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【第41話】見てほしいものがある



 それからも芽吹の背は伸び続け、夏休みに入るころには、部で一番大柄な泊をも追い越していた。成は春先に、泊の身長を一六二センチメートルと聞いていたから、芽吹は一学期だけで一〇センチメートルほど身長が伸びたことになる。


 ひっそりと困惑する成をよそに、芽吹はめったに着ぐるみには入らなくなり、成と渡の稼働率は上がる一方だった。特に成は毎週何らかの着ぐるみに入っていて、帰ってシャワーを浴びたら、一直線に布団に向かう日も多くなっていた。


「いっけえええええええ!!!!!!!!!」


 二人が直列になった瞬間、成は勢いよくボタンを押した。真っすぐに放たれる青いビームが、二人に襲いかかる。二人はもろに喰らって場外へと吹っ飛ばされた。


 画面に現れるゲームセットの文字。結果が表示されると、成は力強くガッツポーズをした。


「やったー! 私の勝ちー! これでアイスは私のもんだね!」


「いや、今のなしだろ。南風原の近くにばっかり、スマッシュボール出てたじゃん」


「運も実力のうちですー。文句は言わせませんー」


「なあ、もう一回だけやらせてくれね?」


「芽吹、さっきもそう言ってきたじゃん。別に何度やっても同じだと思うけど」


「なあ、マトからもなんか言ってやってくれよ」


「俺は別に二人がいいんならいいけど」


「……しょうがないなぁ。もう一回だけね」


 そう言いつつも、本心では成も乗り気だった。また二人を倒して、得意げな顔ができるのだから、こちらとしても損はない。


 同じ条件で、三人は再戦をした。始まるやいなや芽吹と渡が、一直線に成に向かってくる。協力してまず、成を落とそうという算段らしい。


 成も何とか凌いでいたものの、芽吹の一撃に吹っ飛ばされてしまう。「二人ともズルくない?」と言うと、芽吹と渡に含み笑いをされたけれど、それでも成は悪い気持ちはしなかった。


 言い出したのは、芽吹だった。夏休みも数日経ったある日、「この前新しいゲーム買ったから、遊びに来ない?」なんて小学生みたいな提案をしてきたのだ。そのゲームは成も渡も持っていなかったので、二人は快諾した。しかし、


 少しして成は気づく。男子の部屋に入ることになる、と。別にはじめてではないし、いまさら緊張もしていないが、どうしても疑いは抱いてしまう。


 しかし、ゲームへの興味が上回って、自分はまだまだ子供なのだと、成は自覚した。


 芽吹の家は立派な一軒家だった。上がりこむと、話に聞いていた通り、小柄な両親が二人を歓迎してくれた。


 色めき立っている両親に、成はあくまでも宿題を一緒にやりに来ただけです、と伝えた。あまり効果はなかったが、一応。


 二階にある芽吹の部屋は畳張りだった。机の上にはパソコンが置いてあり、本棚には少年漫画がぎっしり詰め込まれていた。


 成の鼻についたのは、かすかな墨の匂い。渡によると、芽吹は小中と書道に取り組んでいて、そのときの匂いがまだ残っているのだろうとのことだった。


 三人は座るやいなやさっそくゲームをした。成も、芽吹が本当にゲームがしたいだけであると分かると、だんだんと警戒を解いていった。


 そして、今では面倒くさいからと、胡坐までかいてしまっている。スキニージーンズを履いてきたし、だらしないところを見せても、今さら失望はされないだろう。


 そう判断できるくらいには、成はすっかり芽吹の部屋に馴染んでいた。


「で、どうすんの? 宿題やんの?」


 成は勝ち取ったアイスを食べながら、芽吹に聞いた。


 傾き始めた太陽が、三人を照らし始めている。すでに三人が芽吹の部屋に入ってから、二時間ほどが経っていた。


「別に今日やらなくても良くね? 二人だって今、勉強したい気分じゃないだろ?」


 「確かに」と渡が言う。成も自分たちはダメな学生だなと思いつつ、笑って返した。


「それに、今日二人を呼んだのは、ちょっと見てほしいものがあるからなんだよな」


 言うと、芽吹は立ち上がり、学習机へと向かっていった。成はテストの点数を自慢されるのではないかとも思ったが、芽吹が手にしたのは机上にあるノートパソコンだった。成たちがもたれかかっている机に置いてから、電源を入れて、マウスを動かしている。


 気になって成が覗きこむと、画面に薄黄色の着物を着たピンク色の髪の、女の子のキャラクターが見えた。闊達な印象があり、真剣な表情でパソコンを操作する芽吹とは、ミスマッチに思えた。


