【24】独りからの卒業(不知火琳)
6人で夕食を囲む光景、やはりこれは『非日常』なのだろうか。
「あの···ホントに今日は泊まっていいのですか?」
「遠慮しなくていいよ。話は聞いたから――不知火さんのお父さん亡くなったらしいね」
少しの笑みを見せる日向。笑っていた方が琳も楽になると思っているのだろうか。その日向の眼は、微かに赤くなっていた。
「憂ちゃんも、ここから風未市まで結構距離あるからね。電車だと早いけど」
「···そうですね」
一瞬躊躇った返事、やはり祖父母のことが名残惜しいのだろう。
「あの···不知火琳さんと浅野憂さんは分かるのですが――私はなぜ?」
エルスが縮こまり気味の口調で手をあげる。
「いいんじゃない。エルスも今日泊まっていってよ。あと···聞きたいこともあるから」
「···そうですか」
納得したのかそうでないのかは詳しく分からないが、エルスがお箸を持って「いただきます」と言った瞬間に確信した。泊まってくれる。
――食事に手をつけて数分後、会話は弾んでいた。
「エルス、トマト食べないの?」
「えっ、あぁ、トマトは···苦手ですから···」
エルスがお皿に盛られたトマトを避けながらポテトサラダを食べる。
「ダーメ!好き嫌いがあったら成長できないよ。不知火さんを見なよ、トマト食べてるよ?エルスは大人なんだからトマトぐらい食べないと――」
「私、まだ15歳なのですが···?」
エルスの言葉で場の空気が一気に静まり返った。
エルスは自分のせいだと思い、周りを慌てながら見る。
「え、15歳って、私より下だ」
日向の年齢は17歳だ。身長はエルスの方が高いというのに。やはり生き物には差があるものだ。
「で、でも日向は好き嫌いがないじゃん?」
「私カボチャ嫌いだよ?」
「おうふっ!」
いつから嫌いな食べ物を言う話題になったのだろう。それが何だか面白くて、こんな日を市花は望んでいたのかもしれない。
友達とずっと一緒にいれて、おかしな話で盛り上がって、相手の好みや苦手を知れる――一市花が望むもの、それは『愛するみんなとずっと一緒にいること』。
「不知火さんは好き嫌いはないの?」
「私は別に···好きとか嫌いじゃなくて食べないといけないから食べるだけだから···」
「琳って見るからに嫌なものがないイメージだからね」
ハードルをあげるような憂の発言に、琳は少し焦りを見せた。
「い、いや···私だって嫌なものくらいあるよ」
琳の呟くような言葉に、その場にいたみんなが顔を見合せたあと、琳に目線をやる。
「例えば何さ?」
押すように、また強引に憂が訊く。
「例えば!?え、えーっと····おばけとか」
ついさっきのエルスと同じように、その場にいたみんなは顔を見合わせる。
焦った琳が静まったみんなの顔を見渡していると、市花と憂が笑いだした。
「ちょっ、何がそんなに面白いの!?」
琳は自分が「おばけ」と言ったことを軽く後悔した。
「い、いや、おかしいとかじゃなくてさ···私たち、琳が『特別』だと思ってたんだよね」
憂が何を言っているのか琳には理解できない。理解できないのは琳だけで、他の5人は小さく頷いていた。
「初めて不知火さんと会ったときにね、不知火さんのこと冷たい人だって思った。でもね、関わっている内に分かってきたの。不知火さんは私たちと変わらない、辛いときは泣く、嬉しかったら笑う――普通の中学生なんだって」
琳だってまだ子供だ。甘えられる者がいるならワガママを言う。
冷めた性格になったのは母を亡くしたことがきっかけだ。母が死に、父が感情を喪い――自分のワガママを聴いてくれる人がいなくなってしまった。
そのとき琳は思った。いっそのこと心を閉ざして、誰かを愛せない、愛されない身にしてしまえばいい。そうしたら『大切なものを喪う悲しみ』なんて忘れて幸せになれるかもしれない。そう閉ざすハズだった心の奥底から願った。
――そんなとき、琳は市花と憂に出会った。
2人は琳が知らなかった琳の本当の気持ちを明らかにした。それが嬉しくて、市花の優しさや憂の逞しさに琳は甘えてしまう。
「···あっ、あのさっ!」
琳が掠れる声を抑えながら、お腹から声を出そうと必死に言葉を発した。
「どうしたの?」
「ぇ、あ、どうして市花は···憂みたいに私のこと苗字で呼ぶのかなーって···」
琳が一字一句戸惑いながら言う。
別に名前の呼び方なんてどうだっていい。そう思っているのだけれど、親しみを持った名前の呼び方を求めてしまう。
「え···じゃあ『琳ちゃん』?」
「琳ちゃん」と市花が言ったとき、この上ないほどの安心感が身体中を走った。そんな気がした。
「いいね、琳ちゃんって。琳の可愛さが一層増したよ!」
憂の「可愛さ」という単語には顔を赤く染め、顔を隠すように縮こまる。
「不知火さ···琳さん?は照れてる顔も可愛いね。妹にほしいくらいだよ」
恥ずかしかった。
元々誰かの前に立ったり、誰かといるのが苦手だった。昔は『恥ずかしい』という感情がなくて、唯一あったのは『私に優しくしないで』という嘆きだった。
「···ありがとう。市花、憂···永梨さんに日向さん···エルスさんも」
2年前に母が他界し、父が悲しみ、自殺した。それが全て夢だったかのようだ。
「私、いまが今まで生きてきた人生で一番幸せだ···」
涙は悲しいときだけに溢れるものじゃない。言い表せないほど嬉しくて、琳はいま泣いている。
そんな琳の背中を、当たり前のように撫でてくれたのは市花と憂だった。
「···あっ、そうだ母さん」
雰囲気に水を差すように、日向が言った。
「今度の土曜日にさ、部活の後輩が家に来たいって行ってるんだけど···どうかな」
数時間前にきた電話は、休日に日向の様子を見に行きたいという後輩からだった。
「いいけど···何かあったの?」
「あー、えっと···最近学校行ってないからさ、心配してるみたいなんだ」
市花は日向の不登校を知らなかった。知っていたなら落ち込んでいながらでも日向に温かく接していただろう。
市花が心配で悲しんでいた。そう思うと罪悪感が込み上げてくる。勿論、日向のいう部活の後輩を心配させたのも、元を辿れば市花が原因になる。
「お姉ちゃん···ありがとうね。色々迷惑かけて、ごめん」
「え、いや、市花が悪いんじゃないよ···全部私の勝手だったんだ」
白々しいといえば頷ける。それでも言い訳には誰しも『理由』を持っているのだと考えると、問いつめることがバカ気ている。
「···私もう寝るよ。ごちそうさま」
「あ、お姉ちゃんっ!」
理由をつけてその場から逃げようとしている日向に、市花はいつもより気合いの入った声をあげた。
「もう、大丈夫だから。何も心配することないから!」
市花の言葉を聞くなり、日向は軽く頷いた。




