第二十話 帰還
不自然なところがあれば是非教えてほしいです。改善点も教えてください!
鬱蒼と生い茂る『万象の樹海』の最深部。
先程までの天地を揺るがす激闘が嘘のように、そこには静寂が戻っていた。天を覆っていた樹冠は吹き飛び、ぽっかりと空いた穴から、柔らかな陽光が苔むした岩々を照らしている。
俺は自身の魔力を落ち着かせながら、岩の上に腰を下ろした前・技神ゼノスへと歩み寄った。
「……ゼノス。あなたはこれから、どうするんですか?」
俺の問いかけに、ゼノスは覆われた両目をゆっくりと空に向け、ふっと口角を上げた。
「そうだな……。数百年、いや数千年か。私はこの樹海に座し、ただ己の武を極めるためだけに時間を費やしてきた。神位という重石が取れた今、不思議と体が軽く感じるよ」
ゼノスはゆっくりと立ち上がり、自らの手を見つめた。
「外の世界を歩いてみるのも悪くない。これからは、弟子を取るとしよう。私がこの身に刻み込んだ武の神髄……それを継承できる者を探す旅に出る」
「弟子、ですか。それなら、いつか俺の領地にも来てください。才能の塊みたいな子供たちが三人もいますから」
「ふっ、あの龍神に鍛えられている子供たちか。……ああ、いずれ必ず立ち寄らせてもらおう。新たなる水神よ、貴様の行く末を楽しみにしているぞ」
ゼノスと固く握手を交わし、俺は樹海を後にした。
その足取りは、これまでにないほど力強く、確かなものだった。
その頃、世界の裏側に位置する暗黒の領域。
魔神オルス・メルドリゴドラは、自身の居城である黒曜石の玉座で、手にしたワイングラスを粉々に握り潰していた。
「……あり得ん。あり得んぞ……ッ!!」
オルスの美しい白髪は怒りで逆立ち、その周囲の空間が禍々しい魔力によってひび割れている。彼の目の前には、星の運行を示す幻影が浮かび上がっており、七大神の第三位の星が、これまでにないほど強烈な「水」の魔力に染まり切っていたのだ。
「あの時の虫ケラ……ヘンリー・グレイだと!? あの男、まだ生きていたというのか!?」
オルスの脳裏に、数年前、自身が遊び半分で蹂躙した人間の男の顔がよぎる。
「第七位の剣神が敗れただけでも忌々しいというのに……まさか、あの小僧が私を飛び越え、第三位『技神』の座を奪い取っただと!? 認めん……こんなふざけた理がまかり通ってなるものか!!」
オルスの咆哮が城を揺るがし、配下の魔族たちは恐怖に震え上がって平伏した。
同時に、世界の別の場所でも、上位の神々がこの異常事態に気づき、思念を交わさせていた。
灼熱のマグマが煮えたぎる火山帯。そこに座す巨大な岩の巨人――七大神・第四位『剛神』ドルドラスが、重低音の思念を放つ。
『……感じたか、ザルカーンよ。理の天秤が大きく傾いたぞ』
虚無の空間に漂う、実体を持たない闇の集合体――七大神・第二位『滅神』ザルカーンが応える。
『ああ。まさかあのゼノスが敗れるとはな。序列が変わったか』
『あの龍神が裏で糸を引いているという噂もある。……世界が、騒がしくなりそうだな』
そして、エリシオン王国の旧・封魔の森。
俺の領地で、山のような量の肉を平らげていた七大神・第一位『龍神』ヴォルガルドは、空を見上げてニヤリと牙を剥き出しにして笑った。
「へっ……やりやがったな、あの野郎。ゼノスの武を正面からねじ伏せたか。がははははっ! 最高だぜ! これでオルスの野郎は、今頃顔を真っ赤にして地団駄踏んでるに違いねぇ!」
ヴォルガルドはオーク樽の酒を豪快に飲み干し、俺の帰還を待ちわびるように空高く咆哮を上げた。
数日後。俺は王都ノルマへと帰還していた。
領地へ戻る前に、籍だけは置いたまま長期間休学扱いになっていた魔法学院へ、諸々の手続きのために立ち寄る必要があったのだ。
学院の正門をくぐると、すぐに周囲の空気がざわめき始めた。
「おい、嘘だろ……。ヘンリーだ!」
「ヘンリー・グレイ=クロス伯爵……いや、違う! 今は『水神』様だぞ!」
教室へ向かう廊下を歩いていると、かつてのクラスメイトであり悪友のハランとメドリオが、目を丸くして駆け寄ってきた。
