第十五話 家族
王都ノルマの中心部にそびえ立つグレイ伯爵邸。
俺が『水帝』のふたつ名と共に伯爵位を賜り、新たな領地を任されてから数年の月日が流れていた。
この数年で、俺の家族はさらに賑やかさを増していた。
アリスとの間に生まれた長男のレオン、マリアとの間に生まれた次男のガレス、そしてニキシーとの間に生まれた長女のエラーラ。この三人の子供たちは、俺の膨大な魔力と、それぞれの母親の類まれなる才能を色濃く受け継ぎ、常識外れの成長を遂げていた。
「とうっ!!」
裏庭の修練場。まだ幼いガレスが、大人用の木剣を軽々と振り回し、巨大な岩を真っ二つに叩き割っていた。
「ふふっ、流石は私とヘンリーの息子ね。その調子よ、ガレス。次は剣気に魔力を乗せる感覚を覚えなさい」
剣帝であるマリアが、腕を組みながら満足げに頷いている。
一方、修練場の隅では、エラーラが空中に無数の水球を浮かべていた。
「お母様、お父様。こうやって魔力を回転させれば、水の刃になりますの」
「素晴らしいわ、エラーラ! まだ数歳で無詠唱の形状変化までやってのけるなんて……私の記録をあっさり塗り替えたわね」
ニキシーが愛娘の頭を撫でながら、誇らしげに微笑んでいる。
そして長男のレオンは、アリスと共に分厚い魔導書と戦術書を読み解いていた。
「お母様、この陣形ならば、後方の支援魔法部隊の魔力効率が三割ほど向上しますね」
「その通りですわ、レオン。ヘンリー様から受け継いだ広い視野が、すでに開花していますわね」
彼らはまだ、魔法学院に入学する年齢には到底達していない。だが、俺たちは「学校で習うことを、学校に行く前にすべて終わらせる」という方針を固めていた。
七大神という理不尽な脅威が存在するこの世界。子供たちをただ安全な籠の中で育てるだけでは、本当の意味で彼らを守ることはできない。彼ら自身に、世界を生き抜く絶対的な力を身につけさせる必要があったのだ。
そのため、アリスの王族としてのコネクションを最大限に活用し、言語学、歴史学、高度な算術を教えるための王国最高峰の家庭教師たちを何人も屋敷に招き入れていた。
当初、「いくら伯爵様のお子様とはいえ、まだ幼子に高度な学問など……」と渋っていた老練な学者たちも、三人があっという間に数式を解き、古代言語をスラスラと読み上げる姿を見て、今では目を丸くして「天才だ……いや、神童の集まりだ!」と狂喜乱舞しながら教鞭を執っている。
俺も時間がある限り、独自の魔力制御法や、土属性の聖級に至りつつある感覚を彼らに叩き込んでいた。子供たちの吸収力はスポンジ以上で、教える側としても末恐ろしいほどだった。
そんなある日、俺の伯爵位就任と子供たちの成長を祝うため、実家から両親と妹のルナがはるばる王都の屋敷までやってきた。
「ヘンリー! まさかうちのバカ息子が伯爵様になるなんてな! 父さん、鼻が高くてたまらんぞ!」
バンッ! と勢いよく背中を叩いてきたのは、相変わらず豪快でエネルギッシュな父、エリオットだった。
「あなた、ヘンリーはもう立派な当主なんですから、バカ息子呼ばわりはよしなさいな。……それにしても、本当に立派なお屋敷ね。マリアさん、ニキシーさん、アリス様、うちの息子を支えてくださって本当にありがとうございます」
母のセシリアが優雅に微笑みながら、三人の妻たちに頭を下げる。
「お義父様、お義母様、よくいらっしゃいました!」
アリスたちが笑顔で出迎える中、父のエリオットは屋敷の豪華な調度品や、ずらりと並んだメイドたち、そして美しい家庭教師の女性たちを見て、目を輝かせた。
「おおっ! ヘンリー、お前の屋敷は働き手も皆、別格の美人揃いじゃないか! ちょっとそこの君、お茶の後にでも俺の肩を揉んでくれないか……痛っ!!」
父が家庭教師の女性に調子の良い声をかけた瞬間、母のセシリアの強烈なつねりが父の耳を捉えた。
「あなた? 息子の屋敷でみっともない真似をしたら、実家には帰しませんよ?」
「じょ、冗談だよセシリア! 俺にはお前だけだ! 愛してるぞハニー!」
両親は昔からこんな調子だ。父は口こそ軽いものの、母の尻に完全に敷かれている。
「まったく、相変わらず元気だな……」
俺が苦笑していると、ふいに袖を引かれた。見ると、少し背が伸びて大人びた妹のルナが、真剣な眼差しで俺を見上げていた。
「お兄ちゃん……私、実家でずっと魔法の特訓をしてるの。お兄ちゃんみたいに強くなって、いつかこの領地を助けられるような魔法使いになるから」
「ルナ……。ああ、期待してるよ。でも無理はするなよ」
彼女の手には、使い込まれた杖が握られていた。毎晩、一人で遅くまで魔力の操作訓練を続けているのだろう。その手にはマメがいくつもできていた。俺の背中を追いかけてくれる家族がいることが、無性に嬉しかった。
