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七人の呪詛者  作者: 野原四葉
七人の呪詛者/天野市花の章
18/55

【18】求めたいから(天野市花、不知火淋)

 空を見上げると、月も星もなかった。自分を照らすのは2つの街灯だけ。まるでここはステージのようだ、自分が主役で脇役(モブ)がいない。

 私はいま、とっても幸せだ。お腹より少しうえ、湧き出てくる感情を堪えるのが難しい。

「ハッ、ハハハッ!」

 私は高笑いをする。私は寝ているんだと思う、だって私が正気ならこんなことはしないもの。

 私の目の前に転がっている赤黒いもの、これは市花の――だ。

「私ね、いますっごく幸せな気分なの!人生で初めて、心から笑えた!」

 私とは誰だろう、私の知らない私だ。意識がハッキリしてきた、肩にかかった黒い髪、茶色っぽい眼、右目の少し上に子供の頃ついた傷がある。

「私ね、お母さんが死んで、いつも優しかったお父さんが涙も流さずにただ落胆した姿を見てきた。そして私は知ったんだ、世界には『幸福側の人間』と『不幸側の人間』が存在することを」

 目の前に転がる物体がハッキリと見えた。内臓だ、人の体から内臓が出ている。この内臓の持ち主と、元人間だったこの赤黒い物体は多分――。

「でもね、もうそんなことどうだったいいの。市花に愛してもらいたい、憂と友達になれた、私はなんて幸せなんだろう」

 分かった、私が誰なのか。私は不知火琳。愛に餓え、愛で萎えた存在。

「いちか――。わたしね、すっごくしあわせ。ぜんぶ、ぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶ、いちかのおかげ。ゆうをすきになれたよ、いちかのおかげだよ。いきるっていいことだとおもえたよ、いちかがいてくれたからだよ」

 頭が痛くなる、幸せなのに体が重い、幸せのハズなのに涙が出てくるの。いっそのこと······死にたい。

「ッ!」

 不知火琳は眠りから覚めた。深い眠りから。

 不知火琳は夢を見ていた。凄く、嫌な夢を。

 不知火琳は涙を流す。夢で見た悲惨な内容に。

「不知火さん大丈夫!?」

 琳の左耳に琳が一番好きな声が聞こえた。数時間前のことなのに懐かしく感じる。

「市花···?」

 どうやら琳は寝転んでいるようだ。その上に市花の顔、頭には枕より柔らかい感触がある。つまりこの状況は――。

「あ、不知火さん起きたね。おはよ···じゃないか」

「···私、倒れたんだよね」

 辺りを見渡すと、どうやらここは公園のベンチだ。山の中で倒れ、ここまで市花が運んでくれたのだろう。

 琳が重い体をあげようとする。体に力が入らない、体が沈んでいってるような気分だ。

「病人は寝てないとダメだよ!」

「あ、ごめん···」

 市花が立ち上がろうとする淋の肩を持って説教する。そんな市花に淋はただ謝ることしかできなかった。

「···市花、ごめんね」

「え、不知火さんどうしたの?」

 突然琳が謝る。涙を流しているようで、市花の太ももが濡れた。

「私ね、お母さんが死んでから、お父さんが悲しんで、それ以来家のことは私がやるようになったんだ。料理や洗濯、掃除。お父さんは···お父さんなりに会社で頑張ってる」

 琳自身でも自分が何を言っているのかよく分からなかった。何だか自分とは違う人格のような気がする。琳はただその人格が話すことを聞くだけだった。

「自分を誉める訳じゃないけどさ、私、体調管理とかが上手くて、家事をやるようになってからは一度も病気になったことなかった」

 自分の性格が嫌になる。なんで自分は生きようとしているのか、母が死んで、父は悲しんで、自分に残されたものは何、残されたものは――市花、がいい。

「不知火さんのお母さん、死んじゃってるんだ···」

 琳の家庭事情は一度も聞いたことがない、隠し通したかったのだろう。

「私も、なんだ」

「え?」

「お母さんは生きてるよ、でもね、お父さんがさ···去年、倒れて、お医者さんは大丈夫だって言ってたんだけど、そのまま死んじゃったんだ」

 天野家に父親がいないのは、父親が既に他界しているからだ。

 一年前、永梨がイーズランドに行っていて父と娘2人の3人になっていた。1人で2人を育てるのには限界があり、疲労により倒れたのだと市花は思っている。

「···市花も、大切な人を亡くしてるんだね···」

 衰弱しきっている琳の声が市花を不安にさせる。市花にあるもの、それはいまある希望。守りたい、そばにいたいと心から願える人物だ。

「私たち、なんだか似てるね――」

 市花と琳には喪ったものがある。大切なもの、二度と戻ってこないもの。

 市花と琳には守りたいものがある。自分自身にあるもの、離したくないもの。

「市花、お願いがあるんだけど、いいかな?」

「いいよ、何でも言って」

 何を言われるのか、出会って最初の頃は琳に何か言われるのが怖かった、でも今なら、怖くない。逆に体が琳に言われることを待っている。

「憂に会いたい。憂を、探してきて」

「え、それは···」

 憂に会いたいのは市花も同じだ、ただ病気の淋を置いてはいけない。市花は返事に困る。

「私のワガママ、聞いてほしい」

 その一言で市花は確信した。自分のやるべきこと、それは――。

「···わかった、行くよ。不知火さんも憂ちゃんに会いたいよね、私も、憂ちゃんに会いたい。だから、行くよ」

 市花はベンチから立ち上がり、泥だらけのブレザーの泥が付いていない部分を上にして、淋が寝転んでいられるように枕を作る。

「···行ってきます」

「うん、行ってらっしゃい」

 この掛け合いはいずれ戻ってくることを意味している。市花は振り返ることなく、公園を出て走った。

「···市花は優しすぎるよ···市花がいるから、私は甘えちゃう···のかな」

 夜空に星ひとつ浮かんでいない。空を見上げるとこう思う、どうして悲しくないの?と。それは多分、照らすものの在り方が関係している。不知火淋を照らすもの、天野市花の在り方はどうなのだろうか。みんなに優しく甘く、眩しすぎる生き方だ。

***

 時刻は11時を過ぎた頃、憂は家の外を散歩していた。

 眠れないから、だと嘘になる。自分の生きるべき場所はここじゃないと思ったからだ。

「見つかったらお爺ちゃんとお婆ちゃんに怒られちゃうな···」

 憂は悲し気に言う。自分は何を考えているのだろう、やはり自分は悪い子だ。そう自分に認識させる。

 人を変えるもの、それは自身の思い込みだ。誰かに物事を言われただけでは変わらない、それが正しいと認識してしまうと人間は変わる。憂はそう信じている。

「大切なもの···」

 ここにいるのは間違いだ、分かっている。でもなぜ間違いなのかが分からない。ここには食べ物があって布団があって、自分を育ててくれる人がいる。なのにどうして自分はここにいるのが間違いと思うのか、自分自身が分からなくなってきた。

「···私ってほんと悪い子だな···ごめんね、お爺ちゃん、お婆ちゃん。ごめんね、市花、淋···」

 自分が情けない、憂は自分が嫌になった。

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