「お、おいヘンリー! お前、マジなのかよ!?」
メドリオが興奮した様子で俺の肩を掴む。
「何がだよ」
「何がって、お前……神様になっちまったって本当かよ! 飛び級で伯爵になっただけでも雲の上の存在だったのに、第三位『水神』って……俺たち、もうお前にどう接していいか分かんねぇよ!」
ハランもどこか誇らしげに笑っている。
「すごいなお前! 学園の歴史どころか、世界の歴史を変えちまったじゃねえか!」
「大げさだな。俺は俺のままだよ。ただ、守るべきもののために力が欲しかっただけだ」
俺が苦笑しながら答えると、二人は顔を見合わせ、安堵したように息を吐いた。
「よかった……中身はいつものヘンリーのままだな。でも、あんまり無理すんなよ。お前には可愛い奥さんたちと子供がいるんだからな」
「ああ、分かってる。ありがとうな」
手続きを終え、学院を出て王都の大通りを歩く。
以前にも増して、人々の視線が突き刺さるのを感じた。
「あれが、新たなる水神様……」
「なんて若さだ。あのお方がいれば、この国は永久に安泰だな」
「剣神様となられたマリア夫人と共に、エリシオンの至宝だわ」
畏敬の念、羨望、そして希望。市民たちは俺が歩くたびに道を空け、深々と頭を下げる。少しむず痒いが、これが「神の座」に就くということなのだろう。
甘やかな夜の癒やし
グレイ伯爵邸の門をくぐると、そこには愛する家族たちが勢揃いして俺の帰りを待っていた。
「ヘンリー!」
一番に飛び込んできたのは、第七位『剣神』の座を手にしたばかりのマリアだった。
「おかえりなさい! 聞いたわよ、技神ゼノスに勝ったんですってね! さすが私の旦那様、最高にかっこいいわ!」
「ヘンリー様、お怪我はありませんか? すぐに治癒魔法を……」
アリスが心配そうに俺の体をペタペタと触り、状態を確認してくれる。
「ふふっ、無事みたいね。私たちの水神様、本当にお疲れ様」
ニキシーが優しく微笑みながら、俺の頬にそっとキスをした。
「お父様、おかえりなさい!」
レオン、ガレス、エラーラの三人も足元に抱きついてくる。俺は彼らを順番に撫でながら、ようやく「帰ってきた」という実感を噛み締めていた。
「お帰りなさいませ、旦那様」
一歩下がった場所で、メイド長のシルビアが完璧な角度でお辞儀をした。
「お風呂の準備も、特別なお食事の準備も整っております。……本日は、奥様方と私共メイド総出で、旦那様のお疲れを『隅々まで』癒やさせていただきますね」
シルビアが普段の鉄壁の表情を少しだけ崩し、艶やかな笑みを浮かべた。
その日の夜。
大浴場で子供たちと存分に遊び、豪華な夕食を楽しんだ後。
俺の広大な主寝室には、柔らかな間接照明だけが灯されていた。
「ヘンリー、こっちに来て」
広いベッドの上には、薄絹のナイトガウンを纏ったマリア、ニキシー、アリスの三人が、蕩けるような瞳で俺を待っていた。そして彼女たちの後ろには、シルビアをはじめとする専属のメイドたちが、香油を手にして控えている。
「旦那様、今日は何も考えず、私共に身を委ねてくださいませ」
シルビアの涼やかな声と共に、俺はベッドに横たわった。
すぐに、何人もの柔らかな手が俺の体に触れる。
「んっ……」
マリアのしなやかな指先が俺の肩の凝りをほぐし、ニキシーの滑らかな肌が俺の背中にぴたりと寄り添う。アリスが俺の頭を膝に乗せ、優しく髪を梳いてくれる。
メイドたちの手によって塗り込まれる香油が、戦闘で張り詰めていた筋肉と神経を、甘く、深く溶かしていく。
「ヘンリー……大好きよ」
「あなたのすべてを、私たちが癒やしてあげる」
「ずっと、一緒ですわ……」
肌と肌が触れ合い、互いの体温が混ざり合う。過酷な神々との戦いの合間にある、この甘く、とろけるような時間。
彼女たちの深い愛情と柔らかな感触に包まれながら、俺は世界の頂点へ向かうための鋭い闘志を一旦休め、愛する者たちとの穏やかで満ち足りた夜の闇へと、深く沈んでいった。




