10話
「もしかしてあんた、Sランクのアレンさんっすよね?」
横から飛んできた軽い声は、露天の店主のものだった。
露天の並ぶ一角。色とりどりの布が揺れる屋台の前で、若い男がにこにことこちらを見ている。革紐や石の飾り、小さな金属細工が並ぶアクセサリー屋らしい。
アレンは足を止めるが、警戒はしていない。
「そうだが」
「やっぱり! いやー噂は聞いてますよ。こないだの広場の件も、あんたが倒したって」
にこにことした兄ちゃんは、ふっとオレに目を移す。
「……で、その猫。めちゃくちゃ可愛いっすね」
ふむ。当然だな。
オレはわざとらしく目を細め、落ち着いた顔をしてみせる。
兄ちゃんは笑いながら、小さな箱を取り出した。
「こんなのどうっすか? ほら、猫用に。首とかにつけれるアクセサリー。軽いし、邪魔にならないやつ」
(さてはこいつ、商売上手だな?)
差し出されたのは、細い革紐に小さな金具がついたものだった。悪くはない。だが、オレにはちょっと甘すぎる気がする。
アレンは一瞥し、「似合うか?」とオレを見る。
似合わないとは言わないが、オレは首を横に振る。
違う、これじゃない。
兄ちゃんは「あ、これは好みじゃないっすか」と笑い、別の箱を開けた。
「じゃあこれはどうっすか」
今度は青や水色の紐で綺麗に模様が編まれているものだ。
(うーん、悪くはないけどなあ)
オレは首を傾げてみせる。
それを見た兄ちゃんは、また別の箱を開け始めている。
オレはちらり、とアレンの方を伺い見る。
そのとき、アレンの視線が別の品に止まった。
露天の端、さりげなく並べられた二つ一組の細い銀色の輪。装飾はほとんどない。ただ内側に小さな刻印があるだけの、シンプルなブレスレットだった。
「それは?」
アレンが指で差しながら問う。
「お、そっちいきます? ペアっすよ。冒険者とかが、相棒同士で持つやつ。マナ通すとほんのり光る仕様」
兄ちゃんが箱を開ける手を止めて得意げに言う。
オレは身を乗り出す。
薄く、穏やかな術式が刻まれているのが見える。強い魔術ではない。ほんのわずかに共鳴するだけの、小さな印のようなもの。
オレが興味津々なのがわかったのか、アレンはふっと息を漏らした。
アレンは片方を手に取り、オレを見る。
「こいつの首に付けてみてもいいか?」
兄ちゃんは頷いた。
「いいっすよ。それ軽くなるように作ってあるし、猫にぴったりかもっすね」
アレンはオレを腕に抱え、そっと輪を首に通す。
ひやりとした金属の感触。だが重くはない。邪魔にもならない。ぴたり、と収まる。
……悪くない。むしろ、いい。
オレはじっとしている。嫌がらない。外さない。
兄ちゃんがにやりと笑う。
「似合ってるじゃないっすか。黒毛に銀、映えますねぇ」
アレンはしばらくオレを見つめ、それから静かに頷いた。
「これをもらおう」
決まりか。
兄ちゃんは満足そうにもう一方を差し出す。
「もう片方は腕にどうっすか?」
だがアレンは首を横に振る。
「腕は邪魔になる」
そう言って、自分の剣を少し引き抜き、鞘の装具部分に受け取った輪を通す。革紐で固定し、解けないことを確認する。
銀の輪が、鞘のそばで静かに揺れた。
なるほど。腕ではなく、剣につけるのか。
兄ちゃんは「渋いっすねぇ」と笑う。
「戦うときも一緒ってわけっすか」
アレンは特に否定しない。
「まあ、そうなるな」
支払いを済ませ、露天を離れる。
オレは歩きながら、自分の首元を見る。銀色の輪が、オレの黒い毛の上でさりげなく光っている。軽い。違和感はない。むしろ、妙に落ち着く。
視線を横へ向けると、アレンの剣の鞘にも同じ輪が揺れている。
(同じだ)
それだけのことなのに、胸の奥がじんわりと温かくなる。
オレは何も言わず、しっぽをゆらゆらと揺らす。
気づいていないふりをしているが、たぶんアレンは分かっている。ちらりとこちらを見て、わずかに口元を緩めた。
「気に入ったか」
オレは視線を逸らし、何でもない顔をする。だが、しっぽだけは止められない。
悪くない。
かなり、いい。
町の通りは相変わらず賑やかだ。物資調達はまだ終わっていない。明日も準備は続くだろう。
けれど、オレの首元には小さな印がある。
アレンの剣にも、同じ印がある。
アレンの腰のあたりから、チャラと音が聞こえた。
オレは足取り軽く、銀の輪のわずかな冷たさを感じながら、静かにしっぽをゆらゆらと揺らし続けた。




