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引きこもりの異世界転生 ~異世界でやり直す~  作者: Leon
第一章 人生

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第八話 引きこもり

ノルマ魔法学院での生活が二年目を迎えようとしていた春。我がグレイ=クロス家から、次女のルナが新入生としてこの王都へやってきた。

金髪のツインテールが似合う、活発で笑顔の絶えない可愛い妹。実家に帰省した際にも「お兄ちゃんと同じ学校に通うんだ!」と目を輝かせていた彼女の入学を、俺は心から喜んでいた。

だが、俺は致命的なことを見落としていた。

「オール満点の首席」「学園最強の王級魔法使い」。俺が学院で築き上げてしまったこの異常な称号が、何の罪もない妹にどれほどの重圧をかけるのかということを。

入学から三ヶ月が過ぎた頃。俺はふと、ルナの姿を最近全く見ていないことに気がついた。

最初は「新しい友達ができて忙しいのだろう」と軽く考えていた。俺自身、アリスや奈々たちとの関係や、王級魔法使いとしての研究に没頭しすぎていたのだ。だが、胸の奥で妙な胸騒ぎがする。嫌な予感を抱えながら一年生の寮の舎監に話を聞きに行くと、信じられない言葉が返ってきた。

「ルナ・グレイさんですか? 彼女なら、ここ三週間ほど自室にこもりきりで、授業にも一切出ていませんよ」

……引きこもり。

その単語を聞いた瞬間、俺の脳裏に前世の忌まわしい記憶がフラッシュバックした。薄暗い四畳半、散らかったゴミ、学校でデブだと虐められ、靴を捨てられ、誰にも助けを求められず毛布にくるまって震えていたあの48年間。

「まさか……ルナが?」

息が詰まる思いで、俺はルナの教室へと向かった。

一年生の教室の扉を乱暴に開け放つと、談笑していた生徒たちが一斉に静まり返った。

「……王級のヘンリー先輩だ」「本物かよ……」というヒソヒソ声が漏れる。俺は教壇にいた担当教師を睨みつけた。

「ルナ・グレイが休んでいる理由を知りたい。何があった」

威圧感を込めた低い声。王級魔法使いの僅かな魔力漏出だけで、教師は顔面を蒼白にして震え上がった。

「そ、それは……彼女の魔力量が、常人の『800』程度と平均を少し下回っておりまして……。実技演習でも失敗が続き、その……」

「続けろ」

「クラスの生徒たちや、一部の教師から……『あの学園最強のヘンリーの妹なのに』『出来損ないじゃないか』『本当に血が繋がっているのか』と、心無い言葉を投げかけられており……それで、心を痛めてしまったようで……」

ギリッ、と奥歯が鳴った。

俺のせいだ。俺が目立ちすぎたせいで、周囲が勝手にルナに過剰な期待を押し付け、勝手に失望し、彼女を傷つけた。前世で理不尽な悪意に晒され、絶望して心を閉ざした自分の過去が、最愛の妹に重なる。

「……二度と、俺の妹を他の誰かと比べるな」

教室中を凍りつかせるような冷気を放ち、俺は踵を返した。

女子寮のルナの部屋の前。扉には内側から厳重な鍵がかけられていた。

「ルナ、お兄ちゃんだ。開けてくれ」

返事はない。ただ、微かに鼻をすするような泣き声が聞こえる。

俺はどう接すればいいか分からず、扉の前で立ち尽くした。前世で親に見放され、部屋から追い出されたトラウマを持つ俺にとって、「引きこもった人間の心を開く」ことの難しさは誰よりも分かっているつもりだった。無理やり開ければ、彼女の唯一の安全な領域サンクチュアリを壊すことになる。だが、このまま放置すれば、あの暗闇から一生抜け出せなくなるかもしれない。

