孵化
美しい、美しい生き物がそこにいた。
透き通った鱗、光源が体の源で溢れている。勇猛な体躯は幻、空想上の生物にふさわしい、彫刻のような美しさ。
広げた翼には風を纏わせている。
天井から絶え間なく光が降り注ぐ。
それは翼を広げた時に飛び散ったタマゴの欠片。
「絶え間なく溢れる光…」
頬に触れると湿っていた。
涙を流している自分に驚きはなかった。
何かが生まれるという事は奇跡と喜びをつれてくるのだから。
「まったく、坊や、坊やって言ってたからてっきり男の子だと思ってたけど…女の子としては少々おてんばすぎるんじゃない?」
「女の子なの?」
あははっ、思わず手を口元に寄せて声をあげた。
「トリシア、怖がらないでね」
ギアは、不安げな顔で私に言った。
「ギア、は、心配?」
彼は歩み寄ってくしゃくしゃと私の髪をかき回した。
彼は十数メートルほど遠ざかった。
そして風が吹いた。
冷たい。冷たい風。指先から凍えらせて家に閉じ込めてしまう風。
巨大な漆黒のドラゴンがそこにいた。二対の翼をもつ、黒檀のドラゴン。
その双眸もまた黒く、六等星の光を放つ。けれどきっと彼の中には強烈な光を隠し持っている。
閉じ込めた夜闇の鱗で。
命を狩り取る冬と夜を連れてくる黒の龍。
体の芯から震えた。
死を恐れる事は命を持つものの本能だ。死を恐れ畏怖しても死から逃れることはできない。しかしそれゆえに、あまねく命を狩り続けた死には抗い難い美しさが備わっている。
「夜のない世界は、ないよ…」
それがトリシアの答えだった。
恐れても抗わない、排除しない。
「その孫の孫だから、私には命を狩り取るほどの力はないけどね」
何故だかウィンクしている姿が見えた気がした。
彼は私からまっすぐに生まれたばかりのシュトラーフを見つめる。
ドラゴンとして生を受けた意味、ドラゴンとしての姿、ドラゴンとしてのこれから生きる道。
シュトラーフがトリシアを振り返る。
きっと、あまりに弱い私と強すぎる自分の生に戸惑っているのだ。
「シュト」
名前を呼ぶと坊や、いや彼女は光を瞬かせた。
「トリシア、シュトラーフにはちゃんと伝えた。だから私はこれから努めを果たしにいく。きっとこれで何もかもうまくいく」
「ギア、何言ってるの?傍にいてよ点滴繋がれたままじゃ私何もできないよ?」
言葉に不吉な予感が散らばっている。
「夜明けだ。今夜の晩には帰ってくる」
「ちゃんと説明してよ!どこに行く気!?」
「行ってきます」
いつもの調子でそう言ってしなやかに体躯を翻し、風よりも速く彼が駆け出す。
言葉にならない悲鳴を上げた。彼が何をする気なのうか分かったから。
彼の体は加速して洞窟を抜けると同時に飛び立つ。
二対の漆黒の翼が朝日をさえぎる。
その巨体を見せつけるように地面すれすれを駆け抜ける風のように飛んだ。
きっと、坊やを狙っていた連中は目を奪われているはずだ。
そのための囮になるために彼は飛んでいった。
無事に戻ってこられるという自信はあるの?勝算はあったの?
きっと無いからたった一人で行ったんでしょう?
「バカ…っ!」
『トリシア、泣かないで』
シュトが言う。私に頬ずりをして、甘える。私はあまりの眩さに目を閉じた。そう光り続けられるとまともに顔も見えない。
『トリシア、お腹すいた…』
「おなか…?」
そうだ、やっと思い至った。この子は私から栄養を取ったとはいえ腹ペコなはずなのだ。
お腹いっぱいにしてあげられなくて不甲斐ない限りだ。
立ち上がろうとすると、駄目だった。私もすっからかんだ。
点滴のチューブは私を繋ぎとめておく鎖だった。これがなければ立ち上がることもままならない。
くそ、あの策士め!
なんだかギアのために涙を流すのさえもったいない気がしてきた!
涙をぬぐってシュトを呼ぶ。
「シュトとりあえず、光るの止めようか…」
『えー?止めるの?』
「光るの、楽しいの…?」
思い切り翼を広げて飛び上がった。ああ、そう楽しいのね。でも翼も光って眩しいよ。
思いの外お子様な感覚だ。
「じゃあ、ちょっとだけ光るの小さくしてちょうだい。食べるのに邪魔になるから」
そう言うとしぶしぶ光を弱めた。
点滴が備えてあるのは病院に置いてある、歩き回れるようになっているものだった。
それに体を預けて立ち上がる。
水晶の池のほとりに立ち手を振る。
「シュト、ここまでおいで」
シュトはあちこち洞窟の中を動き回っている。
ギアに比べるとこの子は大きくもないし威圧感も威厳も感じない。
こんな調子で大丈夫なのだろうか。
命を狙われてるんじゃなかったけ?
そのためにギアが飛んで行って、感動的な展開じゃなかったっけ?
まるきり調子が狂ってしまう。
「シュトラーフ、こっちに来て」
『なあに?』
ふよふよと頼りなさげに羽ばたいて宙に浮く。
綿毛が飛ぶようなあっちにふわふわこっちにふわふわしながらやっとこっちにやってきた。
「シュトは自分のご飯って分かる?」
彼女はちょっと首をかしげる。
『なんとなく?』
頼りない、頼りなさすぎる。
「シュトのお母さんの魔法がかかった水晶、なんだけどおいしそう?」
シュトは顔を水晶に近づけて驚いたように後ずさった。
「どうしたの?」
『ま、まぶしかった…、きれいだけどびっくりした…』
身体的なダメージか、精神的なダメージかの判別は付かないけれど眩暈と頭痛に襲われ座り込んだ。
私はやっていけるのだろうか…。
シュトは自分が光っているということを今度はきちんと自覚して水晶に口をつける。
そのまま無言で口を動かしている。おいしいのだろう。
「それが魔法のかかってる水晶、こっちは普通の水晶」
家を出るときに持ち出した物をポケットから取り出して見せる。
『違う』
「分かる?」
シュトは私の胸元にふんふんと鼻を近づける。
『トリシアのここの匂いがするよ、このどうくつも水晶も』
胸元から逆鱗を取り出してみせる。
「シャルロッテの魔法だからね。あなたのお母さんの魔法だよ」
逆鱗をじっと見つめて、シュトはうなった。
今のはトリシアでも何と言っているのか分からなかった。
「シャルロッテのこと恋しい?」
『トリシアがいてくれるからいい。トリシアのさびしい気持ちずっと聞いてたから』
不覚にも胸を撃たれた。
シュトはまた無言で水晶を食べる。
それをずっとトリシアは眺めていた。
点滴に繋がれたまま。いとしい小さな友人のそばで。
ギアの事を書きたくて書きたくてしかたのない筆者です
コメディとか書きたいなあと思うんだけど
気の利いた冗談も思いつかないし、笑の神が降りる気配もないので断念しそうなムードが漂っています
私の半径3㍍以内はそんな感じです
さて、ようやくシュトことシュトラーフの登場ですね!
この後シュトとトリシアを取り巻く人間関係や思惑が交錯します
思い通りになんて進ませないんだからねっ!と言わんばかりにシュトが自由奔放すぎて筆者の手にも負えない…
誰か更新を代わってくれ!←
うそです、ごめんなさい、ちゃんと更新します
では次話も乞うご期待☆




