6話
ギルド内には柔らかい日差しが窓から差し込み、オレの金色の瞳に映る光が揺れる。
アレンはカウンターで何やら手続きをしているらしく、落ち着いた手つきで書類をめくっていた。
オレは肩の上でピクピクと耳を動かして、周囲の動きに目を光らせる。
今日はギルドを出たら、町をぶらぶらしてみようということになった。
アレンが「少し市場を回ってみるか」と言ったとき、オレはすぐに反応した。オレは猫だ、当然歩きたいし、匂いも確認したい。
肩の上でちょっと身を乗り出すと、アレンがくすりと笑いながら首をかしげた。
「終わったぞ。いくか」
(よしきたっ)
ギルドを出ると、町の空気は温かく、どこか活気があった。商人の呼び声、子どもたちのはしゃぐ声、遠くで馬車の車輪が石畳を叩く音。
オレは肩の上で耳をぴくぴくさせながら観察する。
音も匂いも色も情報の嵐だ。歩きたい気持ちが抑えきれず、アレンの肩からぴょんと飛び降り、さっそく地面を踏みしめる。
肉球に感じる石畳の感触。オレは尾を高く上げ、鼻先をくんくんと動かしながら前進する。
アレンは軽やかな足取りでオレを追い、時折声をかける。
「あまり遠くに行くなよ、クロ」
オレはふんっと鼻を鳴らし、ちょっとだけアレンをからかうように小走りしてみる。
でも、アレンの足取りは安定していて、少しも焦らない。
ちぇ
広場に差し掛かると、屋台がずらりと並んでいる。
焼き魚の匂い、パンの甘い香り、香辛料の刺激的な匂い。オレは思わず鼻をひくつかせ、目を輝かせる。
屋台の兄ちゃんがにっこり笑い、焼いた肉の切れ端をそっと差し出す。
オレはにぁ、と鳴いてお礼を言い、ぺろりと味わう。
(ああ、この世界は美味しいものに溢れている)
でも、ふと広場の片隅に目をやったとき、オレの金色の瞳が細くなる。
最近見えるようになったマナの微細な揺らぎが、空気には漂っていた。
が、オレの視界に、ねっとりとした黒い波紋のようなものがうごめく。もともとオレが寝床にしていた路地裏近くだ。
(……なんだあれ、ちょっとやな感じだぞ……)
アレンに知らせようと肩に飛び乗るが、彼はまだ屋台の兄ちゃんと小さなやり取りをしている。
オレはぺろぺろと前足を舐め、少し不安げに背中を丸める。
その濁りは小さく、遠くに漂っているだけだけど、オレには嫌な予感を感じさせる。
マナ……なのか、それとも何か別のものなのか。まだ分からない。けど、確かに何かがおかしい。
オレはポンポンと、アレンの肩を小さく叩く。
「にゃあっ」
軽く鳴いてみせる。アレンはちらりとオレの動きを見て、眉を少しひそめる。
「ん?何かあったか、クロ?」
オレはしっぽを揺らし、目で路地裏近くを指す。アレンは視線をそこに送ると、さっと状況を確認する。目を細める、が、よく分からないらしい。
「お前が住んでいた場所だな?とってきたいものでもあるのか?」
ちがう。
オレは少し心配で、肩の上で耳をぴくぴくさせ、周囲の動きを細かく観察する。
濁りは小さいけれど、時折強くなったり、微かに動きが変わったりする。
オレはふんっと鼻を鳴らして、危険信号を出す。
アレンはそれを無言で受け止め、肩の上でぐっと爪を立てるオレを優しく撫でる。
「……クロ?」
夕暮れの風が、通りを抜ける。その瞬間。
アレンのその声は、いつもと同じ。
でも――オレは見た。
アレンの手が、ふと腰の剣へ触れるのを。
握らない。抜かない。ただ、柄をなぞる。
いつも通りの顔をしているのに。
「落ち着け、クロ。大丈夫だ」
少し安心してオレは肩の上でしっぽを丸める。
広場の人々はまだ普通に楽しんでいて、誰も濁りに気づいていない。
オレは耳を後ろに倒す。
不安もあるけど、アレンの存在があれば何とかなる。気がする。
そう思うと、少しだけ好奇心が勝ってしまう。
アレンの肩から飛び降りて、もやにちょっと近づいてみる。
ふんふん。匂いはないな。でも近寄るとやっぱり嫌な感じがする。
毛が逆立って、しっぽが膨らむ。
(やめよっ)
アレンの元に駆けていく。
「なんだ、もういいのか?」
アレンはふっと笑って、頭を一度、撫でてきた。
その後も屋台を覗き込んだり、アレンがお昼ご飯にと買った、具がたっぷり挟まったパンの切れ端をもらったりした。
街の色と匂い、そして小さな異変が入り混じった空気の中で、オレは動き回る。
アレンはそんなオレを優しく見守りつつ、ゆっくりと歩く。
やがて夕暮れが近づき、空に橙色の光が広がる。オレはアレンの肩の上でくあっとあくびをひとつ。
キラキラしたマナは見えるけれど、今は大きな動きはない。
アレンはもう宿屋に戻ろうと言う。オレは一度にぁと返事をしてから、しっぽをくるりと巻いた。
今日の小さな異変は、オレにとっての新しい発見だった。アレンはまだ気づいていないみたいだけれど、オレにはわかる。
この町には、普通の人間が感じられないものがある。濁りの先には、まだ見ぬ何かが潜んでいるみたいだ。
それでも今は、アレンの肩の上で、街の空気を楽しむことにする。
ゆるくしっぽをゆらして、アレンの頬に頭をすり寄せる。
悪くない時間だった。と伝えるように。