「……ごめんな。驚かせる」

俺は魔力を指先に集中させ、鍵の構造を物理的に変形させてそっと扉を開けた。

薄暗い部屋のベッドの上、毛布にくるまって震える小さな背中があった。

「……こないで。お兄ちゃん、私のことなんて見ないでよ……!」

擦り切れた声でルナが叫ぶ。

「私、お兄ちゃんみたいに凄くない。魔法も全然上手くならないし、みんなに笑われる。グレイ家の恥だって……。私なんか、ここに来なきゃよかった!」

俺はベッドの傍らに腰を下ろし、震える毛布越しに彼女の頭を撫でた。

「お兄ちゃんは……すごいから、私の気持ちなんて分からないよ」

「……分かるさ。痛いほどにな」

その声の震えに、ルナがビクッと体を揺らし、毛布の隙間から顔を出した。

彼女が見たのは、学園最強として余裕ぶったいつもの兄の顔ではなかった。かつて暗闇の中で一人泣いていた、不器用で情けない、過去の傷を剥き出しにした一人の男の顔だった。ルナは目を丸くした。兄がこれほどまでに弱く、そして悲痛な表情を浮かべるのを初めて見たからだ。彼女は、俺がどれほど彼女を心配し、心を痛めているかを、その表情から一瞬で察してくれた。

俺はルナの涙を指で拭い、静かに、けれど力強く語りかけた。

「ルナ。誰かの背中を追って、息を切らして走る必要なんてないんだ」

俺は彼女の小さな手を両手で包み込んだ。

「魔法の価値は、魔力の多さや威力の大きさで決まるものじゃない。お前の魔法は、俺みたいに敵を壊すためのものじゃない。お前自身の心を守り、お前の日常を温かく照らすためのものだ。周りが何と言おうと関係ない。この世界中が敵に回っても、俺だけはお前の最大の味方でいる。だから……お前は、自分のペースで、自分の色を見つければいい」

その言葉が胸に落ちたのか、ルナの瞳から大粒の涙が溢れ出した。

「うわぁぁぁんっ……! お兄ちゃん……っ、ごめんなさい、ごめんなさい……っ!」

俺は泣きじゃくる妹を力強く抱きしめた。前世の自分は誰も助けてくれなかった。でも、今世の俺には、この小さな家族を助ける力がある。それだけで、魔法を学んだ意味があったと心底思えた。

それから数週間後。

学園の中庭を、俺はメドリオ、アリス、サンドラの三人とともに歩いていた。

前世の鬱屈した感情を晴らすかのように夜遊びを繰り返していた俺だが、ルナの事件以降、自分の足元を見つめ直す時間が増えていた。アリスが俺の腕に身を寄せながら甘い声で話しかけてくるのを躱していると、前方の渡り廊下に見慣れた金髪のツインテールが見えた。ルナだ。

彼女は新しくできた友人らしき女子生徒数人と、資料を抱えて楽しそうに談笑しながら歩いていた。俺の姿に気づくと、ルナは一瞬だけ立ち止まり、気恥ずかしそうに目を伏せた。

(……まだ、周りの目が気になるか)

俺が声をかけるのを躊躇っていると、ルナはそのまま通り過ぎようとし――ふと足を止め、くるりと振り返った。そして、照れ隠しのような満面の笑みを浮かべて、頭の上で大きく手を振った。

「お兄ちゃん! また後でね!」

周囲の生徒たちが「あれがルナ・グレイか」「最近、独自の補助魔法で実技の成績がすごく上がってるらしいぞ」と囁くのが聞こえる。もう、その声に悪意はない。ルナ自身が前を向き、彼女なりの魔法の在り方を見つけ始めたからだ。

俺は心底安堵し、小さく微笑んで手を振り返した。

隣を歩いていたベン侯爵家の嫡男であり、良き悪友でもあるメドリオが、ふっと口角を上げて空を仰いだ。

「やれやれ。一時はどうなることかと思ったが……本当によかったな、ヘンリー」

「……ああ。そうだな」

サンドラが「ちょっと、妹ちゃんばっかり甘やかしてないで私にも構いなさいよ!」と不満げに腕を引っ張ってくる。

暖かな春の風が吹き抜ける。前世の薄暗い部屋の記憶は、もうすっかり遠くなっていた。

今の俺には、守るべき家族と、共に歩む仲間たちがいる。

「さて、次の授業に行くか」

俺は明るい日差しの中へ、力強く足を踏み出した。

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