5話
翌朝。
オレは窓辺で朝日を浴びていた。
朝の光は柔らかい。空気の中の光――マナってやつ(たぶん)も、夜より澄んでいる気がする。流れが静かだ。
後ろで物音がする。
振り向くと、アレンが外套を羽織っていた。腰には剣。
「ギルドに顔を出す」
短い説明。
オレはくるりと振り返り、窓枠から床へ飛び降りる。
オレも行くに決まってんだろ。
軽く助走をつけて、アレンの肩へ跳び乗る。位置を調整して、安定。
「……もう普通に跳ぶな」
当たり前だろ。全快だぞ。
オレはしっぽをゆらりと揺らし、外へ。
朝の町は活気がある。パン屋の香ばしい匂い。商人の呼び声。石畳を打つ靴音。
そして、視線。ちらり、ちらり。
アレンを見る目は、やっぱり少し違う。
畏れ、尊敬、安心。
声をかける者はいないが、自然と道が開く。
(へぇー)
オレは肩の上から人間たちを観察する。
この男、やっぱすごいやつなんだな。
ギルドの建物は、町の中心近くにあった。大きな木製の扉。紋章が掲げられている。
扉を押し開けると、ざわめきが流れ込んできた。
酒の匂い。汗。革。鉄。朝からいるやつ多くね?
中は広い。長机。掲示板。受付カウンター。武装した冒険者たち。
そして。
ぴたり、と一瞬だけ空気が止まる。
「……アレンさんだ」
「Sランクの……」
小さなざわめき。大騒ぎにはならない。でも確実に空気が変わる。
アレンはそれを気にする様子もなく、まっすぐ歩く。
オレは肩の上から見下ろす。
(うわー、なんか注目浴びてるわオレ)
ちょっと気分いい。
すると、横から声が飛んできた。
「お、アレンさんだ!」
振り向くと、三十代くらいの男が手を挙げている。軽装だが動きやすそうな装備。日に焼けた顔。
「久しぶりっすね!」
「……まだいたのか、ラド」
「ひどくないすか!? 俺はここが拠点なんすよ!」
ラドと呼ばれた男は笑いながら近づいてくる。
その視線が、オレに止まった。
「……あれ?」
目が丸くなる。
「その猫、どーしたんすか?」
「拾った」
短い。
「拾った!?」
ラドは大げさに驚く。
「アレンさんが!? え、マジすか!? そんなことある!?」
「ある」
あるんだよなあ。
オレはラドを見下ろす。
ラドの周囲のマナは、そこそこ濃い。たぶん戦えるやつだ。動きに無駄がない。
でもアレンほどじゃない。全然違う。
「かわい……」
ラドはおそるおそる手を伸ばしかける。が、中途半端に浮いた状態でぴたっと止まった。
「撫でていいすか?」
アレンの視線が、すっと細くなる。
「こいつが嫌がらなければな」
丸投げきた。
オレはラドの手を見る。
ごつい。傷だらけ。でも、敵意はない。
(まあ、いいけど)
オレは肩から軽く跳び、ラドの前に着地する。逃げない。
「お、おお……」
ラドはしゃがんでそっと頭に触れる。
撫で方は……悪くない。
「すげぇ、懐いてる」
「懐いてはいない」
アレンが即否定。
いやそこ否定すんなよ。
オレは軽く目を細める。
別に懐いてるわけじゃないけどさ。でも悪くはない。
ラドは笑う。
「名前なんていうんすか?」
「クロ」
「クロ!?」
またその反応。
「そのまんま!」
「分かりやすいだろう」
「いやまあ……そうっすけど……」
ラドはくすくす笑いながら、オレの顎の下を撫でる。
……そこはずるい。
思わず喉が鳴りそうになるのを、オレは必死にこらえた。
鳴らねぇからな?オレは大人だ。
「それで、今日は依頼っすか?」
「いや、顔を出しと、あと拠点変更の手続きだな」
ラドが一瞬きょとんとする。
