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七人の呪詛者  作者: 野原四葉
七人の呪詛者/天野市花の章
21/55

【21】喪った悲しみと喪いたくないもの(天野市花、不知火琳)

「んっ···」

 身体中を痛みが走り、市花は目を開けた。白い壁、すぐにここがどこだか分かった。ここは病院、そして市花のいる場所は病室のベッドだ。

「なんで病院なんかにいるんだろ、それに包帯まである···」

 右肩から指先まで、背中や腰、体の至る箇所に包帯が巻かれている。

「···あ、そっか、私崖から落ちたんだ」 

 窓の外を見ようとすると、壁にもたれかかって寝ている琳と憂がいた。

「···私の怪我、無駄じゃなかったよね···憂ちゃんを見つけることができたし、不知火さんの願いも叶えた。私が頑張ったからだよね」

 あの時の足の痛みはなく、ただ達成感を感じた。

 時計を見ると時刻は12時前、2人が寝ているということは夜遅くまで起きて、市花のそばにいたのだろうか。

「嬉しい、けど。ありがとうって思うけど、心配かけたって思うと、素直に喜べないじゃんか」

 涙が溢れないように目を瞑る。右目に包帯が巻かれていて違和感があり、包帯の巻かれていない左手で左目をこする。

 寝顔を見せる2人に見とれていると、病室のドアをノックする音が聞こえた。

「···どうぞ」

 ドアは開かれず、ノックの音だけが脳内再生される。

「あれ?」

 市花が不思議がっていると、ドアが滑るように開いた。

「おはよ、市花」

 入ってきたのは永梨とエルスだった。

「お母さん、おはよ。エルスさんも···お姉ちゃんは?」

「日向なら市花の声を聴いた途端、涙を流してどこかに走っていちゃった。よっぽど嬉しかったみたいよ」

 それなら返事のすぐにドアが開かなかったことにも納得がいく。市花は自分のことを想ってくれていたことに感謝した。

「多分、今は出てすぐのところにいると思う」

 ドア越しに目線をやる。たしかに、戻ってきているかもしれない。そう思うと面白おかしくて笑ってしまった。

「···みんなに迷惑かけたよね」

 その言葉で永梨の動きが止まった。やはりそうだったんだ、市花は俯いた。

「どうだろね、少なくとも私や日向、憂ちゃんと不知火さんは市花が無事で良かったと思ってるよ」

 永梨が後ろを見ろと言わんばかりに顎をつきだした。

 戸惑いながら後ろを見ると、琳と憂がこちらを向いていた。いつの間にか起きたのだろう。

「市···花ぁ···」

 2人の目に浮かぶ涙で少し安心できた。

 永梨は椅子から立ち上がり、淋の額に手を当てる。

「ん、熱が引いてるね」

「永梨···さん、お薬ありがとうございます」

 昨日、いきなり倒れて荒い息を吐いていたのが夢だったかのように、淋が美しく見えた。

「市花の体は大丈夫だと思う。この後検査をして問題がなかったら退院···」

 永梨の声が段々と弱くなっていることに、その場にいたみんなが気づいた。

「憂ちゃんと不知火さん···家庭のことはエルスから聞いた――その···(うち)で暮らさない?」

 その言葉は冷たく、歓迎するより、救いたいという意思が働いてるようだった。

 琳と憂は顔を見合い、目を反らした。悩んでいるのだろう。

「私は···お父さんがいる。お母さんがいなくなって、お父さんのことは私がやるようになったから――私はお父さんのそばにいる。だから···」

 無理だと言いたいのだろう、だがその内心、悩んでいる。永梨は琳を見ず、後ろに立っているエルスを見ていた。

「···不知火琳さん、あなたの父上さまは今朝、首を吊った状態で発見されました」

「ッ!?」

 躊躇っていたのは琳を悲しませたくなかったからだ。淋は既に大切なものを喪っている、だから人一倍、喪うことの悲しさを知っている。

「嘘、だ···そんなこと···」

 それに死んだのは親だ、自分が赤子の時から面倒を見てもらって、今生きているのは親のおかげでもある。淋が一番尊敬するのは、いつも優しく愛想を振り撒き、隣にいるだけで癒される親だった。

「ぁ···あ···」

 枯れた声で淋が泣いている。声の強弱がその場にいた全員を悲しくさせる。

「···お父さんは、お母さんが死んで、魂の抜けた、脱け殻のようになった」

 淋の「お母さん」という言葉が、永梨の締め付けられた胸を刃物で刺したように思えた。不知火淋の母である不知火芽吹を殺した人物、それは正真正銘永梨だ。

「会社でも上手くやっていけてないって、上司に怒鳴られたって、酷く悔やんでた」

 悲しむのは当たり前、自分が愛した人が死んだ、そんなことを聞かされて堪えられる訳がない。永梨も同じだった、夫が死んだと知らされたときは泣いた。

「···それでも、私が作った料理を食べたとき、決まって「淋の作る料理は美味しい」って、言ってくれた。喜んでる顔じゃなかったけど、適当に言っている口調でもなかった」

 市花に淋の気持ちは分からない。淋も同じ、市花の考えていることなんて分かるハズがない。

 だったら口に出して目を見合って、声の強弱とか気にせず、叫べばいいんじゃないかな。最後に両方泣いたら、分かり会えた合図、それでいい、それでいいんだよね。

「私は···不知火さんのこと、独りにしたくない」

 市花の左目から滴る涙が左手を濡らした。笑えないけどそれでいい、泣きたいときは泣く、この涙のワケなんか気にする人はいない。

「···すぐに決めてとは言わない、逆に長い時間考えてほしい。君たちの未来は君たちが決めるもの、後悔したら···その、時は······」

 その先が浮かばない、後悔したら自己責任――違う。後悔したら逃げればいい――違う。永梨は何事もなかったかのように言葉を切った。

 一同が黙りこくっていると、ドアをノックする音が聞こえた。

「天野市花さん、そろそろ診察の時間です」

「あ、もうか···じゃあ行ってくるよ」

 市花はベッドから立ち上がり、近くに揃えてあったスリッパを履いて歩く。

「···うん、行ってらっしゃい」

 市花が病室を出ると、すぐ隣で日向が壁にもたれかかっていた。日向は市花を見ると顔を反らし、下を向く。

「···」

 怒っているのだろうか、そう思うのも無理はない。無言でいなくなったのだから。

 市花が寂し気に日向から目を反らし、看護師についていく。

「い、市花!」

 後ろから日向の声がして市花が振り返ると、日向が涙を拭いながら市花を見ていた。

「お姉ちゃん···」

「おかえり、市花」

 おかえり――安心する響きだ。

 一時は生きることを諦めた。辛くて悲しくて、死を選びかけた。いまこうして日向と目を合わせるのが『奇跡』とするなら、市花は『幸福側の人間』なのだろう。

「ただいま、お姉ちゃん···」

 これは偶然であって必然じゃない、そんなこと知っている。でもそれを奇跡と思い込むことが一番の幸せなのだろう。

「私、もう絶対に生きることを諦めない。全力で生きて、今だけを見て楽しむから」

 あと数日で夏休みが始まる、夏休みを友達と一緒に過ごして満喫する。それが今の目標。

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