「何これ?」


「いいから、もうちょっと待ってて」


 目を凝らしてみても、成には見たこともない単語ばかりが出てくるので、いまいち分からない。


 だから、成はおとなしく芽吹の言う通りにした。渡の横顔は、反応に困っているように、成には見える。


 どうやら芽吹は、渡にも何も言っていないらしい。


 しばらくして、パソコンからは音楽が流れ始めた。歌詞がなくリズミカルな曲だ。


 「これでよし」と芽吹が呟いて、パソコンを二人の方に向けてくる。二人が目にしたのは、和室をバックにして小さく揺れている、女の子のキャラクターだった。ぱっと見では二人と、同年代のような造形だ。


 そのキャラクターは瞬きをするだけで、特に言葉を発しない。形容しがたい空気が、部屋に流れる。


「えっ、本当に何これ?」


 成が疑問を重ねると、芽吹はあっけらかんと答えて見せる。


「黒崎ダイア。俺が作ったオリジナルのキャラクター」


「えっ、黒崎……何て? これ、圭太が作った?」


「ああ、夏休みに入ってから開いている時間でちょっとずつな。けっこう大変だったんだぜ、ここまで作るのに」


「なんで作ったの? 趣味?」


「まあそれもあるけど、一番の目的は動画投稿だな。俺さ、この黒崎ダイアでVtuber始めようと思うんだ」


 出てくる単語に脈絡がなさすぎて、二人は目を丸くする。それを見て、芽吹も顔に疑問符を浮かべている。


「えっ? Vtuber知らない? バーチャルYoutuberの略で、架空のキャラクターを作って、動画を投稿したり、配信したりすんの」


「いや、それは知ってるんだけど、なんで急にVtuber始めようと思ったの? 突然すぎない?」


「別に昨日今日でやろうと思ったんじゃねぇよ。先々月くらいからかな。キズナアイだったりミライアカリだったりの、動画や生配信を見始めて。で、それが思ってたよりも面白くて、はまっちゃって。で、自分でもやってみたいなーって思って、本とか読みながら作った」


「えっ、俺そんなの一言も聞いてねぇんだけど」


「マトには一回話したじゃん。最近Vtuberの動画見てるって。覚えてねぇの?」


 芽吹と成の視線が渡に注がれる。渡は少し考えて、首を横に振っていた。


「まぁいいや。それよりもさ、こいつの声、聴きたくない? なんか適当に喋らせてみよっか?」


 やけにグイグイ来るなと、成は感じる。芽吹は自分の成果物を、人に見せたくて仕方がないらしい。


 成と渡の間に割り込んで、別のウィンドウに文字を打ち込んでいる。エンターキーを押すと、文面をパソコンが読み上げた。


『こんにちは。黒崎ダイアです』


 少し鼻にかかってはいるものの、機械音とは思えない自然な声に、成は少しだけ感動する。横顔だけで、芽吹が得意げな顔をしているのが分かった。


「えっ、凄いじゃん! どうやったの!?」


「別にどうやったも何も、無料の読み上げソフトを使っただけだよ。このモデルだって基本無料のソフトを使ってるしな。Vtuberって始めるだけなら、意外とお金かかんねぇんだよな」


「なんかすっごいこみ入った機材とか、使ってるイメージあったけど」


「まあガチの人はバンバンお金かけて機材買ったりするけど、俺は高校生だし、緩く楽しんでやれればいいかなって」


「へぇ、そうなんだ」


 話しているうちに、成はすっかり感心してしまっていた。自分もYoutuberの動画を見ないわけではないから、身近な人間がVtuberになるのは、特別なことのように思えた。


「ほら、マトもYoutuberくらいなら知ってるだろ? あれのバーチャル版だよ」


「いや、Youtuberは知ってるけどさ、何やんだよ。そうやってただ喋ったりするだけか?」


 渡の質問に、芽吹は分かりやすくほくそ笑んだ。待ってましたと言わんばかりに。


「まぁ、それもやるけれど、一番はあれだな」


 芽吹は二人の背後の壁を指さした。二人が振り返ると、そこには芽吹が書いたであろう文字たちが、飾られていた。かなり崩してあるので、何と書いてあるのかは成には読めない。


「書道だよ。Youtuberはいるけれど、Vで書道をメインにやっている人は、今のところいないからな。史上初の書道系Vtuberだ」


 得意げに芽吹は言うけれど、組み合わせの意外さに、成は呆気にとられてしまう。


 だけれど、何がウケるかは分からない世の中だ。芽吹の突飛な発想にも、勝算はあるのかもしれない。


 とりあえず「いいんじゃないかな」と褒めておく。自分には関係ないという、無責任さのなせる業だ。


 だけれど、芽吹は成の同意を真に受けて、「だろ? けっこうバズる予感すんだよな」なんて言う。怖いもの知らずだ。


「でさ、マトはどう思う? これいけると思うか?」


「いや、それよりも部活はどうすんだよ。ちゃんと続けんだよな」


「それは大丈夫。ほんの趣味でやるつもりだから。ちゃんと毎日部活には顔を出すよ」


「ならいいけど。やりすぎない程度にがんばれよ」


「ああ、がんばるわ。まずは目指せ一万再生だ」


 高らかに目標を掲げる芽吹。天井を指さしている姿がおかしくて、成には笑いがこみ上げる。馬鹿にしているわけではなく、芽吹が目標を持って前進しようとしていることが、好ましかった。釣られて渡も笑う。