「そーなんすね。今回は、この町での滞在期間2、3ヶ月くらいっすか」
「ああ、そのくらいになるか」
「まあまたこの町寄ったら、声かけてくださいっす」
ラドはオレの頭をもう一度撫でてから、他の冒険者たちの元へ駆けて行った。
(元気なやつだなあ)
ぐぐっと前足を伸ばして、背中を反らせると、アレンがくすりと笑った。
「クロ、伸びすぎだぞ」
しっぽがピンと立ち、ゆらゆらと揺れる。
いろいろと気になるものが多いんだ。ギルドなんて初めて入ったからな
ここは初めての場所、冒険者ギルド。あちこちに冒険者たちがいて、誰もが忙しそうに動き回る。
オレはその一挙手一投足に目を光らせながら、ふんっと鼻を鳴らす。
アレンは受付カウンターに近づき、軽く礼をする。受付嬢の視線が自然にオレに向くのがわかる。オレもカウンターに飛び乗ってちらりと彼女を見る。
「……どうかされましたか?」
受付嬢は少し声を低くして尋ねる。
「いや、顔出しただけだ。依頼はないだろ?」
「はい」
短いやり取りに、オレは肩の上でキョロキョロと周囲を見回す。掲示板には大小様々な依頼が貼られているけど、今のアレンには関係ないらしい。
(……なんで受けないんだ?)
オレの視界に、依頼内容や報酬の文字がちらちら入る。普通なら飛びつきそうな情報だ。でも、アレンはそれを見てもまったく動じない。
ラドや他の冒険者もまだちらほらこちらを見ている。オレはカウンターの上でしっぽを揺らしながら、彼らの表情や仕草を観察する。
アレンの存在感が、周囲の人間の動きを自然に変えているのが面白い。
「掲示板が気になるか?Sランクは、基本的に掲示板の依頼は受けなくてもいい。……特に、簡単な依頼は。駆け出しの仕事を奪うわけにはいかないからな」
アレンが低くつぶやく。オレはその言葉を、ちらりと耳を傾けて聞いた。なるほど、ここでは特別扱いなのか。
受付嬢は小さく頷き、依頼の確認をしていた手を止める。視線はオレに時折チラチラ向く。小声でかわいい...と言っているのが聞こえる。オレはふんっと鼻を鳴らして、軽く応える。
(……まぁ、可愛いって言われるのは悪くないな)
心の中で軽くにやり。くるりと向きを変える。
アレンはそれを横目に、受付嬢に軽く話しかける。
「あとは、あと一週間くらいでこの町を出るからその手続きを」
「はい。承知しました」
アレンの声は落ち着いていて、周囲の雑音に負けない。
(……すごい。落ち着き方が普通じゃないな)
周囲の冒険者たちは忙しく動きながらも、ちらちらアレンを見ている。敬意もあるが、恐れ混じりの視線もある。
オレは耳をぴくぴくさせ、しっぽを軽く揺らす。
(……ああ、こいつがSランクってやつか)
受付嬢は頷き、少し安心した表情で受け答えをする。オレは肩の上で目を細め、周囲の人間たちの会話や仕草を読み取ろうとする。ちょっとした気配の変化、声のトーン、マナの流れも……全部面白い。
受付嬢が笑みを浮かべ、クロの方を見て手を差し伸べる。
オレは軽く目を細め、彼女の手のひらに頭を擦りつける。
「……可愛いですね」
小さく呟く声に、オレはふんっと鼻を鳴らす。そうだろうそうだろう。心地よい感触。アレンは、それを見てくすりと笑う。
その時、アレンが軽く言った。
「クロ、この手続きが終わったら市場見て回るか」
耳がぴくっと反応する。
(えっほんとか!?楽しそうじゃんそれ!)
頷きながら、にゃあと返事をしてみせる。
ギルドのざわめきと日常の温かさに包まれながら、オレは目を細める。新しい生活の始まりを感じる。
外の世界は広く、面白いことも多そうだ。




