旅支度 (Leluopのドレスα)
気がつくと、部屋の窓から見える外の景色がほんのりと春に色づいていた。
毎日塾に通うようになって、馬場と弓場にも顔が出せるようになった。
塾の勉強はもう先に進みすぎていて追いつくので精いっぱい。レイも変に希望を持たせないように何度も言っていたけど、保護飼育士3級の試験は受けても受からないだろう。それは分かってたことだ。
馬術は相変わらず上達しないし、おじさんもあの事件の所為であまり馬に乗せたがらない。
それでもエルフォの体をきれいにするのは私に任せてくれて、一鞍くらいは毎日乗っている。
そして、弓術だけが上達する。
もう簡易的な的ではなく、ちゃんとした的を狙って射てる。
「ストレス、溜まってるのねえ」
上達するばかりの教え子を見て、しみじみとマチコ先生が言う。
「溜めてるつもりは無いんですけどね」
「髪は染めないの?」
少し悲しそうに先生は聞いた。
相変わらず白いままの頭髪は、あれから数カ月がたつというのにいっさい黒い髪が混じる気配がない。白髪は真っ白いまま肩より少し長く伸びた。
「染めたんです、これでも、もう4回目」
「あら…」
「染めても、色が抜けるんですよね。たぶん私の戒めなんだと思います」
そう言って少し悲しそうに笑って毛先を指に絡めた。
「もう、諦めちゃおうかな」
「…ごめんなさいね、なんて言ってあげたらいいか分からない」
「なんだか、私より周りの人の方が辛そう。変ですね」
ふふっと笑った。
マチコ先生も悲しそうにしていた顔を作り笑う顔に変えた。
「それは、たぶんあなたの方が強いからよ。トリシア」
彼女は愛おしげにトリシアの頭を撫でた。
「弓は、むこうにも持って行ってね?」
「先生、私はどこまで危機的状況に陥るようなへまを踏むんです?」
そう言うと、ようやく先生は本当の笑顔を見せて笑った。
「あら、あなたの周りはいつもトラブルでいっぱいでしょう?」
「トリシア?おーいどこだー?」
ローリエが家中トリシアを探して回る。視界の端にもごもごと動く白っぽい物体を確認してトリシアの部屋の前で立ち止まった。
「トリシア、荷造りしろとはいったけど…ちょっと部屋が散らかりすぎじゃない?」
「あーローリエごめん、私の事呼んだ?」
いつもは整頓されてきれいな部屋が物で埋め尽くされている。いったいどこからこれだけの荷物が沸いて出たのか目を疑うほどの量だ。
「伯父さんにドラゴニスタ総会に招待されたって言ったら、伯母さんがこれでもかって言うほど送ってきたの。あ、でもこっちから手前の箱は母さんと父さんとロッテからの贈り物」
おおざっぱに手で荷物を区切ってジェスチャーする。
「見てもいい?」
「うん、ローリエはいいよ」
許しを得てから物色すると着替えや下着、そのほか細々とした生活用品が入っていた。なるほど、これは必要だ。
トリシアが人間であることを失念しておりそこまで頭が回らなかったことを申し訳なく思った。
「ローリエはお客さまなんだからこんなこと人に任せてたらいいのに、しょんぼりしないで」
なるべく感情を表に出さないように気をつけていたのに、気付かれて苦笑いした。
「私はそんなに分かりやすい?」
「ううん、何考えてるのか全然分かんない」
ローリエが物色していた段ボールは既にトリシアによって仕分けられていたらしく、手をつけるのを止めた。
「そっちのは何?」
トリシアが物色している方の箱はまだ未開拓らしい、気になって覗き込む。
「…ドレス」
中世風の古風なドレスが入っていた。1着や2着ではなく沢山。
フリルや色遣いは控えめでどちらかというと質素で堅実な感じのもの。新しく作ったものではなく、古くからあるドレス。
今漁っている箱はどれも「ドラゴニスタに関係するもの」という括りで整理されていたものだ。
「これって何なんだろうなあ…ローリエ分かる?」
「これは…正装なんじゃないかな、総会の」
「ああ、だからか」
トリシアは納得したように頷いた。
「これ、名前が縫い付けてあるよ。たぶん総会の度に仕立てたんだ…」
数着のドレスのタグを確かめてみるが、トリシアは途中で手を止めた。
お母さんのは無いなあ…と漏らした言葉を聞いてローリエは立ち上がった。
「トリシア、これ着よう、今着よう!」
「ええっ?」
急きょ決まったファッションショーにローリエは俄然やる気だ。
「でもまだ荷造りの途中…」
「私もあとで手伝う!」
子どものようにはしゃぐローリエにしぶしぶ「一着だけだからね?」と念を押しつきあうことにした。
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