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七人の呪詛者  作者: 野原四葉
七人の呪詛者/天野市花の章
23/55

【23】自分にあって、自分がなくしたもの(天野市花、京奈千冬)

 家に帰ってきた、胸の奥から湧き出てくるこの感情は『喜び』だろうか。

 その反面、ドアを開けるのを躊躇っている自分がいる。

「···市花はさ、自分が好きなものを分かってないんだよ。一度に得られるものは1つだって勘違いしてる」

 永梨の言葉に頭を悩ます。

 市花の好きなもの――小学生の頃、父に買ってもらった犬のキーホルダーだろうか。それよりももっと、市花が『愛さなければならないもの』があるハズだ。

「憂ちゃんと不知火さん···?」

「それを明確にするのは市花の役目でしょ」

 永梨は市花の頭を撫でたあと、「入るよ」と言いドアを開けた。

「ただいま」

「ただいま···」

 やはり家に入るのは気難しい。返事はないが家のどこかに淋と憂がいる、どう接するべきか、考えると胸が苦しくなる。

「おかえり。母さん、市花···」

 廊下に顔を出したのは日向だ。日向の甘くて優しい声に混じった悲しみと喜び。市花をさらに不安にさせる。

「市花、その目···?」

 日向が市花の右目を微かに震える指で指す。

 そこにあるもの――それは眼帯だ。

「ん、あぁこれ。えっとね、右目は···」

 説明するのが嫌だ。怖い。話を反らしたい。返事で迷った。

「······憂と不知火さんは一先ず客室で布団を引いて寝てるから。エルスさん?は2人を見てる」

 そうとだけ言い、日向は二階へあがった。自分の部屋に向かったのだろう。

「···日向はさ、市花とは少し違うけど――1人で泣いてるんだよ」

「そうなの?」

「多分、今からベッドに寝転んで布団をかぶって···小さな声で泣くんだよ」

 多分――多分なわけない、日向はこれから泣くんだ。顔を隠して布団を強く握って、くしゃくしゃの顔で涙を拭わず――晴れることのない悲しみに悩まされるんだ。

「お姉ちゃんを悲しませちゃった···よね」

 市花は涙を溢すまいと目を強く瞑った。

「···行こ、憂ちゃんたちのところ」

 永梨の言動は、後悔をしている市花を気遣った訳ではなく、日向を安心させるためのようだ。

「···うん」

***

 時計の針が一秒一秒を逃さずに知らせてくれる。秒針の音に釣られて時計を見ると、2時を過ぎていた。

「ねぇ、千冬」

「何?」

 一定のペースで刻まれるその音は、羊をタイミング良く数えているようだ。

「千冬ってさ、姉がいるって言ってたよね。教えてくれないかな」

「お姉ちゃん···?あ、うん、言ってた――けど···良いもんじゃないよ?」

 予め注意すること、千冬自身がこの話に意味がないことを知っている。『悲しい過去』といえるものなのだから。

「···うん」

 アリスは小さく頷いたあと、千冬の近くまでよった。

「私が小学五年生くらいの頃まで、私はお姉ちゃんたちが大好きだった。頼りになって、いつも私を守ってくれて、泣いていたら泣き止むまでそばにいてくれる。そんなお姉ちゃんたちだった」

 アリスは続けてという意味も込めて頷いた。ただ一点、それなのにどうして千冬は1人だったのだろうという不安も混じっていた。

「2年前、お父さんが死んだんだよ。私は泣いた、お姉ちゃんたちも悲しんだと思う」

 両親が死んだと千冬が言っていたのを思い出す。

「···私は落ち込んで、ずっと泣いてた。するとさ、当たり前のようにお姉ちゃんたちがそばにいてくれて――その時は特別にいつも以上に甘えたかな」

 千冬の苦笑にアリスは拳を強く握る。辛いことでも笑えば平気、そう思っていたのだろう。

「――それから数日後、『お姉ちゃんたちは私を避けるようになった』」

「え?どうして···?」

 興味深い話ではないが、不思議な結末だった。

 作品の最後に悪役が勝つとか、主人公が死ぬとかそんなものではなく、ただ単に『謎』と『不思議』が混じった話だった。

「分からない。分からないから···寂しいし、独りなんだよ――ッ!」

 アリスは千冬の手を両手で握った。簡単には抜けられない、強く、痛く――千冬は抜けようとはしなかった。

「私、千冬のお姉さんに会ってみたい!」

「え···?」

 アリスの言葉は千冬の期待を裏切った――訳ではないが、予想外だったといえる。

「やっぱりダメかな?」

「え、いや別にダメかは···分からないけど――個人的に会うのが怖い···」

 千冬は顔を隠すように下を向いた。分かってほしいけど、言葉足らずなのは理解している。千冬はアリスの力が弱まったのを見計らって握られた手をほどく。

「···ごめん」

 最後に、千冬は目をそらしながら、冷たい口調で呟くように言った。

***

 いつもと一風変わった面子。市花のいる今が『日常』から『非日常』に変わったようだった。

 市花は琳と憂の寝ている布団の間に座り、2人の顔を上から覗きこむ。

「天野市花さん、右目は大丈夫なのですか?」

 すぐ後ろにエルスがいて、市花とエルスを眺めるようにリビングから永梨が見ている。

「···痛むことはありませんし、大丈夫といえば大丈夫ですが――平気かどうかなら、平気ではないと思います」

 日向のことが頭から離れない。市花が幼い頃からずっと『家族』で、旅行でもない限り毎日顔をあわせている日向の泣き顔。想像すらできない。

「私は神の代理であり、ノロイアイの取締役です。呪詛者の考えていることは全て、知りたくなくても伝わってきてしまいます。勿論、いまの天野市花さんの心境もです」

「···大丈夫ですよ」

 市花はエルスの目を見ず、琳と憂を見つめている。

 市花が目を反らすときは決まって嘘をついている時だ。市花が産まれて13年、ずっと世話をしてきた永梨ならそれくらいのことは分かる。

 エルスだって同じ、ノロイアイの取締役なのだから呪詛者である市花の思考程度丸分かりだ。

「そう、ですか···」

***

 日向は泣いていた。

 布団に丸まり、声を圧し殺しながら。

「はぁ、ふっ、はぁぁ」

 泣き声は外に漏れていないだろうか、突然誰かが部屋に入ってこないだろうか。日向は隠れて泣いている自分が大嫌いだ。

 プルルルル プルルルル プルルルル

 日向の携帯が小さな音で鳴った。日向は音で驚き、身体中が弾けるように動いた。

「え···」

 電話がきたことを理解できず、日向は携帯を数秒間見つめた。

「電話···か」

 涙を拭い、泣いていたのを悟られないようにと深呼吸をする。

「はい、日向だけど···」

「あ、先輩。最近学校にきてませんけど何かあったんですか?」

 電話越しでも分かる軽い声、耳を痛めそうなぐらいだ。

「······ごめん、ちょっとね」

 なんと言えば分かってもらえるのか、日向は考えた――行き着いた答えは『分からない』だった。

「もしかして先輩――泣いてました?」

「え?」

 図星だ。電話越しなのになぜ気付いたのか、日向は監視されているようで怖くなった。

「···見てたの?」

 カーテンを確認する――閉まっている。隙間もない。だったら盗撮か――日向は部屋に置いてある置物の近くを探る。

「ちょっ、そ、そんなことしてませんから!」

「···うん、知ってた」

 日向はベッドに座り、小さく微笑んだ。

「あ、そうだ先輩。それでですね、今度――」

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