記憶と遺伝子
シュトの鱗は孵化直後と比べると明らかに変化していた。
光は徐々に落ち着き、まずは輪郭がそして細部までシュトの姿が見えるようになった。
きらめく鱗はだんだんと重厚な質量を帯びて、どんな刃も弾き飛ばす強固な鎧になっていく。
それに…
「大きくなった?」
座り込んだ自分の目線と変わらない大きさだったのに、一回り大きくなったような気がする。
立ち上がってみると、確信に変わった。大きくなってる。
背丈は私の腰の高さくらいだ。
バッと翼を広げて羽ばたきをすると先程の綿毛のような頼りなさなど微塵もなく、強靭な翼の力でつむじ風が起こった。
栄養を十分に手に入れた体は神々しく彫刻家が一つ一つの鱗を丁寧に彫り出し宝石を磨き上げたように生き生きとしている。
「塾、どうしようかなあ…」
ケータイも持ってないし、電波もとどくはずもないし、そもそも私はいま病人だし。
腕に繋がった点滴のチューブを見る。
まだ終わる気配がない。
再び座り込む。
「病欠ってことにしてくれてればいいけど」
軽く憂鬱にため息をついた。
マーティとグラハスは孵化の予兆がある事を知っているし、レイがうまくフォローしてくれているかも怪しい。
変に騒がれたらうまくいくこともたちまちうまくいかない気がする。
ギアは「これで何もかもうまくいく」って言ってたけど…。
ギアの事を思い出して顔を膝頭にうずめた。
嘘だ、何もかもうまくいきっこない。うまくいくならもっとマシな作戦があるはずだもの。
今は何時だろう?夜明けからどれくらいの時間が立っただろう。
今夜の晩までずっと待ってろなんて、酷すぎる。
女の子に心配かけることの罪深さを、帰ってきたら、無事に帰ってきたら思い知らせてやるんだから。だから、無事に帰ってこなかったらただじゃおかない。
『トリシアぁ、泣いてばっかりじゃ顔見れないよ。昔話をしてよお…』
「ごめんね、散々生まれて来いって言ったのにこれじゃああんまりだよね…」
その通りと言わんばかりにフンと鼻息荒く返事した。
光は落ち着き、瞳の色まで見えるようになったシュトに微笑みながら、まずは私とシャルロッテの話から順々に話して聞かせることにした。
シャルロッテの聞かせてくれたドラゴンが自由に空を駆けていた時代の事をシュトは夢中になって聞いた。
魔法と人間の話が好きなのだという。
そして、シャルロッテと私たちのご先祖様のたったひとりの少女に恋をしたような瞳で楽しげに光を瞬かせた。
少しずつ遺してきたその少女の遺伝子がシュトのところまできちんと遺されていることに目を輝かせた。
子どもを子孫を遺伝子を記憶を残せるということがドラゴンにどれほど貴重な事なのか、話して聞かせるトリシアは実感していた。
シュトにも受け継がれた遺伝子があるのだという。
それがどんなものなのか私には想像できないけど、遺伝子を感じるのだという。
私が話す昔話やおとぎ話、その一つ一つに特別なイメージや感情があると、シュトは言う。それはシャルロッテが命がけでシュトに残そうとした、死してもなお滅ぶ事のないはじまりからの記憶だと私は思う。
『ねえトリシア。トリシアは何で昔話を全部覚えているの?』
真っ白なページを開いてシャルロッテが話聞かせた昔話。どこにも文字として残されていない話をなんで覚えているのか、それは私にも分からない。でも、それは私が覚えているのではなく、シャルロッテがこっそり私に遺伝子を分け与えたんじゃないかと思っている。
だとすればたいそうな贈り物である。
だから私は笑って言った。
「ロッテが私に昔話を聞かせたように、シュトにも聞いてほしかったんだよ。シュトにも昔話をしてくれる人をプレゼントしたかったんだと思う」
子どもが母に絵本を読んでとせがむ気持ち。母の膝の上で母の読む物語を聞く幸せ。ぬくもりに包まれた幸福な記憶。
ささやかな幸せを余すことなく、子どもに残したい。それは長い間人間の営みを見つめ続けた故の彼女の願い。
私はその気持ちがなぜか分かった。
理屈じゃなくて、たとえば世の中がいう第六感という感覚がつかみ取るものかもしれない。人に遺された遺伝子の、隠されたものなのかもしれない。
「ねえ、シュト。私はシュトのお母さんにはなれないけど、それでも私でいいのかな」
シャルロッテの話を聞かせたうえで、私は問うた。
人の一生は短い。きっとすぐにしわくちゃのおばあさんになってしまう。
長年の営みの通り、私も子どもをもうけてシュトの側にいつでも誰かがいる世界を作りたい。
でも、もしもシュトが人間や私の遺伝子ではなく、「私」を選んでいるのなら…それを何度でも正そうと思っている。いや、正さなければならないのだ。
今はまだ、というかきっとあと500年くらいはこの子はきっと子どもだろう。理解が出来ないのは当然の事だと思う。孤独はきっとこの子に辛い思いをさせる。
だからこそ、「私」ではなく人間を愛してほしい。私の遺す、私の先祖が遺した遺伝子を愛してほしい。
シュトはあまりよく、私の言葉が分かっていない様子だった。
少し首をひねって、考えている。
考え抜いて、もしくは結論を諦めてシュトは口を開いた。
『トリシアが、シュトの事を嫌いじゃないんなら。いいよ』
「あははっ!」
全く、私がとことん悩みぬいている事をそんな一言で片づけてしまうなんて、ちょっとずるいよ。
でも、その言葉でしばらくは私もこの子も何も考えないままでいられる。それだけで今は十分だった。
もしもシュトがこのさき500年このままだったら…
そう考えると話の展開の先行きが明るくなるような、執筆に立ちふさがる壁になるような、しょっぱなから大変行き詰っているように見えるかもしれませんが
筆者は生きています
自由度全開で執筆します
筆者としては、思春期のシュウを書きたい欲望に駆られています
ギアに「お父さんまじうざい」的な絡み方をしてくれると俺得です(笑)
いまのところ精神年齢10歳…かな?
うん、いける。
思春期シュト書ける気がする!
いやあ、まあ展開はこれからですので!
是非とも次話も乞うご期待☆