その夜、歓迎の晩餐会が開かれた後、両親は早々にゲストルームへと引き上げていった。
「さて、ヘンリー。私たちも久しぶりの夫婦水入らずの時間を楽しませてもらうとするよ。お前たちも、若いからって夜更かししすぎるなよ? がははは!」
「ちょっとあなた、大きな声で恥ずかしい……!」
顔を赤らめる母を抱き寄せるようにして、父は意気揚々と部屋へ消えていった。
(……相変わらず、毎晩お盛んなことで。元気なのはいいことだけどな)
俺は心の声でそっとツッコミを入れつつ、見ないふりをした。
翌日、屋敷のサロンで書類仕事をしていると、見慣れた男がふらりと遊びにやってきた。
悪友であり、今は王国騎士団の要職に就いているメドリオだ。
「よお、ヘンリー。相変わらず忙しそうだな」
彼はソファにどっかりと腰を下ろすと、お茶を運んできたメイド長のシルビアに、甘い声で話しかけた。
「シルビアちゃん、今日も美しいね。どうだい、俺の胸に飛び込んで、この孤独な騎士の心を癒してくれないか? 君のその柔らかな手で、俺の肩を優しく愛撫……いや、マッサージしてくれたら、俺はもう……」
メドリオがうっとりした表情でシルビアの手に触れようとした瞬間。
スッ、と。
シルビアは氷のような無表情で身をかわし、完璧な角度でお辞儀をした。
「メドリオ様。私共はグレイ伯爵家に仕える身。そのような戯れ言にお付き合いする時間は、一秒たりとも持ち合わせておりません。肩が凝っておいでなら、王都の治療院をご紹介いたしますが?」
「ぐふっ……! 相変わらず鉄壁すぎるぜ、シルビア……」
撃沈して机に突っ伏すメドリオを見て、俺は思わず吹き出した。
「お前な、俺の屋敷のメイドにちょっかい出すのはやめろ。彼女たちは俺の家族同然なんだからな。シルビア、ありがとう。下がっていいよ」
「はい、ヘンリー様。何かあればすぐにお呼びください」
シルビアは俺にはふわりと温かな微笑みを向け、一礼して去っていった。
「くっそー……なんでお前の周りには、あんなに優秀で忠誠心の高い美女ばかり集まるんだよ! おまけに超絶可愛い奥さんが三人いて、子供も天才揃い! 俺なんて、毎日むなしい独身生活だぞ!」
「自業自得だ。お前もそろそろ真面目に身を固めろよ」
俺は笑いながら、書類にサインを入れた。こんなくだらない冗談を言い合える日常も、俺にとってはかけがえのない宝物だった。
領地の未来と、変わらぬ誓い
その日の午後。俺はアリス、マリア、ニキシーの三人を連れて、屋敷のバルコニーから新たなる領地――かつて『封魔の森』と呼ばれた広大な大地を見下ろしていた。
王から賜ったこの土地は、長年魔物がはびこる危険地帯だった。
だが、俺は数ヶ月をかけて、土属性の聖級に迫る魔法で地形そのものを造り変えた。山を削り、川の流れを整え、巨大な防壁を隆起させ、肥沃な大地を生み出したのだ。今では多くの開拓民が移り住み、活気ある新しい街の基礎ができあがりつつあった。
「ヘンリー様。素晴らしい眺めですわね。この街は、きっと王国で一番豊かで、平和な場所になりますわ」
アリスが俺の腕に寄り添いながら、未来の街並みを幻視するように目を細めた。
「ええ。子供たちが走り回るのに、これほど適した場所はないわね」
マリアも優しく微笑み、風に揺れる金髪をかき上げる。
「でも、油断は禁物よ。この平和を守るためには、私たちがもっと強玉(強く)ならなきゃね」
ニキシーが、俺の顔を覗き込むようにして言った。
「ああ、分かっている」
俺はバルコニーの手すりに手を置き、遙か彼方の空を見つめた。
あの日、俺たちを絶望の淵に叩き落とした『魔神オルス』。そして、その背後にいる七大神と五大大神。
世界の理を握る彼らにとって、俺のような規格外の存在は常に排除の対象だろう。いつか必ず、彼らとの本格的な衝突の時が来る。
「この領地も、子供たちも、そして君たちも……俺のすべてだ。前世で何も持っていなかった俺が、ようやく手に入れた光なんだ」
俺は三人の妻を振り返り、力強く宣言した。
「神が世界を壊そうとするなら、俺がその神を殺す。この家族を脅かすものは、俺がすべて土に還してやる。だから……これからも、俺と一緒に歩いてほしい」
「……当たり前でしょ、バカね」
「私たちを誰だと思っているんですの?」
「あなた一人で背負い込ませるもんですか。私たちは、夫婦よ」
三人の妻たちは、俺の言葉に頼もしく、そして最高に美しい笑顔で応えてくれた。
新たな命が芽吹き、家族の絆はより強固なものへと成長していく。
水帝であり、次なる領域へと足を踏み入れようとしている俺、ヘンリー・グレイの戦いは終わらない。この温かく賑やかな日常を守り抜くため、俺は明日もまた、限界の先へと歩みを進めるのだ。




