【19】見つけたから(浅野憂、天野永梨)
市花は夜の町を走る。どこに行っても憂はいない、当たり前だ。世界は広いのだから。だけど市花は脚を止めない。宛はないけど、ここにいたらいいな、と思う場所だけを通る。
「ここは――さっき通ったところ···だよね」
曖昧な記憶力とフラついた足取りで走っている。
もうやめたいなんて思わない、まだいけるよね、自分はやらなくちゃいけないことをしてるんだよね。込み上げてくる涙を拭わず走る。
走っていると、市花の知らない山があった。栄善山、ここはどこなのか分からない。
精神的に参っていたのだろうか、市花はその山へと歩いた。そこに憂がいると思ったのだろう。
***
「こんな時間なのに、まだ帰ってこない···エルス、市花はいま何をしてるの?」
遂に時刻は0時を過ぎた。帰ってきたら日向に電話するように言ってるが、電話がこないということはまだ帰ってきていないのだろう。
今頃日向は、ショックで丸くなっているだろう、そう考えると胸が苦しくなる。
「栄善山をご存知ですか?風未市にある山です」
「栄善山···知らないわ。風未市なら知ってるけど」
昔、永梨は南阿事高校という高校に通っていた。電車で登校する際、風未駅を通る。毎日のように高校に行っていたため覚えてしまった。
「風未市は浅野憂さんの祖父母さまが暮らしています、そこに向かっているのでしょう」
永梨の脳裏に様々な想いが浮かぶ。そのなかに怒りと悲しみがあった。喜びなんてどこにもなかった。溜め込みすぎだ、そう分かっているけど、気を抜くと発狂しそうで怖い。
「···ありがと、エルス」
「どういたしまして」
緩い会話だな、エルスは思った。エルスが求めているのはこんな会話ではなく、思い出に残るような激しい出来事を永梨に望んでしまう。
しばらく沈黙が続いた。どちらかが先に話し出さないといけないのに、こちらから話すのは気難しかった。その沈黙もすぐに終わる出来事が起こる
「···ッ!永梨さんストップしてください!」
「え、ぇ、ちょ」
鈍い音を立てながら永梨がブレーキを強く踏んだ。何が起こったのか、エルスが近くにある公園を見つめている。永梨はエルスの目線を追うように目線をゆっくりと動かす――そこにいたのは、公園のベンチで横になっている琳だった。
「あの子、誰?どうしてこんなところで?」
「話は後です、いまは彼女を連れて行きますよ!」
そう言いエルスは勢い良くドアを開き走って行った。永梨は訳が分からずただ理解しているエルスに付いていくだけだ。
「不知火琳さん、大丈夫ですか···ッ!熱がある···永梨さん、近くの自動販売機で冷たいものを3本ほど買ってきてください!」
その声が近所迷惑になったことは分かる。ただそんなことを気にしている事態ではないのが確かだ。エルスは永梨が財布を取り走っていく姿を見届けると、琳を抱き車まで歩いた。
「ん···エルス、さん?ここ、どこですか?」
琳のか弱い声が聞こえた。エルスが琳に目線を向けると、微かに琳が動いている。衰弱している、エルスは永梨の車のドアを開け、琳の重みを堪えながら琳を車の中で寝転ばす。
「ハァ、エルス、買ってきた。この子···ハァ、フー、この子誰?」
息を切らした永梨が両腕で3本の飲み物をしっかりと掴んでいる。
「この子は···不知火芽吹の娘、不知火琳です」
永梨の指が微かに動いた。自分が探していたもの、不知火琳が目の前にいるからだろう。
「···いまは、天野市花さんを追いましょう」
「うん···」
永梨は凪がれるように運転席へと向かった。その姿を見てエルスは拳を握った。
***
憂はその日、祖父母の家から逃げた。分かったのだ、自分に必要なもの、自分にとって大切なもの、それは市花と琳、この2人だ。
「ごめん、お爺ちゃん、お婆ちゃん、悪い子に育って、ごめん」
物足りない言葉を言い憂は足を動かす。
憂は風未市から福根市への帰り道を知っている。有言実行と書かれた壁のある所を右へ、突き当たりの少し前に薬局がある、そこを右に行き直ぐの曲がり角で左へ―――夜の暗さが憂の思考を妨害する。
「ちょっとだけ、怖いかも」
家を出た時に見た時計が指していたのは0時36分、不安が込み上げてくる。
「これ、山越えれないかも···」
福根市に向かうには必ず通るのが栄善山という軽い山だ。これぞといった道路はなく、草木が茂る道を通る。心の準備ができない。
「やっぱ、お爺ちゃんとお婆ちゃんに話して、車で送ってもらった方がよかったかも――でも···」
もしも反対されたら、叔父と叔母は憂を監視することになるだろう。ますます市花と琳に会えなくなってしまう。そう考えると気が退ける。
「こんなとき2人がいたら···楽しいよね」
怖くないとは断言できない、だから少し控えて楽しいにした。強ち間違っていないだろう、市花は遊園地のお化け屋敷を怖がって入れない、琳は···
「私、まだ琳のことあまり知らないな···」
多分、怖がると思う。
琳は冷静で、澄んだ瞳で見られると驚いてしまう。でもそんな琳でも中学2年生、市花や憂と同じだ。好きなものは好き、嫌いなものは嫌い、怖いものは怖い、琳だって同じような感情を持っている。
「そういえば私、琳に遊園地に行くの誘われてたんだ···」
いまになって数日前のことを思い出す。あの時、琳は憂を抱いてくれた。すごく温かくて安心する匂い、もう一度抱かれたい、甘やかしてほしい――などと考えてしまう。
「その為に私は、2人の所に帰る···待っててね、市花、琳···一緒に、夏休み過ごそう」
いつの間にか憂の目の前に栄善山があった。
覚悟なんてできるわけない、でもいじけていたら大切なものなんて手に入るわけない。怖くない、自分を騙すことで人は強くなれる。
***
小さな喧嘩のあと、仲直りをしてより仲が深まったと思う。
時刻は1時を過ぎようとしている、千冬は眠りから覚める。
「ん···アリスが増殖してる夢を見た気がする···気のせいか」
千冬が再び寝ようとすると、千冬の左手を強く掴む手があった。
「えぇ、幽霊さん?」
寝起きの頭を軽く掻きながら、寝ぼけた口調でその手に問いかける。すると、布団の中から嘲笑いするような声がきこえた。
「なんだ、アリスか」
「え、何で分かったの!?」
布団の中から出てきた銀髪が綺麗な少女、一目でそれがアリスだと確信した。
「いや分かるよ···てかなんでここにいるの?部屋間違い?」
「そういうのじゃない···けど、その···これから毎日、千冬と一緒に寝たい···から」
「きゃ、きゃわひぃ···」
照れながら話すアリス、千冬はそんなアリスに発情した。
その日は2人で手を繋いで寝た。温もりが通じ合い、恥ずかしさと嬉しさが交わり、より深い眠りにつけた。




