開扉
…シュトとトリシアが誓い合うほほえましい姿を見ていた二対の瞳があった。
それは人間のものではなく、1万の年を経たドラゴンのもの。
「なるほど、シャルロッテが心酔するだけのことはある。見込みのある小娘だと思ってはいたが、『あれ』はなかなかの器だ」
なあ、とパンツルックのビジネススーツを身にまとった女性がベットで横になっている弟に視線を落とした。
「まあね、見れば見るほど飽きない娘だよ」
感慨深く頷いた。
シュトはドラゴンでトリシアは人間。
シンプルだがシンプルだからこそ答えの出せない問題がある。
今自分が見ている光景は全てのドラゴンにとっての希望の光であり、理想である。
ドラゴンの、いわく「人工飼育」は歴史上初の試み。
その道にはいくつもの壁が立ちはだかっている。
ドラゴンなんて放っておいても育つ!というのがスーツの女性、ローリエの持論だった。自分は放っておかれてもここまで育った。
彼女は普段人間の姿に化けているが本来はドラゴンとして数万年の歳月を生き抜いてきたのだ。父と母多くの親戚と偉大なる「始祖」である大御爺様がいるにはいるが、彼らは「生きてればいい」という基本方針に忠実で、どちらかというと世渡り下手な一族だった。
そんな一族は「ドラゴニスタ」という組織の中で完全に後れを取っており、衰退しつつある一族をさげすむ「同胞」も多く、野放図に育てられた彼女には自分の一族が格下だと見下だれることは大変な屈辱であった。
それを今の状態に引っ張り上げたのが自分と自分の兄弟の代だ。費やした時間は膨大なものであったといえる。
いまや格下と見下す者もおらず「血統」としての地位も確立した。
「自らを鞘にたとえてドラゴンを剣とするは…非常にいいセンスだ」
「えっ?そこ?気になったのそこなの?!」
男、ギアは思わず飛び起きた。なんていう事を言うのだ。もっと感動的な部分があったはずだろう!
「ふふっ冗談だよ。あんな誓いを私にもしてほしいなあ、シュトが羨ましい」
くすぐったそうに笑う姉の顔をまじまじと見つめた。本心を口にするところなんて初めて見た気がする。ましてや笑顔など。
ただ、「シュトが羨ましい」というところは背筋に冷や汗をかいた。姉なら力ずくでもなんでも策を張りめぐらせてトリシアを自分のものにしかねない。
しかしまあ、人間にあんな風に溢れんばかりの愛情を注がれるというのはきっと心地良いんだろうなと思う。愛した人間になら尚の事幸せだろうと思う。
「…物欲しそうな顔をするな阿呆。お前は子どもか、人のものを欲しがるな」
「…うるさい」
そう、シュトからトリシアを取り上げてはいけない。放っておいてもドラゴンは育つが、ローリエもシュトは放っていては危険だとここに来てはっきりと確認した。
いかんせんスペックが高すぎる。ドラゴンの魔法や伴う能力は本来歳月を重ね成熟するにつれてそれに見合ったものがついてくる。
シュトは他のドラゴンとは明らかに違った。
シャルロッテを知っている者が見れば、シャルロッテが生まれ変わったように見えるかもしれない。
ある意味でシュトは「始まりのドラゴン」と言える。
「始まりのドラゴン」については、ローリエも本部に戻って調べ直さなければならない。なにぶん古い過去の事だから。
「姉さん、本部を留守にしていて大丈夫なのか?」
「ぬかりない、ジャックに任せている」
ギアは頭を抱えてため息をついた。ジャックは自分の兄でローリエの双子の片割れだ。上司、というのはギアの中でローリエとジャックがセットになっている。復帰した後の事を思うと憂鬱でたまらない。
「姉さんはたかだか私が病床に臥せっていても見舞いになんて来ないだろう。いい加減何があるのか教えてくれないと心臓がもたないんだけど?」
「なんだ、翼を打ち抜かれた無様な弟の見舞いに来てはいけないのか?姉は心を痛めていたのに、ひどい仕打ちだ」
心にもない事をよくもまあそんなにぺらぺらと…!
この状態の姉から情報を手に入れることは不可能だと長年の付き合いからギアは察した。いくら粘ったところで舌先三寸であしらわれるのがオチだ。諦めて話を変える。
「姉さん、だいたいでいいから私が全快するまでにかかる時間を教えてくれないか」
「…意外だな。どうして気にする?」
ギアは黙秘権を行使して、黙り通した。
「…まあ早くて3年だな」
「…そんなに掛かるの?」
彼の瞳には困惑や驚きよりも不安の色が濃かった。
「なんだ、お前にしてはせっかちだなあ。ドラゴンの3年4年がどうしたっていうんだ」
ギアの顔いっぱいに渋面が広がっていた。眉間にしわが寄っている。
「…まあ実は3年もかかってしまうとこちらも困るんだ。使える手駒が少なくてな。思ったよりもシュトとトリシアには力添えが要るということも分かったし」
彼女は芝居がかった仕草で腕を組み、言葉に含みを持たせた。
「…やっぱり、何かあるんだ?」
そう言うと、ローリエは感情をおくびも出さずに、しかしある意味では能面のように感情を顔から消し去って言った。
「緊急招集がかかった。第6052回龍墨四霊の議、つまりドラゴニスタ総会が開催される」
言葉を失って、そして息をするのも忘れた。
「嘘だろう?」
「嘘だとしたら、質の悪い冗談だ」
さて、70部で新しい章というのは気持ちが引き締まりますね
この章では非常にたくさんの人間やドラゴンが登場します…する予定です
筆者的には年配のおじさまとか出てきたら話の自由度が上がりそう…
と、色々画策しています
今回も読んでくださりありがとうございました
次話も乞うご期待☆(7月5日加筆修正)




