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7/30

7話


 今日はちょっと曇ってる。


 オレは宿の部屋の窓辺で外を見ていた。空気中のキラキラも今日は心なしかゆったりと動いているような気がする。


「手入れを頼んでいた武器を取りに行く」


 アレンがぽつりと言う。


 武器。

 その単語だけで、オレの金色の目がきらりと光った。


(武器って、あの光ってるやつだろ?)


 ギルドで見た剣や槍。どれもマナが薄くまとわりついていた。あれが並んでる場所か?


 それ、ちょっと、いや大分面白そうじゃね?


 アレンも持ってるよな。なんか触っても大丈夫だけどびっくりするみたいな剣!まだ触ったことないけど。


 しっぽをピンと立て、期待を隠さずアレンの方を向く。


「……楽しみか?」


 アレンは少しだけ笑った。


 バレてる。まあいい。隠す気もないし。

 


 やがて辿り着いたのは、木造の落ち着いた店だった。入口の上には、簡素な看板。剣と槌が交差している。


 武器屋の扉が閉まると、外の喧騒が一枚布を隔てたみたいに遠くなる。


 店の中は静かで、鉄と油と革の匂いが混ざった、落ち着いた空気に満ちていた。


 オレはアレンの肩からひらりと飛び降り、床に着地する。

 肉球の裏に伝わる、ひんやりとした木の感触。


 ぐるりと見渡す。


 壁一面に剣。長さも形も違う。

 棚には短剣や投擲用の小ぶりな刃物。

 奥には槍、斧、大盾。


 そして――見える。


 うっすらとまとわりつく光の流れ。

 武器ごとに違う、マナの気配。


(うわ、これ全部光って見えるのってたぶんオレだけなんだよな……)


 ちょっと優越感。


「お、なんだその猫」


 奥から現れたのは、大柄な男だった。分厚い腕、無骨な指。灰色混じりの髭を撫でながらこちらを見る。


「アレン、来たか」

「ああ。頼んでいた短剣を受け取りに」

「手入れ出来てるぞ」


 カウンターの上に置かれた一本の短剣。

 おっちゃんが鞘からわずかに抜くと、刃が静かに光る。


 ――綺麗だ。


 武器の良し悪しなんて正直よく分かんないけど、これは良いものだと直感が告げる。


 マナの流れが澄んでいる。淀みがない。

 路地裏の影で見た、あのねっとりとした揺らぎとはまるで違う。


 オレは思わず近づき、じっと見つめる。


 そんなオレを、武器屋のおっちゃんがニヤリと笑いながらのぞき込む。


「ほーう?見る目あるな、お前」


 オレは顔を上げ、じっと見返す。


「賢そうな目だ」


 ふんっ。ちょっと得意げに鼻を鳴らす。


 その瞬間、わしゃっと頭を撫でられた。


「かわいいなおい」


(ぐっ……!)


 不意打ち。

 思わずよろけそうになるのを、ぎりぎり耐える。


(いや、でも意外と撫でるのうまいな)


 おっちゃんの手は大きくて温かい。目が細まる。


 アレンが短剣を受け取り、軽く振る。空気が静かに裂ける音。


「刃の歪みは直してある。魔力の通りも調整済みだ」

「助かる」


 短い会話。



 オレは店の奥へと歩き出す。

 好奇心が勝った。


 棚の下段に並ぶ、小ぶりな武器。

 短剣、投げナイフ、そして――


(なんだこれ)


 丸い輪のような金属。

 穴がいくつか空いている。


 変な形だ。刃もない。


 オレは前足でちょん、ちょん、と軽く叩く。


「それはナックルだ」


 おっちゃんの声。


 オレは顔を上げる。


「拳に装着する武器だな。格闘家が使う。殴る威力を増幅する」


(殴る? これで?)


 想像する。


 人間が拳にそれをはめて――どん。


 ひぇ……めちゃくちゃ痛そう。ちょっとしっぽがぶぁっとした。


 アレンが横から補足する。


「冒険者の中には武器を持たない者もいる。身体強化を主体に戦う獣人や、拳闘士だ」


 オレはナックルをもう一度見つめる。


「こいつも興味津々だな」


 そこにも薄くマナが流れている。

 拳に伝わる構造らしい。


(面白……)


 剣だけが武器じゃないんだな。



 止められないのをいいことに、さらに奥まで探検してみる。


 棚のさらに奥。

 古びた槍が立てかけられている。


 この槍、他の武器と比べてマナの流れが全然違うな。


(さっきのナックルがほわーきらきら。なら、こっちはビカーギラギラ。って感じだ)


 オレは静かに近づく。


「クロ?」


 アレンの声。


 オレは槍の足元を前足でとんとん、と叩く。


 それは刃がついているから危ない、とアレンが言ってオレをひょいと一歩後ろに下がらせた。


「それか? 遺跡から出た品だ。古代魔術文明の頃のものらしい」


 遺跡。


(へえ、古いとこんな感じの光になるのかな)


 オレは槍とアレンを交互に見る。


 ちょっとアレンの持ってる剣と似ているような?


 アレンは一瞬だけ目を細めたが、深くは追及しなかった。


「気になるのか」


 そうだな。


 おっちゃんは腕を組み、苦笑する。


「売り物だが、扱える奴がいなくてな。魔力の通りが妙なんだ」


 妙。


 その言葉に、オレの耳がぴくりと動く。


(やっぱりか)


 アレンは軽く槍に触れ、すぐに手を離した。


「確かにな。使うものは選ぶかもしれない」


 そーだよな、オレも気づいてたぞ。


 オレは槍から離れ、再び店内を見渡す。


 盾の裏側の補強構造。

 斧の重心。

 剣の刃紋。


 見れば見るほど面白い。


 おっちゃんが再びしゃがみ込んで、オレの顎を軽く撫でる。


 うーん、この絶妙な力加減。


 ごろご...はっ!鳴ってない、鳴ってないぞ!


「武器屋に来てこんなに真面目に見てる猫は初めてだ」


 ふんっ。


 当然だろ。オレはただの猫じゃない。


 金色の瞳が、薄く光る。


 アレンは短剣を鞘に収め、腰のベルトにさす。


「もうすぐこの町を出る」

「どれくらいだ」

「あと一週間ほど」

「そうか。寂しくなるな」


 おっちゃんの声はぶっきらぼうだが、柔らかい。


 アレンは小さく笑った。


「また寄る」


 静かな約束。


 オレはそのやり取りを見上げながら思う。


(こいつ、ちゃんと人と繋がってんだな)


 強いだけじゃない。


 店内の空気は穏やかだ。


 だが、ほんのわずかに。


 遠くで、ざわり、とした気配がした気がした。


 外か?


 いや、まだ遠い。


 オレは耳を澄ます。


 ……気のせいかもしれない。


 今は武器屋の中。

 鉄と革の匂いに包まれている。


 それでも、胸の奥が少しだけ落ち着かない。


 アレンの足元へと歩き、座る。安心する位置。


 おっちゃんが笑いながら言う。


「その猫、ただ者じゃあなさそうだな」


 アレンは答えない。


 ただ、ほんの少しだけ口元を緩めた。


 オレはしっぽをゆらりと揺らす。


(オレがただの猫なわけないだろ)


 突然、耳がぴくっと反応した。


 外で、何かが――ほんの少しだけ、空気を揺らした。ような。


 気のせいか。


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