 「お前ら、何笑ってんだよー」


 そう言いながら芽吹も笑っていた。部屋には極度にリラックスした空気が流れる。アップテンポの音楽が、いいBGMになっていた。






 その日は九月なのに、真夏並みの暑さで、少し歩くだけで汗をかいた。


 それでも成はいの一番にアーケードを抜ける。目の前には広大な広場と、雄大な城がそびえたっていた。開かれた空間に、成は高揚感を覚える。


 スマートフォンで写真を撮っていると、泊や芽吹たちが追いついてきた。


「ちょっと、成。はしゃぎすぎじゃない? はぐれたらどうすんの」


「別にスマホがあるし、大丈夫じゃないですか。それより、とま先輩も一緒に写真撮りましょうよー。ほら、早くこっち来てください。私、自撮り棒持ってきてるんで」


 「しょうがないなぁ」と言いつつ、泊は軽やかな足取りで、成の横に並んだ。二人とシンデレラ城が同じアングルに収まるように、泊には少ししゃがんでもらって、成はシャッターボタンを押した。


 ミニーマウスのカチューシャを頭につけた泊には、先輩の威厳というものが全くなく、成は気心知れた友人と接しているように感じた。


 二学期も始まってしばらくした休日。アクター部の五人は、ディズニーランドに来ていた。


 発案者は渡だった。夏休み中のある日の部活後、部員でディズニーランドに行かないかと、提案してきたのだ。


 渡がそんな浮かれた提案をしてきたこと自体、成にとっては意外だった。それでも、四人は友人の少ない渡が、部に馴染んでいることが嬉しくて、すぐに同意した。


 ミッキーマウスやミニーマウスといった、キャラクターの動きを見て勉強するという、大義名分もある。話し合いの結果、混雑する夏休み中を避けて、二学期に行くことが決まった。


 部活以外で、五人で出かけることがはじめてだったので、この日までの間、成は期待に胸を膨らませていた。


「南風原、あんま泊先輩に迷惑かけんなよ」


 わいわい話す二人の間に割り込んできたのは芽吹だ。成は芽吹を見上げる。


 芽吹はあれからますます背を伸ばして、今では泊よりも頭半分ほど高い。着ぐるみには完全に入れなくなり、今は泊と一緒にショーの台本を考えている。共にいる時間が長くなったから、泊が嫌がることに敏感になっているのだろうか。


 だけれど、泊に嫌がる様子はない。


「何? 芽吹、私たちの間に入りたいの?」


「ばっか。そういうんじゃねぇよ。お前に振り回されて、泊先輩が大変じゃないかなって思っただけ」


「芽吹、私のこと気にしてくれてるんだ。ありがと」


 今度は泊が芽吹の顔を、覗き込もうとする。芽吹は視線を泊に落としながら「まあ、はい」と、平然を装いながら答えていた。それでも顔は赤いままだったけれど。


「三人ともはしゃぎすぎんなよ。今日来た目的分かってるよな」


 諌めるように口にする佐貫。三人は軽い返事をする。


「分かってますよ、佐貫先輩。キャラクターのグリーティングや、パレードを見て勉強するんですよね。でも、それにしたって暇な時間はできるし、盛大に遊ばないともったいないですよ」


 芽吹の言葉に成も頷いた。楽しみにしていたのは、自分だけではなかったことが喜ばしい。


 佐貫は一つため息を吐いてから、「まあほどほどにな」と告げた。その姿が小柄だけれど、保護者のように成には見えてしまう。


「で、渡。最初はどこに行くんだ?」


 佐貫が発案者である渡に話しかける。渡はディズニーリゾートの、年間パスポートを持っている。今日の行程は全て、一番詳しい渡に任せられていた。


「そうですね。まずはウェスタンランドにあるウッドチャック・グリーティングトレイルに、行きたいと思うんですけど」


「ドナルドとデイジーに会えるやつね」


「はい。でも、その前に予約が取れたんで、ビッグサンダーマウンテンに乗りたいと思います」


「えっ!? いきなりそこ行っちゃうの? すっごい下るやつだよね?」


「どうしたの? 成。もしかして怖いの?」


「別に怖くはないですよ。ただちょっとあまり得意じゃないなってだけで」


「どうする? じゃあもう少し後に回す?」


「ううん、行く。せっかくディズニーに来たんだもん。乗れるものには乗らなきゃもったいないよ」


「そうか。じゃあさっそく行こうか」


 佐貫の呼びかけに四人は頷いて、シンデレラ城を横目に歩き始めた。


 すれ違う人々は誰もが浮かれた表情をしているように成には見える。きっと自分たちも同じように見られているのだろう。


 成はまだ、このときは楽しいままで、一日が終わると信じていた。



(続く)

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