【27】呪詛者の夜・参(京奈千冬、アリス)
灯りを消して、布団に潜る。無駄に大きなベッドは、千冬とアリスの身長ではベッドの先に足が及ばない。
「千冬···手、繋いで」
アリスが布団の中で、千冬の手元に自分の手を添えた。その手を、千冬は当たり前のように握る。
「···おやすみ、アリス」
千冬が微笑みながらゆっくり目を閉じる。今日はどんな夢を見るだろう。夢の中にアリスは出てくるだろうか。アリスと何をするのだろうか。
「···千冬、寝ちゃった?」
音ひとつない部屋の中で、アリスの声が一際目立つ。
「···ポケットの中にビスケット入れたらさ、増えたところで食べるのに抵抗あるよね」
アリスがつぶやいたあと、「プフッ」と、千冬が笑った。
「アハハハ、ちょっ、アリス何言ってんのさ!フフッ、アハハハハ」
千冬が繋いでいた手を離して、腹を抱えながら笑った。起きていたことにホッとした。
「千冬がもう寝ちゃうんだもん」
「もう10時だよ?良い子は寝る時間だよ?」
「私、良い子じゃないもん。ってか、こんな時間に寝る良い子って絶対人生楽しいんでないよ!」
千冬と、アリスと。他愛もない、意味も···ない、そんな会話をしている時間が好きだ。
呪詛者には人を殺す義務がある。でも、殺す期限はない。もしかしたら老いて、寿命で死ぬまで生きていられる――千冬と、アリスといられるかもしれない。そう思う。
「···千冬はさ、私のこと好き?」
「···はい?」
突然の言葉に、千冬は頭が悪くなったような気がした。
「いや、だから!千冬は···私のことどう思ってるのか···ってこと」
千冬の目を丸くして、キョトンと横たわる姿が惨めだった。それでも、顔を赤に染めながら、アリスは千冬の目を見つめた。
「え···好きだけど?」
驚いた様子で、息を詰まらせながら千冬が答えた。
「本当に?心から言ってるの?」
なんだか、今日のアリスはいつも以上に積極的な気がする。――そうでもないか。いつもこんな感じだよね。
「···う、うん」
それから、数分間静寂だった。今さっきまでの会話がなかったかのように、不安なほど静かだ。
「···アメンボって、赤じゃなくて黒色だよね」
やはり、静まった部屋の中ではアリスの声が際立っている。
「···プフッ、アハハハ、ちょっ、アリス!」
千冬は布団の中で転がりながら、穢れをしらない子供のように笑った。
――考えてみると、おかしな光景だ。千冬とアリスは呪詛者で、殺し合う仲だ。それなのに、他愛もない話をして笑い合っている。
「だって千冬が喋らなくなるんだもん!」
それでも、そんなおかしな光景でも、千冬とアリスは今が好きだ。千冬と、アリスと。――初めて心から愛し、愛された人と笑い合える『今だけ』が好きだ。
「···最近、千冬と一緒にいるのが当たり前になってきてさ···千冬は私のことが好きなのか、分からなくなっちゃうんだよね」
アリスの透き通った声が千冬の耳を刺激する。なんだか、訳もなく悲しくなってきた。
「私は···アリスのこと好きだけどな···」
ポツリと呟いた声は、アリスには届かなかった。
「前も言ったけどさ、アリスは私を愛してくれた。アリスと会ってから、トイレにいるとき以外ずっと一緒にいるじゃんか」
入浴中も2人だ。これはアリスの提案なのだが、千冬は許可したことを後悔していない。逆に、誘われたことを有難いと思っている。千冬は誰かに物を言うのが苦手だからだ。
「···それだと『ただそばにいるだけ』じゃないの?」
――意義なし。言われてみればそうだ。強いていうなら···キスをしていることだろうか。キス···だけ。
「千冬と『えっち』したい···」
「んーんん?何て言った?」
――聞き間違いだろうか。アリスが「えっちしたい」と言った気がする···アリスのことが好きなあまり、幻聴まで聞こえてしまったのか?
「な、何回も言わさないでっ!私はっ!千冬とっ!『えっち』がっ!したいの!」
言った。言ってしまった。アリスが大きな声で、処女が言ってはいけない言葉を――。
「···返事は?」
「――え、あ!えっと···暑さのせいでおかしくなった?」
「真剣だよ!」
アリスの言葉が分かるようで、理解にくるしむ。聞き間違いではないことが分かった、真剣というのも分かった――じゃあ、アリスは本当に千冬とえっちしたいということになる。
「···本気で言ってるの?アリスだって、私だって、『人生』の3分の1も生きてないよ?それなのに、遭って1年も経ってない私なんかと···」
「そ、そんなことないよ!」
千冬のか細い声と、その内容にアリスは否定した。
いや、否定するべきだった――アリスは『孤独』を知っている。だからこそ、独りでいる者と、一緒にいたいと願ってしまう。それに――
「私が千冬に『愛の呪い』をかけたんだよ?私は千冬が好き。千冬は···」
――アリスが千冬に『愛の呪い』をかけたのなら、千冬はアリスが好きだと断言できる。なのに、アリスの言葉には迷いがあった。
「···ありがとう···アリス。でも、えっちはダメ」
「え、なっ、なんで!?」
千冬がそっぽを向いた。
「ちょっ、千冬ってば!」
繋いだ手を離して、アリスが千冬の体を大きく揺らした。その時、千冬の顔が見えた。――涙が、滴っている。
「ち、とう···」
気まずくなってしまった。アリスは千冬から手を離し、状態を伺っている。
――千冬が突然起き上がり、アリスに鋭い目を向けた。睨み付けるという言葉が如何にも合う。
「···ッ!」
アリスの体が大きく跳ねて、アリスがベッドから立ち上がろうとした時、千冬はアリスの手首を掴み、強引に引っ張った。
アリスは驚きを隠せず、目を瞑った。そして「ひゅぇ···」という変な声がでた。
――アリスが恐る恐る目を開くと、すぐ左に千冬の顔があって、胸元から背中にかけて腕が伸びていた。
「いつか···私たちが大きくなってから···えっち、しよ?」
「···いまは···ダメなの?」
アリス自身、自分が声を発したのか分からない。甲高く、声ではなく『音』だったかもしれない。
「···あくまで私たちは『呪詛者』――いつ死んで、人を殺すか分からない。だから、このノロイアイが終わったら···ヤろうよ」
――アリスは唇を噛み締めた。自分が呪詛者という、呪われた存在である事実から逃れられない、そんな今がアリスは大嫌いだ。呪詛者である限り、千冬とは敵同士――いまは親しく接しているだけかもしれない。
「···そっか」
ほどいた手をもう一度握りしめて、アリスは目を瞑った。
「···アリスとえっちしなくても、私はアリスのことが大好きだよ」
アリスが千冬の横たわる方向を見ると、千冬がこちらを見ながら微笑んでいた。その微笑みに、アリスは顔を赤くした――気がした。




