↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
日本最古の神々譚 〜運命を切り拓く八百万の物語〜  作者: Miroku Studio
第一章 追放荒神とクシナダヒメ編
14/15

第14話 須賀の宮と八雲立つ

数日後——新しく選んだ土地は、遠くに美しい山々を望み、心地よい風が吹き抜ける川の近くの静かな場所だった。


スサノオがどっかりと腕を組んで頷く。


「……ここだな」


隣に立つクシナダヒメも「はい、私もここが好きです。風がとても気持ちいい」と静かに微笑んだ。


スサノオがその横顔を少しだけ見つめる。


なんだか、彼女がそうやって笑ってくれているだけで、すべてがこれでいいと思えた。


「じゃあ」


剣を肩に担ぎ直して、スサノオは不敵に笑った。


「作るか、俺たちの家を」


だが、さっそく問題が発生した。


「英雄様、どんな家にいたしますか?」と手伝いに来た村神が尋ねると、スサノオは数秒ほど完全に停止して真顔になった。


「丈夫なやつ」

「雑ですね」

「あと、広い部屋」

「それだけですか?」

「……あと、風が通ること」


建築知識ゼロ、戦闘能力Sに対して家づくりは最低ランクのEだった。


クシナダヒメが「もう少し具体的に教えてください」と少し困ったように笑う。


スサノオはうーんと考え込み、ふいに流れる雲と山並みを見上げた。


その時、彼の口からぽつりと、不思議な言葉が流れ出た。


「——八雲立つ。雲がいくつも重なり合って、まるでここを守る垣根みたいになっている、そんな場所だ」


自分でも驚くほど、妙に綺麗な言葉が出た。


クシナダヒメは目を細めて、愛おしそうに静かに笑った。


「……とても素敵です。なんだか、何度でも帰ってきたくなるようなお家ですね」


またしても放たれたドラゴンスレイヤー特効の言葉に、スサノオは慌てて少しだけ目を逸らした。


「……まぁ、ちゃんと帰るしな」


ぼそりと溢した小さな声に、クシナダヒメは少しだけ嬉しそうに胸を弾ませるのだった。


その夜、まだ家は形になっていないため、二柱は小さな焚き火を囲んで星空を見上げていた。


少しだけ、いつもより距離が近い。


静かな時間が流れる中、クシナダヒメがぽつりと、失うのを恐れるような少し不安気な顔で聞いた。


「……本当に、ずっとここにいてくれますか?」


スサノオは少しだけ黙り込んだ。


高天原には、大切な姉も父もいる。


けれどこの地上には、自分の帰りをまっすぐに待ってくれている娘がいるのだ。


生まれて初めて知った、明確な帰る理由。


だからこそ、彼は短く、だけど力強く言葉を返した。


「……いるよ。お前がそうやって待っててくれるなら、俺はここにいるわ」


言った瞬間、クシナダヒメの動きが止まり、その顔が瞬く間に真っ赤に染まった。


そこでスサノオもようやく気がつく。


(あ、なんか俺、今めちゃくちゃ恥ずかしいこと言ったな)


だが、気づいた時にはもう完全に遅すぎた。


少し離れた場所から焚き火を見守っていた村神たちが、これみよがしにひそひそと囁き合う。


「これもう完全に夫婦だろ」「間違いないな」「で、婚儀はいつなんだ?」


出雲のスピード感は相変わらず早すぎたが、ここからの家づくりは、思った以上に村総出の大がかりな作業となっていった。


「おい、その柱はもっと右だ!」「違う、左だって!」「英雄様、そこちょっと持ち上げてください!」


「ん、これか?」とスサノオが軽く力を込めた瞬間、ドゴン!!と凄まじい音を立てて柱が地面の奥深くへと刺さった。深すぎる。


「いくら何でも強すぎる!!」「地面が割れてるぞ!」「加減してください、加減を!」


戦闘能力Sに対し、家づくりE、力加減はF——怒涛のツッコミを受ける荒神は、地上でも相変わらず少しだけ気まずそうに頭を掻くのだった。


クシナダヒメは、少し離れた場所からその様子を静かに見つめていた。


なんだか、すべてが不思議で仕方がなかった。


昨日までの自分には、ただ怪物の生贄として死ぬ未来しか残されていなかったのだ。


それなのに今は、新しく建つ家を見つめている。


自分たちの、未来のために。


しかも——あの英雄と一緒に。


その事実が、彼女にとってはまだ少しだけ夢の続きのように感じられていた。


「姫様」


隣にいた村神が、これみよがしにニヤニヤと顔を覗き込んでくる。


「なんだか、とっても嬉しそうですねぇ」

「……!」


一瞬で顔が真っ赤に染まる。


「そ、そんなことありません……!」

「ずっと遠くから英雄様のことを見ておいででしたよ?」

「見てません!」


見ていた。かなり本気で、ずっと見ていた。


スサノオのことを。


力加減を間違えて不器用に家を壊しかけるところも、注意されてちょっと拗ねるところも、そのくせ頼まれると意外なほど優しく村神を助けてしまうところも——その全部が、クシナダヒメは少しだけ好きだった。


