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6/30

6話


 ギルド内には柔らかい日差しが窓から差し込み、オレの金色の瞳に映る光が揺れる。


 アレンはカウンターで何やら手続きをしているらしく、落ち着いた手つきで書類をめくっていた。


 オレは肩の上でピクピクと耳を動かして、周囲の動きに目を光らせる。


 今日はギルドを出たら、町をぶらぶらしてみようということになった。


 アレンが「少し市場を回ってみるか」と言ったとき、オレはすぐに反応した。オレは猫だ、当然歩きたいし、匂いも確認したい。


 肩の上でちょっと身を乗り出すと、アレンがくすりと笑いながら首をかしげた。

 

「終わったぞ。いくか」


 (よしきたっ)


 ギルドを出ると、町の空気は温かく、どこか活気があった。商人の呼び声、子どもたちのはしゃぐ声、遠くで馬車の車輪が石畳を叩く音。


 オレは肩の上で耳をぴくぴくさせながら観察する。


 音も匂いも色も情報の嵐だ。歩きたい気持ちが抑えきれず、アレンの肩からぴょんと飛び降り、さっそく地面を踏みしめる。

 

 肉球に感じる石畳の感触。オレは尾を高く上げ、鼻先をくんくんと動かしながら前進する。


 アレンは軽やかな足取りでオレを追い、時折声をかける。

 

「あまり遠くに行くなよ、クロ」

 

 オレはふんっと鼻を鳴らし、ちょっとだけアレンをからかうように小走りしてみる。


 でも、アレンの足取りは安定していて、少しも焦らない。


 ちぇ


 広場に差し掛かると、屋台がずらりと並んでいる。


 焼き魚の匂い、パンの甘い香り、香辛料の刺激的な匂い。オレは思わず鼻をひくつかせ、目を輝かせる。


 屋台の兄ちゃんがにっこり笑い、焼いた肉の切れ端をそっと差し出す。


 オレはにぁ、と鳴いてお礼を言い、ぺろりと味わう。


 (ああ、この世界は美味しいものに溢れている)


 でも、ふと広場の片隅に目をやったとき、オレの金色の瞳が細くなる。


 最近見えるようになったマナの微細な揺らぎが、空気には漂っていた。


 が、オレの視界に、ねっとりとした黒い波紋のようなものがうごめく。もともとオレが寝床にしていた路地裏近くだ。

 

(……なんだあれ、ちょっとやな感じだぞ……)


 アレンに知らせようと肩に飛び乗るが、彼はまだ屋台の兄ちゃんと小さなやり取りをしている。


 オレはぺろぺろと前足を舐め、少し不安げに背中を丸める。


 その濁りは小さく、遠くに漂っているだけだけど、オレには嫌な予感を感じさせる。


 マナ……なのか、それとも何か別のものなのか。まだ分からない。けど、確かに何かがおかしい。


 オレはポンポンと、アレンの肩を小さく叩く。

 

「にゃあっ」

 

 軽く鳴いてみせる。アレンはちらりとオレの動きを見て、眉を少しひそめる。

 

「ん?何かあったか、クロ?」

 

 オレはしっぽを揺らし、目で路地裏近くを指す。アレンは視線をそこに送ると、さっと状況を確認する。目を細める、が、よく分からないらしい。


「お前が住んでいた場所だな?とってきたいものでもあるのか?」


 ちがう。


 オレは少し心配で、肩の上で耳をぴくぴくさせ、周囲の動きを細かく観察する。


 濁りは小さいけれど、時折強くなったり、微かに動きが変わったりする。


 オレはふんっと鼻を鳴らして、危険信号を出す。


 アレンはそれを無言で受け止め、肩の上でぐっと爪を立てるオレを優しく撫でる。


「……クロ?」


 夕暮れの風が、通りを抜ける。その瞬間。


 アレンのその声は、いつもと同じ。


 でも――オレは見た。


 アレンの手が、ふと腰の剣へ触れるのを。


 握らない。抜かない。ただ、柄をなぞる。


 いつも通りの顔をしているのに。

 

「落ち着け、クロ。大丈夫だ」


 少し安心してオレは肩の上でしっぽを丸める。


 広場の人々はまだ普通に楽しんでいて、誰も濁りに気づいていない。


 オレは耳を後ろに倒す。


 不安もあるけど、アレンの存在があれば何とかなる。気がする。


 そう思うと、少しだけ好奇心が勝ってしまう。


 アレンの肩から飛び降りて、もやにちょっと近づいてみる。


 ふんふん。匂いはないな。でも近寄るとやっぱり嫌な感じがする。


 毛が逆立って、しっぽが膨らむ。


 (やめよっ)


 アレンの元に駆けていく。


「なんだ、もういいのか?」


 アレンはふっと笑って、頭を一度、撫でてきた。

 


 その後も屋台を覗き込んだり、アレンがお昼ご飯にと買った、具がたっぷり挟まったパンの切れ端をもらったりした。


 街の色と匂い、そして小さな異変が入り混じった空気の中で、オレは動き回る。


 アレンはそんなオレを優しく見守りつつ、ゆっくりと歩く。

 


 やがて夕暮れが近づき、空に橙色の光が広がる。オレはアレンの肩の上でくあっとあくびをひとつ。


 キラキラしたマナは見えるけれど、今は大きな動きはない。


 アレンはもう宿屋に戻ろうと言う。オレは一度にぁと返事をしてから、しっぽをくるりと巻いた。


 今日の小さな異変は、オレにとっての新しい発見だった。アレンはまだ気づいていないみたいだけれど、オレにはわかる。


 この町には、普通の人間が感じられないものがある。濁りの先には、まだ見ぬ何かが潜んでいるみたいだ。


 それでも今は、アレンの肩の上で、街の空気を楽しむことにする。


 ゆるくしっぽをゆらして、アレンの頬に頭をすり寄せる。


 悪くない時間だった。と伝えるように。

 

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