14話
森を進むこと半日。
視界の端に、ゆるやかに立ちのぼる煙が見えた。薪の匂いが風に混じる。煮込みの匂い、干し草、家畜。人の生活の匂いだ。
アレンが足を止める。
「……予定の村だな」
短い確認。
「にぁう」
(着いたか!やっとひとやすみできるな)
森と地続きなのに、空気がやわらかい。
……あそこの陽だまり、ひなたぼっこによさそうだな。
村は小さく、静かな午後に包まれていた。畑では男が鍬を振り、軒先では女が洗濯物を干している。井戸の水音が響き、鶏が土をつつく。平和そのもの。
だが、その端のほうに、小さな違和感があった。子どもが三人、しゃがみこみ、肩を寄せ合ってひそひそと話している。笑っていない。指先で足元の石をいじりながら、落ち着きなく視線を森へやっている。
そのうちの一人が、こちらに気づいた。
「あ、旅人さんだ」
声は明るいが、どこか不安気な響きが混じる。他の子も振り向き、アレンを見上げる。
アレンは自然な距離で立ち止まる。
「冒険者のアレンだ。旅の途中で寄らせてもらう。どうしたんだ」
声は低く穏やかで、押しつけがましさがない。子どもたちは少しほっとした顔をする。
「ねえ、聞いてくれる?」
最初に気づいた子が言う。
「かくれんぼしてたの。森のほうで」
「ミレアちゃんがね、まだ見つからないの」
「ずっと探してるのに、返事もないんだ」
「でも、泣いてないと思う。あの子、すぐ泣かないし」
「木登り得意なんだよ。高いとこにいるかも」
言葉が重なり、焦りがにじむ。
アレンの目がわずかに細まる。
「森に入ったのか」
子どもたちはうなずく。
「あっちの森のほう」
指さされた先は、村のすぐ裏手。木々が密に立ち並ぶ境界線。オレたちが来た方向の反対側だ。
「どれくらい経った」
アレンが問う。
「えっと……」
「太陽があそこにあったときから」
「だから、一時間くらい」
一時間。オレは耳を動かす。
森のほうから、風が抜ける。
争っているような音は聞こえない。だが時間は十分に長い。
「大人には?」
子どもたちは顔を見合わせる。
「まだ。だって、すぐ出てくると思ったし」
「怒られるかもって」
小さな声。
アレンは叱らない。
「分かった。それなら今からでも話そう」
それだけで十分だった。子どもたちは一斉に頷き、それぞれ家のほうへ駆けていく。
やがて村の大人たちが集まる。
最初の反応は軽かった。
「なんだ、またかくれんぼか」
「あの子は隠れるの上手いからなあ」
「この前も納屋の上にいたぞ」
笑い声さえ混じる。
「ミレアはのんびり屋だから、見つかってないからって勝ち続けてるつもりかもな」
だがアレンが静かに言う。
「一時間、戻っていないそうだ。遊んでいた場所は、森だ」
その一言で、空気がわずかに止まった。
「……一時間?」
「本当か?」
「誰も様子を見ていないのか」
「森のほうだって?」
笑いが消える。
「最近、森の奥で狼を見たって話があったぞ」
「ああ、足跡もあった」
「いや、でも村の近くまでは来ないはずだ」
「絶対とは言えねえだろ」
声が重なり、不安が形になる。
オレは森を見る。木々は静かだ。静かすぎる。枝葉の擦れる音だけが遠い。
「探すぞ」
「手分けするか」
「いや、下手に散るな。もし本当に狼がいたらどうする」
大人たちの声が強まる。焦燥が広がる。
アレンが一歩前に出る。
「俺が森へ入る。俺は冒険者だ、狼くらい問題ない。案内を」
短いが、迷いがない。
大人たちは顔を見合わせる。
そして、村人の一人が頷いた。
「俺が行く。入り口まではすぐだ」
オレは自然と前に出ていた。尻尾が低く揺れる。
……頼むから、ただのかくれんぼであってくれよ。オレ、ここで嫌な匂いを見つける役はやりたくねーんだ。
裏手の森の入り口は、昼だというのに少しだけ暗く見えた。風が吹き込み、木々のざわめきが聞こえる。
一瞬、森のほうのマナが揺らいだ気がした。




