表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
17/30

15話


 森へ足を踏み入れた瞬間、村の喧騒が背後に溶けた。湿った土の匂い、踏みしめる落ち葉の柔らかな音。


 案内の男は何度も周囲を見回しながら言う。


「このあたりで、よくかくれんぼをしてるんです。あまり奥へ行くなとは言ってあるんですが……」


 声の端に焦りが滲む。


 アレンは足を止め、しゃがみ込んだ。


「少し待て」


 地面に触れ、草の向きを確かめる。


「この辺りの草、踏み入られた形跡があるな」

「ほ、本当ですか?」


 男が身を乗り出す。


「ああ。葉が折れている。土も浅く削れている。……小さい足だ。子供だろう」


 男は胸を押さえるように息をついた。


「ミレア……」

「慌ててはいない。走った形跡もない。普通に歩いているようだ」


 アレンの声は低く、静かだが、確信がある。

 

 オレは鼻を地面に近づける。土、苔、朝露、村人の匂い。……あった。たぶんミレアの匂い、甘い花みたいなやつ。


 よし、追える。オレは少し前に出て振り返る。


「にゃ」

(匂い追えそうだぞ)


「……先に行くか」


 アレンが小さく頷く。男は戸惑いながらも後を追った。


「その、黒猫も……探してくれてるんですか」

「ああ。頼りになる」


 短い。


 けど、ちょっとだけ誇らしい。聞いたか?オレ、頼りになるらしいぞ。

 

 そのとき、森の奥から、低く長い遠吠えが響いた。


「アオーン……」


 男がびくりと肩を震わせる。


「や、やっぱり狼が……!」

「落ち着け」


 アレンは耳を澄ませ、視線を奥へ向ける。


「近くはない。こちらを狙ってもいない。群れでもないな」

「で、でも……最近、森で見たって話が……」

「もし遭遇しても問題ない」


 淡々とした言葉が、森の不安を少しだけ薄める。男は唾を飲み込み、「……お願いします」と小さく言った。

 

 ふと、視界の端に淡い揺らぎが走る。マナだ。細い糸みたいに、木々の間を縫っている。オレは足を止め、じっと見つめる。


 枝の上、丸い影がぴょんと跳ねた。


 ……え、スクルミアだ。


 ふさふさの尾を揺らし、こっちを見る。ぴょん、と少し進み、また振り返り、止まる。


(なんだ?ついてこいってか?)


 オレが一歩踏み出すと、スクルミアは小さく空間を歪ませ、木の実を取り出して地面に置いた。ぽとり。それからまた跳ねる。振り返る。完全に「ついてこい」だ。

 

 アレンがオレの動きを見る。


「……どうした」

「にゃ」


 短く鳴いてスクルミアを見る。


 アレンは視線を追い、目を細める。


「スクルミアか」

「魔獣、ですよね?」

「ああ。だが敵意はない。……何かを知らせているようだ」


 男は不安と期待が入り混じった顔をする。


「案内、してくれるんですか」

「そう見える」


 アレンも少し眉根が寄って、困惑しているように見える。

 

 

 スクルミアを追って少し進むと、マナの揺れが強くなった。上だ。


 オレは木を見上げる。


 高い枝葉の影、その奥に淡い光の塊。人の形。


 オレは幹を蹴った。爪を立て、するすると駆け上がる。


 葉の隙間から覗き込むと、枝の上で丸くなっている少女がいた。金色の髪が陽に透け、頬に木漏れ日が落ちている。すう、すう、と寝息。


 ……いや、寝るなよ。


 オレはそっと近づき、「にゃ」と鳴く。少女がゆっくり目を開けた。


「……あ、ねこさん」


 ぼんやりと笑う。危機感ゼロ。

 

 下から声が飛ぶ。「ミレア!」男の声が震える。


 少女は身を起こし、下を覗き込む。


「おじさん?」


 体がぐらりと揺れる。危ない。オレは素早く服の端を爪で引っかける。


(っぶねーな。落ちるなって)


「...かくれんぼは?」


(終わりだよっ!!)


 アレンの声が届く。


「ミレア、ゆっくりだ。枝を伝って降りろ。俺が下で受ける」

「うん……」


 眠たげに頷くの不安になるからやめろ。

 

 少女は慎重に枝を移る。足を滑らせかけた瞬間、アレンが一歩踏み出し、腕を伸ばす。


「ここだ」


 最後はどさっと音がして抱き上げるように受け止めた。男が駆け寄る。


「ミレア!」

「ごめんなさい。木の上で、寝ちゃってて……」


 少女は小さく笑う。男は涙ぐみながら頭を撫でた。


「無事でよかった……本当に……」

 

 安堵が広がりかけた、そのとき。アレンの目がわずかに細くなる。


「……近づいてきているな」


 空気が変わる。手が腰の剣に触れ、カチャと音がかすかに鳴った。


 オレも耳を伏せ、森の奥を睨む。


 がさっ、と草むらが揺れた。低い影。鋭い耳。黒色の瞳が、こちらを見ている。狼だ。


 男が息を呑む。「ひっ……」ミレアを抱きしめる腕に力が入る。


 アレンは一歩前へ出る。


「下がっていろ」


 短い声。


 影が、もう一度草をかき分けた。緊張が張り詰める。オレは尾を低く構え、視線を逸らさない。


 ……さあ、どう出る。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