胎動(4)
前触れもなく目を見開いた。
ぐっすり眠っていた意識が急速に覚醒する。
金縛りにあったような体のだるさが不愉快。まだ部屋の中は真っ暗で、月明かりもない。
夜中にこんな目の覚まし方をするのは、経験上ドラゴンが関わっていると直感した。
あいにくうちには電話がかろうじてあるが、私もギアも携帯電話を持っていない。
もしも、ギアが携帯電話を持っていても龍の巣は洞窟の最奥だから電波さえ届かない。
りーんりーんと鈴のような音が絶え間なく頭に反響する。
木々のこずえにかき消されてしまいそうなかすかな音が、耳ではなく頭に響く。
これは、呼び声だ。
「…何かあったら呼ぶって、こういうことだったの…」
聞いてないわよそんなこと、内心で苛立ちながらも暗闇で立ち上がった。
寝巻から服に着替える。
目も慣れたから、電気のスイッチを入れるのは寸前で思いとどまった。
こんな夜中に電気をつけたら、何かあったと大声で叫ぶのと同じだ。
靴に足を突っ込んでキッチンの側にあるいつもは使わない勝手口からそっと家を抜け出す。
そこからはもう必死で走った。
坊やに何かあったんだ。
けれど足元から迫りくる恐怖に足は震えた。
今、私の傍にはギアはいない、追跡者がどんな風に活動しているのかも分からない。狙われているのなら、今捕まえればどうすることもできる。
未成年のこんな小娘が大人に勝てるわけがない。
助けて、そう叫べないのが恐怖の手助けをする。
もう頭の中はぐちゃぐちゃだった。
洞窟もどこをどう走ったのかわからないくらいに必死に駆け抜けた。
息が上がって物も言えない私を、抱きとめる手の中に崩れこんだ。
「さすが、あの声でとんで来てくれる人間なんて君くらいだよ」
褒められている気がしない。
「…何があったの?」
ひび割れたタマゴの側に医療器具が並んでいる。どう見ても人間のためのものだ。
「トリシア、申し訳ないけど君は栄養不足でどうやらこの子は遠慮していたみたいなんだ。これ以上君から栄養を取ると健康に害が及ぶってね」
まさか、そんな風に気を使われていたという自分が情けない。
「本当だったら、今すぐにでもこの子は孵化できるけどエネルギー不足だって言う事が分かった。だから、ちょっと荒っぽいけど君には点滴で栄養を補ってもらって今すぐこの子に殻を破ってもらう」
「…ごめんなさい。もっとちゃんと考えてればよかった」
腕まくりをする。
「いや、こっちの都合で振り回してしまってるだけだから。謝る必要は一ミリもない」
「ねえ、点滴って一般人にも出来るものなの?」
おずおずと尋ねると彼はあっさり言い放った。
「出来るわけないじゃん。それに私を一般人だと思われては不本意だ」
彼は自慢げに掲げた。医師免許だ。
「医師の心得は持っている」
「失礼だけど、何年前…?」
彼は考え込む。
「忘れた。が命にかかわる事はない。更新済みだ」
最後に付け加えられた言葉が非常に不安をあおる。その間にもかれはテキパキと点滴の医療器具をセッティングして私の腕を消毒した。
タマゴを抱きかかえて待ち構える。
「坊や、私とあなたは対等なんだから何にも言わないで遠慮なんてしないで。ちゃんと頼ってよ。ワガママだってしていいの」
私はギアに差し出した右腕から顔をそらす。
「注射は苦手?」
「好きとは思えないかな」
小さい頃点滴や注射をされる時、血管が細くて、看護師さんに何度もぷすぷすされて大嫌いになった。たださえ痛い思いをするのに、そう遠慮なくやり直されるとトラウマになるというものだ。
チクリと痛みが走る。
「準備は万端。私が目指すのは夜明けまでにこの殻を破ってもらいたい」
「焦ってる?」
「実はちょっとだけ」
彼は堅い表情で作り笑った。
坊やは力の限り殻を破ろうとする。が、まだ私からエネルギーを受け取ってない。
遠慮なんする必要はない。
「躊躇うな!」
そう叫ぶとタマゴの殻がバリバリと稲妻が走ったように音を立てて亀裂をいれる。
「突き破って!」
「トリシア、まだ点滴をしたばっかりだ。最低でも1時間は待たなくちゃ…」
「点滴は病人がするものでしょ、後からでも大した差はないよ」
坊やは殻の中でもがく、まだ自分の四肢が分からないのだ。でもあなたには翼があるはず。
シャルロッテには翼があったもの、この子の無いはずがない。
突然、手足の指先から感覚が霧散していく。
貧血の時に急に立ち上がったみたいに力が入らないのだ。
顔色が変わったのだろうかギアが指先を首に当てて脈をはかる。
「脈が速い。トリシア一度タマゴから手を離せ」
ギアが言うより早く、タマゴの外殻が剥落し音を立てて地面にはじける。
しかし、私の手は抱きしめるだけの力も抜けて地面に横たわった。
その間にも殻が剥落しさらにちいさな亀裂が刻み込まれていく。
その繰り返し、意識が遠のいてその光景も霧に包まれたようにぼやけていった。
いけないぼーっとしてた。いや、眠っていたの?
重たいまぶたを持ち上げると、点滴の量が増えていた。
「ギア、私どのくらい眠ってた?」
「眠ってたんじゃなくて、気を失ってたの」
怖い顔でギアが訂正する。
腕時計を確認して、私に見せる。
夜明けまで2時間。午前3時。
「坊やは君を待ってたよ」
殻はかろうじて残っている程度だった。
「さあ、役者はそろった。もういいだろう?」
彼が私に目配せして、促した。
そうだ、私の言うべき言葉はもう決まってる。
「シュトラーフ、はやく、早くそこから出てきて。あなたに会いたい」
声を上ずらせて必死に高ぶる感情を伝えた。
願いは聞き届けられる。
星屑をちりばめるように熱を帯びた光が爆ぜた。
まばゆさに目を細めた。
昨日録画した初音ミクのライブを見ながら(聞き流しながらするつもりだった)タイピングしたらえらい事になりました。
ミクの方に夢中になって一向に執筆作業が進まない!どういうことだ!
まあ筆者の裏話なんてどうでもいいですよね、でもミクは可愛いですよね←
とうとう、主役(?)の登場ですね
主役はトリシアだけど、この子がいなければお話になりません
満を持しての登場ですので心あたたかく迎えてやってください
この子さえ無事に出てきてくれたら、コメディの方向にススメたいのです
では次話も乞うご期待☆




