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日本最古の神々譚 〜運命を切り拓く八百万の物語〜  作者: Miroku Studio
第一章 追放荒神とクシナダヒメ編
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第5話 地上落下とオロチ退治の決意

落ちた、本当に落ちた。


「うおおおおおおおおお!?」


風がうなり雲を突き抜け、高天原がどんどん遠ざかっていく中、地面がかなり近いところまで迫ってくる。


「待て待て待て待て!!」


スサノオは空中で必死に暴れたが、「追放って普通こんな雑か!?」という疑問に誰も答えてはくれない。


高天原は神の集まりなだけあってわりと雑であり、父親や姉の顔を思い浮かべながら「親父ぃぃぃぃ!! 姉上ぇぇぇぇ!! まだ心の準備が――」と叫ぶ声も虚しく、ドゴォォォン!!と凄まじい音を立てて激突した。


山間に巨大な土煙が上がり、森が揺れて鳥たちが一斉に飛び立つ。


やがて巨大な大穴の中心から「……っつぅ」と声が漏れ、土煙の中からひとりの男が立ち上がった。


黒髪は乱れて衣は土まみれ、目つきは悪いがやたらと顔は整っているものの、何より今はすこぶる機嫌が悪い。


「ほんとに落としやがったな……」


スサノオが睨みつけた空には雲しか見えず、当然ながら高天原の様子など分かりもしない。


雷もなければ神々のざわめきも、姉の説教すら聞こえない。


さっきまであんなに騒がしかったというのに、急にひとりきりになってしまった空間は、少しだけ胸の奥が静かすぎた。


「……追放、か」


ぽつりと呟いたものの当然ながら返事はなく、なんだか妙に腹のあたりがすかすかとした気がしたスサノオは、「……腹減った」と分かりやすい現実逃避に走ることにした。


しばらく歩いてみるものの、広がるのは見たこともない森や川の景色ばかりだった。


高天原ほど綺麗ではないが、風が近くて土の匂いがする地上を「ここが地上か……」と少しだけ不思議な気持ちで見つめていると、かすかに泣き声が聞こえてきた。


「うう……」「なぜ、なぜこんな……」


かなり本気で泣きじゃくる声にスサノオは足を止める。


嫌な予感はしたものの、昔から困っている声を放っておけない彼は、問題児のくせに変なところで面倒見がよかった。


「……なんだ?」


川辺へ向かうと、そこには年老いた夫婦とひとりの少女がいた。


正確には老夫婦が泣き崩れており、少女のほうはただ静かに佇んでいる。


黒髪に澄んだ目をした妙に綺麗な娘だったが、どこか全てを諦めたような顔をしており、その空気が少し嫌だったスサノオは眉をひそめて「……何泣いてんだ?」と声をかけた。


三柱が同時に振り返り、一瞬の沈黙が走る。


知らない男、悪い目つき、強そうな佇まいに加え、どこか神々しくて空から降ってきたような怪しすぎるスサノオの姿に老夫婦の顔が凍りついた。


スサノオは腕を組み、圧を放ちながらも声だけは少しだけ優しく「話せ。困ってんだろ?」と短く促す。


少女——櫛名田比売(クシナダヒメ)が初めて顔を上げたが、その澄んだ瞳は「もう終わりだ」と決めてしまった諦めに満ちており、スサノオはそういう顔が妙に気に障った。



突然現れた山そのものみたいな威圧感を放つ男に、老夫婦はしばらく言葉を失っていた。


立っているだけで空気が重くなるほど強そうな上にちょっと目つきが怖いその男に、老神アシナヅチが震える声で「……お、お方は?」と尋ねる。


今までの自分なら「荒神スサノオだ!」と名乗るところだが、今の自分は高天原を追放された問題児だ。


少しだけ言葉に詰まりながら「……ただの旅神だ」と嘘を吐いたが、凄まじい神気と怖い目のせいで、絶対にただの旅神ではないと察した老神はそれ以上深く聞かないことにした。