いや、本当は、かなり好きだった。



数日後——ついに家が完成した。


いや、家というよりは、それはもう立派な「宮」だった。


村総出で建てたそれはちょっとどころではなくでかく、だいぶ威厳がある。


「……これ、いくら何でもでかくないか?」


スサノオが圧倒されながら呟くと、手伝った村神が当然のように即答した。


「何をおっしゃいますか、英雄様の宮ですから!」

「クシナダヒメ様も一緒に住むんですし!」

「これから生まれてくる子供たちの分も考えたら、このくらい当然ですよ!」

「進展が早すぎるわ!!」


スサノオが顔を真っ赤にして即座に突っ込む横で、クシナダヒメもまた完全に限界まで真っ赤になり、もう恥ずかしさのあまり声も出なくなっていた。


夕暮れ時、完成したばかりの新しい宮には、心地よい風がさらさらと通り抜けていた。


遠くには美しい山並みがそびえ立ち、茜色に染まる空がどこまでも綺麗だ。


クシナダヒメが、隣に立つスサノオへ向けて小さく音を溢した。


「……本当に、帰ってきてくれたんですね」


スサノオの動きが止まる。


また、その表情だった。


心から安心しきった、自分の帰りをまっすぐに待っていた顔——これに、スサノオはまだどうしても慣れることができない。


「……約束したからな」


ぶっきらぼうに視線を逸らしたが、それは紛れもない彼の本心だった。


交わした約束を、今度は何があっても守りたかったのだ。


誰かの元へ「帰りたい」と、心の底からそう願ったのは、もしかしたら生まれて初めてのことかもしれない。


その夜は、昨日にも増して村を挙げた盛大な宴となった。


「今度こそ本物の婚儀だーー!!」と、村神たちのテンションは最高潮に達している。


そこかしこで酒が酌み交わされ、賑やかな歌が響き、豪勢なご馳走が並ぶ大騒ぎの中、若神たちが調子に乗って囃し立てた。


「英雄様!!」「姫様!!」「そろそろ口づけの儀はまだですか!?」

「お前ら、いい加減に黙れ!!」


スサノオは顔を真っ赤にして叫んだ。


戦闘能力は文句なしのSだが、恋愛耐性は最低ランクのEなのだ、こういう空気は本当に無理だしかなりしんどい。


クシナダヒメも同じように顔を林檎のように赤くしていたが、その口元はどこかとても嬉しそうに綻んでいた。



やがて賑やかな宴が終わり、しんと静まり返った夜の帳が降りる。


新しい宮の前に並んで立つ二柱の間を、優しい夜風が吹き抜け、満天の星空を雲が穏やかに流れていく。


スサノオが静かに空を見上げ、ぽつりと歌うように呟いた。


「……八雲立つ」


クシナダヒメが不思議そうに彼を見つめる。


スサノオは少しだけ考え、自分の中にある大切な想いを、ひとつひとつ言葉として手探りで探すようにして続けた。


「出雲 八重垣——妻籠みに、八重垣作る。その八重垣を」


再び、目の前に広がる村と、新しく建った家、そして自分の帰りを待ってくれている娘を見つめる。


これまで自分の人生にはいっさい存在しなかった、絶対に失いたくない守るべき場所。


スサノオは、少しだけ愛おしそうに口角を上げた。


「……ここを、俺が守るわ」


短く、不器用な言葉だった。


けれど、それは間違いなく彼が初めて掴んだ本物の誓いだった。


クシナダヒメは、そのまっすぐな言葉に少しだけ瞳を潤ませる。


「……はい」


静かな、だけど万感の想いがこもった声で微笑むと、彼女は少しだけ勇気を振り絞るようにして、そっとスサノオの衣の袖を掴んだ。


小さくて、だけど決して離さないという強い意志の宿った細い手。


「……おかえりなさい、スサノオ様」


一瞬の沈黙。


スサノオの動きが止まり、胸の奥がキュッと締め付けられるような、今まで感じたことのない変な痛みに襲われた。


だけど——それは決して、嫌な痛みではなかった。


全然、嫌じゃなかった。


だからこそスサノオは、少しだけ照れくさそうに顔を掻きながら、ぼそりと優しい声を返した。


「……おう、ただいま」


高天原を追放された傍若無人の荒神は、こうして地上で最凶の怪物を討ち果たし、かけがえのない姫と出会い、生涯をかけるべき本物の帰る場所を見つけた。


困っている者を放っておけない、不器用な英雄の物語は――まだ、始まったばかりである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。