分にできること』を知るんじゃない。『自分が何をしたいのか』を探すの。···日向ならできるよ···誰かを愛した者が『不幸側の人間』になるなんて絶対に許さない。もしそんなことがあるのなら、私は『神様をぶん殴ってやる』」

 永梨の言葉に、市花は疑問を抱いた。

 何だか···おかしい。口調が、態度が。その違和感は、市花が呪詛者になった数日後くらいからだった。それに、永梨とエルスは知り合いというのもおかしな話だ。エルスはノロイアイの取締役――永梨はノロイアイに関係がある···それは考えすぎだろうか。

 ――そんなことを考えていると、ドアが閉まる音がした。市花が我に返って音のなった方向を見ると、さっきまでドアの前にいた日向がいなかった。

「···さ、夕食が冷める前に食べちゃいましょ」

「え、でも日向さんが···」

 永梨の提案を憂は否定した。その言葉に迷いを見せた永梨は、琳と憂、そして市花を見ながら「一緒に、暮らそう。君たちはまだ子供だからね、居場所を持つことから学べばいい」と、滑らかな口調で言った。

「···はい」

 味気がなく後味もない話題だった。それでも、大きなものが変わった。それは不知火琳と浅野憂の『人生』だ。

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