旅支度
冬の寒さがほころびはじめる頃、トリシアはようやく足のギプスが外れて満足に動けるようになった。
片足を長らく使っていなかったので筋肉が落ち、しばらくは歩く練習からしなければならなかったことは計算外だった。
塾にはおかげさまで週に1度のペースで通えるようになったのだけど、私は暇になったわけではなく、むしろ忙しさに目をまわしている。
本当に目が回りそう…、
疲れた所為か目がかすんでギュッと目をつむって、持っていた紙の束を机に放り出した。
「ローリエ、これは全部覚えられないと私は悟った…」
「悟ってる暇があるなら覚える努力をしなさい」
「ぐっ…はい…」
世界中におおよそ14のドラゴンの血族がいる。子だくさんで身内の多い一族もいれば、片手の数ほどしか子孫を残さなかった一族もいる。
そのすべてがドラゴニスタに加盟しているわけではないらしいが、総会に出席する可能性のある顔ぶれを覚えろとのお達しが下った。
誰から?ローリエから。
それが、この紙の束だ。
「にしても限界がある!当たり前だけど写真もないし特徴がかろうじて書いてあるだけで、名前もちょっと分かんないかもっていう人が多すぎる!人じゃないけど!」
「それでも、重要機密の部類に入るからトリシアが覚えたらシュレッダーにかけるからね」
「嘘お!せめて桂林まで持っていかせて!」
ローリエは肩をすくめた。
「無茶を言っているのは承知だけども…顔と名前なんて会った奴の事だけでいいんじゃないのかい?ギアとシュトが居るんだし」
トリシアは短く呻き声を漏らした。
彼女の机にはさっき放り投げた紙の束よりも分厚い紙の束が散乱している。
「…何から手をつければいいのか見当もつかない」
「それは、別世界のことだからなあ」
「たぶん、足元すくわれまくってローリエとギアとシュトに恥をかかせちゃう」
そしてやっと、ローリエはトリシアが必死になって物事を覚えようとしている理由に思い至った。
「トリシアは悔しいんだ」
再びトリシアは短く呻く。
「…塾ではみんなが夏までに3級昇格を狙って勉強してるし、シュトとギアは毎日特訓に出かけてるし…私は何もしてないから、駄目だなあって思っただけ!」
背筋を伸ばして机に向かいなおる彼女の背中を見てローリエはこみ上げる笑いをこらえた。
…結構負けず嫌いなんだなあこの子
「その調子でこれとこれもがんばって、じゃあ3時になったらお茶しよう」
そう言いつつも、ローリエは手持ちの資料を差し出した。
新たに二つの紙の束を目の前にトリシアはますます目に疲れを感じ眉間をもんだ。
「これで、本当の本当に全部だから、そんなに気を落とさないで」
「分かってる!」
あと半年しかないんだから、と呟いたひとりごとは聞かなかったふりをした。
3時になると、ギアとシュトが帰ってきた。
「ただいまっ!」
「おかえり~」
シュトとトリシアの反応は正反対だ。シュトは出かけていった時よりも元気になって、トリシアは疲れ切ってお茶をする。
ちなみにお茶菓子はギアの手製だ。
「はい、トリシア!スイッチ切り替え!」
「う~~~」
ローリエが厳しい上司だということはこの1カ月で身にしみて思い知らされていた。容赦のない教育的指導は体にこたえた。
彼女の手にかかればリラックスのためのお茶の時間も鍛錬の時間に早変わる。
背筋を伸ばして音を立てずそっとティーカップを持ち上げる。
「おお~!」
思わずシュトが感嘆の声を上げる。思ったことを黙っておけない性分なのだろう。
「黙ってれば深窓の令嬢にしか見えない、だろう?」
ローリエは得意げに胸を張った。トリシアをしごきあげ、所作を叩きこんだのはローリエであるから、彼女の手柄と言っても過言ではない。
確かに、そのたたずまいはそんじゃそこらの娘とは比べ物にならない気品がある。
「黙っていれば、って言うのは余計なひと言よローリエ」
「まあ頭の中までお嬢様にするのは私好みでないからね、しゃべっても遜色ないよトリシア」
どうしても「深窓の令嬢」って言う言葉が使いたかった(笑)
でも普通の「令嬢」とどう違うかって言うのかというと
…あんまりよく分かってない←
そう言えば貧血がひどくって特大サイズの注射を打ってます
それはもう、病院の先生に心配そうな顔させるほどひどかったです
今回も読んでくださってありがとう!
次話も乞うご期待☆




