旅支度 (ティータイム)
トリシアの座っているソファの隅には本や資料の束やらがつみあがって小高い山が出来ている。
「ドラゴニスタの総会って共通言語とかってあるの?英語?やっぱり現地の中国語?」
「えー?何語だっけ、ギア」
「おれ…私は下働きでこき使われてたから分かんないよ。ただ世界情勢が少なからず言語に影響はするね。前は英語その前はドイツ語とフランス語イタリア語、おもにEU加盟国の言葉だったと思うけど」
トリシアはティーカップをそっと戻して、手放した瞬間「ぎゃーーー!」っと叫び声を上げた。
おそらく、ティーカップを離した時点がお嬢様と素の自分を分ける最終ラインなのだろう。
「止めて…もう私これ以上しゃべれない…かたことの中国語が手いっぱい」
わなわなと震えるトリシアの肩にシュトがぱふっと顎を置いた。肩が温い。
おそらく慰められているんだろう。
「今回はそれで事足りると思うけど?万が一フランス語で話しかけてくる相手がいても馬鹿か嫌がらせだろう」
「今は中国とアメリカとEUが拮抗している感じだからね。みんなお国訛りの英語と中国語をしゃべってるんじゃない?」
それに、とローリエは楽観的につけたした。
「君にはクラスメイトがいるし、何と言っても龍の母語が使えるんだから。むしろそこは強みだよ?」
「…でも私が使ったら首吊らなきゃいけないんでしょう?」
恨めしげな眼で訴えるトリシアをローリエは複雑な表情で受け止めた。
「…しょーじき、竜の母語を理解して尚且つ使える人間を私は初めて見たんだよなあ。だから対処の仕方に困っている。あれは人間の声帯で出せる音じゃない」
トリシアは再び姿勢を正してティーカップを持った。話を変えよう。
「そういえば中国の食べ物とか作法とかも正直自信ないなあ」
「それこそクラスメイトが居るじゃないか、シン?だっけ、彼がいれば大丈夫だろう?」
そこでようやく、「ああそっか!」と、ぱっとトリシアの表情が明るくなった。
「それに、君は猫かぶってればいいんだよ。今みたいに深窓の令嬢ぶってれば」
「…ちょっとだけ自信ついた猫かぶっとく」
「ねえトリシア、シュトがついてるから心配しなくて大丈夫だよ。だってトリシアのしつけは厳しいし、シュトはちゃんとした真人間になれると思うもん!」
シュトなりに励ましているつもりだろうが、褒められている気がしない。
本当に思ったことを正直に言う子だ。その点は素直でいいと思うから放っておいている。
「…ありがとね、でもシュトは真人間じゃなくて人格者になってほしいだけで、立派なドラゴンになってほしいんだけどな」
「ああ、そっか!」
こんな具合で最近は自分がドラゴンだという自覚も芽生え始めているので、安心して会話が出来る。
前は人間とドラゴンの境界があやふやで、自分が人間であるかのように振る舞ったりする事もあった。
そう言えば、ギアと特訓を始めてからかもしれない。
「トリシア、ひとつ言っておくけどシュトがちゃんとドラゴンだって言う自覚を持っているのは君の成果だからね」
「えっ」
心を読み取られたような絶妙なタイミングに動揺してカップの中の紅茶が波だった。
ギアは続ける。
「特訓の内容は言えないけど、シュトは『トリシアに相応しい立派な剣になる』っていつも言ってる。これは君の教え込んだことだろう?」
顔から火が出るほど恥ずかしかった。まさか人に伝わっているなんて。
まあ、見られているよりはましだけど。と心の中で割り切る。
一方、ばっちり見ていたギアとローリエはほほえましくその姿を見ていた。
「本当に、シュトのことをよく導いてる」
「私もシュトに教えられているばかりだから、どっちが教師とかそういうのは無いんだけどね」
ふんふんとローリエは頷く。いい傾向だ。
この二人は育つ。それには互いに刺激し合う事が重要で、それをお互いが認めあい受け入れなければいけない。
それこそ、剣と鞘のように。
値のつけられない立派な剣になるとローリエは確信していた。
「じゃ、トリシアその調子で夕飯まで中国語の勉強しっかりたのむよ」
「うっ、…了解しました」
そううめき声に近い返事をして彼女は深窓の令嬢から勉強に勤しむ少女に姿を変えて、山積みの資料から単語帳や中国語入門の本を取り出し部屋に消えた。
今回は紅茶を飲んでいると言うシチュエーションだったのだけど
桂林に行ったら、十中八九中国茶が出てくるよね!
あれ、作法とか難しいらしいんだけど、大丈夫かなあ…(筆者もトリシアも)
ちなみに筆者は飲んだ事があるけれど、とっても苦いです
そして淹れ方が独特でした
さて、大丈夫なのだろうか…笑
今回も読んでくださってありがとう!
次話も乞うご期待☆




