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七人の呪詛者  作者: 野原四葉
七人の呪詛者/天野市花の章
14/55

【14】助けたい人(不知火淋)

 いつもの梟とは少し低い鳴き声、風はいっさい吹いていない。物静かで悲しい、まるで森が終わったみたいだ。

「···誰です?」

 小石を踏む音は目立ち、歩くのが苦になる。そんなことを気にせず、1人の少女は山中を歩いた。

「こんばんは、エルス」

「不知火淋さんですか、今日は不思議と訪問者が多いですね。厄日でしょうか」

「私が来る前に誰か来たの?」

 やはり風が吹かないと味気ない、そんなことが頭を過る。静気さが漂う森の中で2人、互いを見合い話し合う。

「···どのような要件で?先に言っておきます、呪詛者を救うことはできません、それも敵であるあなたなら尚更です。殺し合う仲なのですから」

 淋の質問に答えようとしない。エルスは呪詛者を救えないと知っている、だからこそ、その事実に抗うものなど見たくない。

「···」

 琳は言葉に迷った。憂を助けたいと言いにきたのに、それは無理だと早々に断られた。淋は何と誤魔化し、その場を切り抜けて帰ればいいのか分からなくなった。

「やはり、浅野憂さんの件ですか。···帰ってください、あなたの求めるものはありません」

 そうとだけ言いエルスは小さな白い建物に向かう。決して淋を向かない、その後ろ姿はまるで、妻を亡くした淋の父そのものだった。希望も絶望も感じられない背中、琳は悲しくなった。

「ま、待ってください!私は憂を、大切な友達を、悲しませたくないの!」

「···だから、なんだって言うんです?」

 エルスの突き飛ばすような冷たい言葉が、淋の目を大きく見開かせた。原形がない、感情でもない、でもすごく大切なものを喪いそうになり、怖かったのかもしれない。

「···不知火淋さん、あなたは天野市花さんか浅野憂さん、どちらに好意を抱いていますか?LIKEではない、LOVEの方です」

 その質問に意味はあるのか、そんな感情の裏面、迷った自分がいる。どちらが好きなのか、そんなの決まっていない、決めれない。

「それは···!」

 答えが出せない。出すとなにかを失ってしまうかもしれない。

「私の解釈では、あなたは天野市花さんを選びます。違いますか?」

「···」

 異論は浮かばなかった、琳はただ話を聞きながら地面を眺めるしかできない。

「本当に友達を救いたいのなら、自分の思いをぶつけてみせてよ。誰かを救う代償に、何かを犠牲にしてみせてよ。···お願い、します」

 エルスの口調には穴があった。誰にでも敬語で話すエルスが、「みせてよ」と言った。そのことを淋は逃さなかった。

「エルスさんは私に、何を望んでいるのですか?」

 エルスの眉が小さく動いた。その時のエルスの心境はどうなのか、考える暇さえない。

「···自分を見つけなさい」

 そのエルスから放たれた一言は、何を意味し、何を指しているのか、淋にはわからなかった。

「だったら、視野を広げてこうする。エルスさんは『私たち』に、何を望んでいるのですか?」

「···」

 エルスは答えない、目を閉じて、口から込み上げてくる感情を抑えるように口を閉じている。やはりと淋が言おうとすると、エルスは小さく答えた。

「生きて、ください···」

「え?」

 予想外の答えに、淋はただまぶたを動かすしかできなかった。

「呪詛者をノロイアイから救うことはできません。だから、精一杯生きてください」

「でもエルスさんなら、神の代理なら、呪詛者を救えるんじゃないですか?!···エルスさん、泣いて、いるのですか?」

 微かに月の光が反射し、エルスの目が光っている。その涙のわけを、淋にはよく理解できない。

「救えませんよ···」

 言い切るエルスに不信を抱く。いつもとは風変わりして見えるからだ。

「それでもっ、私は···憂を助けたい···」

 無理なのかもしれない。ただし、黙ってこの場を去るのは違う、そう思った。淋は間違いを恐れ、声が弱くなる。

「···これ以上私に頼らないでください」

 エルスは冷めた顔で淋を見る。その顔は感情を忘れた生き物のようで、何を考えているのか分からない、そんな表情。

「エルスさんは――!」

 淋がエルスの背中を目掛けて叫ぶ、心のままに、思いのままに強い声で。

「エルスさんは、涙を流す人間がいたら助けたくならないのですか?!」

 その言葉で、エルスの指がピクリと動いた。その反応が何を意味するのかは淋には分からない。

「······だったら――」

「え?」

 か細い声、初めて会った日と比べると、断然威勢が違う。やはり今日のエルスはおかしい、淋は改めてそう確信した。

「だったら私は、罪もない子達から感情を盗って、友達と笑い合えない、誰も愛せない、そんな風にしたらいいの?!」

 エルスの叫びが淋の顔を刺激する。刺激するといっても、痛いわけではない。意味の分からない言葉に、ただただ耳を傾けるしかなかった。

「違う、そんなの···違う···。みんな好きな人がいる、誰にも打ち明けていない事実がある。···もうどうしたらいいのか、分からない···。助けてよ···お姉ちゃん······」

 目の前で、地面に座り込みながら涙を流すエルスはまるで別人だ。そんなエルスを前に淋は、ただ唖然と見つめることしかできなかった。

「今日はもういいでしょう、帰ってください···」

「で、でも――」

「帰ってください!」

 何としてでも話を進めたい淋に早く話を切りたいエルスは苛立ったのか、強い口調で怒鳴った。

「ッ!」

 驚いた、怖かった。淋は涙目になりながらも気を張り、後ろに一歩引いた。

「お願いします。帰って、ください」

 最後は弱い声、悲しみが伝わってくる。淋はその場から逃げるように、だんだんと込み上げてくる涙を堪えながら、きた道なのか分からない方向へ走る。

***

 淋は走った、人気のない道を、何度も通った道なのに、何も通らないと見たことのない景色になる。不意に孤独という文字が頭に浮かぶ。

「私は···ハァ、ハァ、独りじゃ、ない···私は独りなんかじゃない、ハァ」

 そう何度も口にだして唱える。だんだと指先に力が入らなくなってきた、涙が出ても拭う手は上がらない。

「誰か···」

 淋は自分の走り方に疑問を抱いた、いつもとは違う感覚、脚を見ると明らかにモーションが違っていた。踏み出す位置がおかしい、振る手がおかしい、脚に力が入らない。

「憂、憂、憂!」

 何度も憂の名を連呼する。憂に会いたい、伝えたい、悲しませたくない、様々な思いが体全身を血液のように流れまくる。震える手を確認しながら、動いている脚を見ながら、前へ進んでいることを確かめながら、淋は無我夢中で走り続けた。

 いつの間にか浅野家の前に着いていた。淋の目に、一番に飛び込んだ光景は、半分取り壊されている浅野家だった。

「どういうこと···?」

夜空の月と星が輝く日、浅野憂は姿を消した。

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