「で?」


スサノオが腕を組み直す。


「何で泣いてるんだ」


老神の顔が曇る中、やはり少女だけが静かにしていた。


「……娘を」


老神が言葉を詰まらせながら、絞り出すように言った。


「娘を、失うのです。怪物に、奪われるのです」


病や争いではなく「怪物」という単語が出た瞬間、スサノオの顔からさっきまでの気の抜けた感じが消え、少し低い声で「……ほう。続けろ」と促した。


老神がゆっくりと語るには、この地には山より大きく八つの頭と八つの尾を持つ巨大な怪物がおり、来るたびに娘をひとりずつ喰らっていくのだという。


すでに七柱の娘が奪われ、そして今年、最後の娘であるクシナダヒメが喰われる番なのだそうだ。


川の音だけが響く沈黙の中、しばらく黙っていたスサノオが目を細めながら静かに聞いた。


「……その怪物、今どこだ?」

「ま、待ってください! 勝てません! 村も兵も皆やられて、誰も勝てなかったんだ!」


老神が震えながら止めるが、スサノオの顔は妙に静かで、むしろ少しだけ機嫌が悪そうに「娘を食うのか。……趣味悪ぃな」とぼそりと低い声を漏らした。


クシナダヒメが初めてちゃんとスサノオの顔を見る。


自分たちにではなく、怪物に対して本気で怒ってくれているその表情に、彼女は少しだけ安心することができた。


「名前は?」


スサノオの問いに、老神が震える声で答える。


「――ヤマタノオロチ」


その名を聞いた瞬間、スサノオはにやっと笑い、久しぶりに少しだけ生気のある顔になった。


「いいな」


ちょうどイライラしていたところだと剣に手をかけるスサノオに、老夫婦もクシナダヒメも呆然と固まってしまう。


「そいつ、ぶっ飛ばすわ」


そんな彼らの前で、荒神は静かな山に響くにはあまりにも軽い声で、妙に楽しそうに笑ってみせた。


だが老夫婦の顔色は真っ青になり、老神がぶんぶん首を振って「む、無理です!!」と遮った。


「皆そう言って死んだんだ! 兵も豪族も山の者も全員!」


「相手は怪物なのです! 八つ頭ですよ!? おまけに酒を飲んで暴れるし!!」と必死に訴えかける。


その言葉にスサノオの動きが止まった。


「……酒?」

「大酒喰らいで……来るたび村の酒を奪い、酔って暴れるのです」


老神がうなずく中、スサノオは腕を組んで数秒ほど黙り込んだ。


その様子を見た老夫婦は、ようやく危険を理解して諦めてくれたのだと思った。


だが、スサノオの口元がゆっくりと吊り上がる。


「あー」


にやり、と浮かべたのは妙に企み顔だった。


「勝てるな」


老夫婦の思考が停止する。


「……え?」

「酔うんだろ?」

「は、はい……」

「じゃあ簡単だ」


全然簡単ではないと誰もが思ったが、何しろ七柱も食われて村は壊滅寸前なのだ。


それなのにスサノオひとりだけが、何かを企むような楽しそうな顔をしていた。


「じいさん」


急に声のトーンが低くなる。


「強ぇ酒、作れるか? 怪物がぶっ倒れるくらいめちゃくちゃ強いやつだ」

「さ、酒ですか? 作れますが……」


老神が目をぱちくりさせる中、スサノオは指をパチンと鳴らした。


「よし、飲ませる。酔わせて――」


にやっと笑いながら剣の柄に手を置く。


「寝込みを叩く」


沈黙が走り、全員の動きが止まった。


あまりにも神らしくなく、正々堂々でも神聖でもないが、妙に現実的な作戦だった。


「そ、そんな卑怯な……」


老神が戸惑いを見せると、スサノオは真顔で言い放つ。


「娘を七柱も食ってるやつに礼儀がいるか?」


あまりにも圧倒的な正論に誰も何も言えない中、クシナダヒメが少しだけ目を見開いた。


乱暴そうに見えるこの男は、自分のためにちゃんと怒り、無茶に突っ込まずに「勝つ方法」を考えてくれている——その意外な一面に、クシナダヒメは初めて自ら口を開いた。


「……本当に、勝てますか?」


静かな声にスサノオが振り向き、数秒ほど少女の顔を見つめる。


やはり全てを諦めて「自分は死ぬ」と思っているその顔が、さっきから妙に気に入らなかった。


だからこそスサノオは、いつもの雑な笑顔で即答した。


「勝つ。俺、強ぇし」


もの凄く雑な宣言だったが、不思議と少しだけ安心できる声だった。


「だから泣くな。死にそうな顔は嫌いなんだよ」


その言葉だけは、少しだけ不器用だった。

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