第二話 家庭教師
(俺は今、人生で一番充実しているかもしれない)
エリオット父さんからの容赦ない木剣の素振り指導は、控えめに言って地獄だった。
「甘いぞヘンリー! 踏み込みが浅い! 魔法が使えるからと慢心するな!」
「はいっ!」
毎日泥だらけになりながら木剣を振り回し、手のひらは豆が潰れては血が滲む。だが、セシリア母さんの魔法指導はそれを癒やしてくれた。母さんは水魔法と治癒魔法の使い手で、俺の傷を優しく治しながら、魔力の微細なコントロールを教えてくれた。剣と魔法、両方を学ぶ日々は、前世で失った時間を取り戻すかのように俺の心を熱くさせた。
夜になれば、自室のベッドで静かに目を閉じ、体内の魔力を限界まで放出してから再び練り上げる「魔力拡張」の訓練をこっそり行う。使えば使うほど魔力の上限が増えることに気づいたからだ。
だが、夜の修行には一つだけ大きな障害があった。
「……あっ、エリオット……んっ……」
隣の寝室から、毎晩のように聞こえてくる両親の熱烈な愛の営みの音だ。木造の屋敷なので筒抜けである。
「(元気すぎるだろ、うちの両親……)」
前世で女性と縁がなかった48歳の元引きこもりにとって、この生々しい環境音は刺激が強すぎる。しかし、俺はこれを「極限の煩悩の中でも魔力コントロールを乱さないための高度な精神修行」と位置づけ、耳を真っ赤にしながらひたすら瞑想を続けた。おかげで集中力は飛躍的に向上した。
数年後。俺の異常な成長スピードと魔法の才能を見た父の計らいで、俺は本家筋であり、この地を治めるグレイ=ゲイツ伯爵家へ身を寄せることになった。
目的は、我が家の何十倍もの蔵書を誇る大書庫だ。俺はそこで、魔族語や古代エルフ語といった多言語の文献を読み漁った。転生特典の「言語理解」がここでも働き、俺はスポンジのように異世界の知識を吸収していった。
その知識量と、無詠唱魔法の腕が当主の目に留まり、なんと俺は伯爵家の一人娘、マリアの総合家庭教師として2年契約で雇われることになったのだ。
就任の挨拶のため、まずは当主――マリアの祖父であるギデオン・グレイ=ゲイツの執務室へ向かった。
「失礼いたします、当主様。ヘンリー・グ――」
ガチャリと扉を開けた瞬間、俺はそっと、そして素早く扉を閉めた。
一瞬見えた光景。それは、執務机の上に若いメイドを押し倒し、情熱的なスキンシップの真っ最中である立派な髭の老紳士の姿だった。
「(……そういえば、グレイの家系は代々『絶倫で変態』の血筋だって父さんが言ってたな。まさか本家のトップからしてこれかよ)」
俺も将来ああなるのだろうか。いや、女遊びは目標だが、時と場所はわきまえよう。俺は固く心に誓い、5分ほど待ってからわざとらしく咳払いをして入り直した。ギデオン様は何事もなかったかのように、威厳たっぷりに俺を歓迎してくれた。
その後、気を取り直してマリアの両親である次期当主アルバートと、その妻エリスに挨拶をする。二人ともどこか艶やかな色気を漂わせた美男美女で、俺を「優秀な同年代の先生」として面白がりながらも温かく迎えてくれた。
そして始まった、マリアのお勉強タイム。
マリアは金髪碧眼の、まるでお人形のように可憐な少女だった。少し勝気な吊り目が可愛らしい。
「ヘンリー先生! 今日は古代エルフ語の呪文構成と、水魔法の威力を上げるコツを教えてください!」
「いいですよ、マリアお嬢様。古代エルフ語は発音より『文字の形に魔力を乗せる』イメージが大事です。例えばこのルーンは……」
俺は前世の知識を総動員し、図解を交えながら分かりやすく教える。さらに、中庭で無詠唱の『ウォーターカッター』を実演し、分厚い木の板を真っ二つにしてみせると、マリアは目をキラキラと輝かせた。
「すごいです! 詠唱を省いてあの威力……さすが私の先生ですね!」
「(……ふふっ、もっと褒めていいぞ)」
純粋な尊敬の眼差しを向けられ、俺の承認欲求は満たされまくりだった。前世では誰からも必要とされなかった俺が、今では貴族の令嬢に頼られ、感謝されている。
周囲は変態の血筋だらけという一抹の不安はあるものの、可愛い教え子との家庭教師生活。俺の第2の人生は、思いのほか順風満帆に滑り出していたのだった。




