9.純喫茶にて
最後にもう一度だけでいいから、ステキな喫茶店を見かけたから一緒に行こうと誘ってなんとか約束を取り付けた。
でもやっぱりもうすでに心は離れてしまっているのか、しぶしぶ感が強く不安を隠せないのどかである。
そんな彼女は今、探偵行きつけのスナックの前、正しくはその向かい側にある喫茶店で高津幸一を待っているところだ。
はたして詐欺どころか強盗でもしようかと言う幸一を止められるだろうか。
「よお、大分待ったのか? 時間通りに来たはずだけど?」
「コウちゃん、来てくれてよかった。そんなには待ってないから大丈夫。じゃあ入ろうか。一人だと入りにくくて……」
そこは今どき見かけなくなってきた純喫茶である。大きなガラスがはめ込んである入口の扉、そのわきには煉瓦造りの植え込みがあって昭和の香りが漂うとはまさにこのことだろう。
幸一がドアを押すと、カランコロンとカウベルの音が店内に響いた。
「いらっしゃいませ」
「二人ですけど……」
「お好きなお席へどうぞ」
白髪の老人は愛想がいいわけではないが一元お断りという雰囲気でもない。単に接客が苦手なのかもしれない。
奥からマスターと同い年くらいの老婆が現れ、水とおしぼりを持って近づいてくる。のどかは幸一を促し手近な席へと座った。
「ウチはカフェ・オ・レ、コウちゃんはアイスコーヒー?」
「バカだな。こういう店ならブレンドを頼まないともったいないだろ?」
「そう―― なんですか?」
「そうですね。ブレンドはお店の実力が出ますから。でもコーヒーは自由でいいんですよ? 好きなものを好きな人とのんびり味わうのが一番」
のどかが奥さんらしき老婆へ伺いを立てると、彼女はニコニコしながら言った。
「じゃあカフェ・オ・レとブレンドをお願いします」
注文を受けた老婆がカウンターへ伝えに行ったことを確認してから、のどかは話を切り出した。
「ねえコウちゃん? しつこくて申し訳ないけど良くないことはやめようよ。悪いことするなんてダメだし捕まったら大変だよ?」
「あんまり大きな声出すなよ。俺にだって事情があるんだ、もう後には引けないんだよ。ここでやめるなんて言ってみろ、なにされるかわからないだろ? オレがそんな目にあってもいいのか?」
「そりゃ嫌だけど…… でも強盗みたいなこと考えてるんでしょ? そんなのうまくいくはずないって」
「なんでそこまで知ってるんだよ。おまえおれのスマホ覗いたんだな? 付き合ってる間でだろうと、それこそ犯罪じゃねえか」
「じゃあウチも同罪ってことでついていく。もしコウちゃんが捕まったらウチも捕まえてもらうからね?」
「なにバカなこと――」
少し離れたカウンターで老人が老婆へと合図したのが聞こえた。二人は会話を中断し気配を消すようにじっと押し黙る。
運ばれてきたカフェ・オ・レに口をつけるとのどかは目を見開いた。同じく幸一も意外そうな表情を見せる。
「すっごくおいしいね。流行のカフェみたいな派手さは無いけどやさしい香りとしっかりした苦みがちょうどいいって感じ」
「ブレンドもうまいよ。酸味はあるけど嫌じゃない程度だし香りがすごいや。いい店見つけたじゃないか」
「そうだね、おいしいね。さっきおばあさんが言っていたように、きっと好きな相手とだからだよ」
「けっ、恥ずかしいこと言うなよ。もう来られるかわからないけどな……」
「だからそんなことやめて逃げちゃおうよ」
「逃げるなんてできるはずないだろ。あいつらは―― なんでもない。この話は終わりだ……」
二人のカップはすでに空になっている。それほどたくさん話していたわけではないが、時間はそれなりに経っていたのだ。
そして店を出るときにはのどかの瞳からは涙が伝っていた。




