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七人の呪詛者  作者: 野原四葉
七人の呪詛者/天野市花の章
25/55

【25】呪詛者の夜・壱(天野市花、不知火琳、浅野憂)

「えーっと···どうしようか?」

 市花たち3人はいま、分岐点に立っている。

「3人は無理だよね···」

 3人はいま、市花の部屋にいる。

 時刻は午後9時を過ぎようとしている中――誰がベッドで寝るかで悩んでいる。

「誰かが床で寝ることになる···けど、誰が床で寝るかだよね」

「私はお姉ちゃんの部屋で寝るから別にいいのに···」

「だーめっ、市花と話したいこと、いっぱいあるんだから」

 話が進んでいると思うと、なぜか振り出しに戻ってしまう。3人は寝る場所に拘っているのではなく、『3人でいること』を望んでいる。

「じゃあ私が床で寝るから、市花と憂はベッドで寝なよ」

「床で寝たら体を痛めちゃうよ?」

 話が進まない。誰かが遠慮すると誰かが止める。ぞんな会話が数分も続く。

「···3人で寝てみようか?」

 それから数秒後、3人はベッドに寝転んだ。憂、市花、琳と並び一息つく。

「···暑いね」

「暑苦しい···」

 当たり前のように、3人ベッドに収まることは難しい。

「···でもさ、この暑さが『温かさ』だったら、私たちは『幸せ』だよね」

 琳の口から溢れるように出てきた言葉、あまりにも意外すぎて2人は目を丸くした。

「あっ、例えが変だったかな?」

 思わず黙り込んでしまっていた。市花はジャーキングしたかのように気を持ち直す。

「あ、琳ちゃんの例えはいいと思う。だって、私はいま幸せだもん。2人はどう?」

 いまが『幸せ』。そう、市花にとっては『いまだけが』幸せだ。

 それはなぜか。数日も経てば2人がいなくなるかもしれないからだ。

「···「私は幸せだ」って言うとさ。嘘になるんだよね」

 呟くような憂の声で、一瞬にして不穏な空気が部屋を埋め尽くした。息を吐く音さえ目立ってしまい、市花たちは息を止めた。

 段々と苦しくなり、琳が息を軽く吐くのに釣られるように2人が息を吐いた。

「――私、市花と憂が好き。多分、世界一好き」

 琳の唐突な告白に、市花は全身に力が入ってしまった。

「独りだった私を必要としてくれて、友達になってくれて。2人は生きる為の希望だよ」

 『生きる為の希望』、果たしてそうだろうか?

 琳は2人と出会う前から『辛い人生』を歩んで来ている。今も尚、市花の手に触れる琳の手の平は温かい。端から死ぬ気なんてなかったのだろう。

「市花を遊園地に誘ったとき、OK(オーケー)してくれたよね――その時、凄く嬉しかった」

「そんな、大げさだよ···」

「ううん、違うよ。友達が欲しかった私に、友達らしいことに付き合ってくれたのは市花だもの」

 琳の声の強弱がついてきた。涙を堪えているのだろうか。

「憂もだよ。友達になってくれた。私のことを最初に「琳」って言ってくれた。私は···幸せだ···」

 何度も「幸せ」を連呼する琳に疲れてきたが、琳が素直に、心から訴えているのなら、それは喜ばしいことだ。

「私だって、琳のこんな一面見たのは初めてだよ。私ね、琳と話す前から、琳のこと気にかけてたんだよ」

「え?」

 琳は学校でいつも無表情だった。挙手はしない、ノートはとっているようで――多分、頭も良い方。でも、たまに見せる『落ち込んだ顔』があった。

 その顔を見るなり、憂は気晴らしに市花を見る。憂が、振り向く回数が高いのは、琳が何度もその顔になるからだ。

「――どうして笑わないんだろうって。寂しくないのかなって。声も···かけたかったんだけね···」

 憂の強く握りしめた拳が、市花の手に触れた。

 クラスの女子が琳の悪口を言っていた。「無表情だ」「怖い」――今でも忘れられないのが「気持ち悪い」という言葉だった。琳に話しかけると、クラスで浮いた存在になるかもしれない。それが怖くて、憂は琳に話しかけることができなかった。

「でも、今こうやって話せて、友達でいられるのが凄く嬉しいよ」

 憂が言い終えたと深呼吸をすると、琳が荒い吐息を漏らす。

 何が起こったとかと市花が琳を見ると、市花の服を引っ張って、顔を隠しながら泣いていた。

「うっ、グスッ···あぁ···」

 一生懸命圧し殺そうとする分、涙が止まらなくなる。泣き声は憂に届くどころか、部屋中に響いていた。

「···欲張っていいかな?」

 2人が一通り喋ったのだから自分も話さなくてはならない。そう思った。

「···いいよ、市花は私のワガママを聴いてくれたもん。市花の言うこと、聞くよ」

 今から凄いことを言う。取り返しの付かないことかも知れない。だって、この言葉で『2人の人生が変わる』可能性だってあるのだから。

「ずっと、一緒にいたい」

 短すぎて伝わったのか、そうでないのかが分からない。言ってしまったという恐怖感が市花を襲い、市花かは固く目を閉じた。

 目を瞑っていると、右から市花の顔を目掛けて手が伸びてきた――憂だ。憂が市花の頬を触った。それに続くようにして琳も市花の頬を触った。

「え、どうかしたの?」

「私、市花と憂が大好き。LIKEとかLOVEとか、そんなのどうだっていい。ただ、私は2人が『好き』なの」

 琳の伸ばした手が頬から首筋まで動いた。くすぐったくて、温かくて――市花は『少しだけ感じた』。

「だから···だからぁ、私も、2人とずっと一緒にいたい···」

 琳と出会った頃より、琳が涙もろく思えるのは気のせいだろうか。いや、これが琳の『素』なのかだろう。

「私は···どうしたらいいのか分からない。永梨さんの迷惑になるんじゃないかなって、思うの。お爺ちゃんとお婆ちゃんの家に行けば、永梨さんに迷惑はかからない。でも···2人と離れるのが辛い、怖い···嫌だ」

 誰の吐息だったかは分からないけれど、市花ではない、琳か憂の吐息が聞こえた。

「行かないで···」

 誰かがそう呟いた。市花と憂はその言葉が聞こえる方向、左を向いた。

 琳が、いつもと変わらない眼差しで天井を見ている。目から下に向かって流れる涙が、一際輝いているように見えた。

「···私は2人といることを望んでいるの。だから···憂とも一緒にいる。行かないで!」

 琳の言葉が耳と心に響いた。

 憂は下唇を軽く噛みながら、市花の手を握った。

「絶対に、行かないで。行ったら···『憂を呪う』から」

 『呪う』という言葉に体が震えた。それは市花たちが『呪詛者』だからか、はたまた琳の意外な一面に恐れたのか――ただ1つ、琳は本気だ。

「やめてよ···」

 憂の低い声を聞くと、市花の頭が突然痛くなる。

「そんなのこと言われたら···いざ別れた時に悲しくなっちゃうじゃんか···」

 琳と憂が市花に寄り添いながら泣いた。暑いけれど、琳の言った通りにこれが『幸せ』なのなら、市花はいま、幸せなのだろう。

 市花は憂を別れることなんて望んでいない。その逆、琳と同じでずっと一緒にいたい。それでも、これは単なる市花の『欲望』だ。

 『人生』とは、その者が決めて歩んだ道である。市花の言葉で憂の人生を変えてはならない。そう分かっているからこそ、市花の胸は痛くなる。

 市花は2人にバレぬよう、目に浮かぶ涙を拭いた。

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