胎動(2)
「何で、そんなこと分かるの。だって、だってまだ、そんな…」
タマゴに入った亀裂を指先でなぞる。
これはつい今さっき、この子が入れた亀裂だ。
「信じられない気持ちは分かる。でもこの子はもうタマゴの中で守られるのが窮屈なんだ。君を守りたいと強く思ってる」
「守るのは、私の…」
頭の中で、違う、という声がする。
私は本当は頭では分かっているのに、守るのは自分の使命だと思っていた。
それは違う。私はドラゴンに守られる側にいる。
私は、この子の母親のつもりになっていた。
でも違う。
シャルロッテは母親になってほしいなんて言ってない。
ただ「一番近い存在になってほしい」と言っていたのだ。
私は、寄り添い導く存在にならなければいけない。
「私は…守ってほしくなんかない!今じゃなくたっていいじゃない!」
「トリシア、さなぎはいずれ蝶になるしタマゴはいずれ孵化しなければならない。それを避けて通る事は出来ないし…この坊やを狙う人間はきっとこの先100年でも200年でも狙い続ける」
そんなこと分かってる。
そんな事言われなくたって分かってるよ。
陶器が割れるような音がした。
亀裂はさっきよりも深く、そして大きくなっている。
獣のうなる声がする。けれどそれは荘厳な響きを持って、言葉として耳に流れ込んでくる。
「トリシア泣かないで、って言ってる…」
ギアには通訳は必要ない。
彼の母語も、失われゆく古の龍の言葉なのだから。
「私この子に今胸を張ってこの世界が美しいなんて言えないよ。人間のためにドラゴンの命が奪われる世界なんて、愛してほしくない」
きっと、この世界の目に映る全てを愛して生まれるこの子に、わがままを言った。
コンコンと玄関をノックする音がする。
「レイのところにも話がまわってきたようだね」
ギアが立ち上がり、出迎える。
ギアの言った通り、レイが立っていた。
「ドラゴニスタから直々に報告書が来た。お前の手まわしか」
レイは内容には一切触れない。
「想像にお任せする。中に入って」
トリシアの泣きはらした顔を見て、レイはギョッとした。
「お前、その顔どうした」
「マタニティブルー」
ギアが忌々しげに言葉を切って捨てる。
「本部の方から追跡者の件についての報告がいったと思うけど、その事に関して進展があった。1週間以内にタマゴが孵化する」
絶句するレイに淡々と会話を続ける。
「おそらくこの1週間は奴らも動かない、が孵化した直後を狙ってくるだろう。追跡者の配備や塾の休講、おそらくありとあらゆることが監視されている。そのいずれかに少しでも変化があれば奴らは一斉にしかけてくる」
「追跡者は増やせないのか?」
「秘密裏に増やせない事もない。がトリシアの身に少しでも危険が及ぶ可能性があるなら私は許可しない」
断固たるギアの姿勢には抗えない迫力があった。
「いいか、お前らは小娘だと思っているかもしれないが、トリシアが相手の手に落ちればドラゴンの存在を世界中に知らしめることも不可能じゃない。そうなれば必然的に狙われるのはドラゴンではなく彼女になる」
「…分かってる」
本当はレイにはトリシアの存在がそこまで影響力のあるとは思っていなかった。
小さな田舎の、ドラゴンを守る一族の末裔くらいにしか思っていなかった。
たしかに、彼女が捕まればこのタマゴの坊やが黙っているはずがない。ドラゴンを歴史の表舞台に引っ張り上げる餌としての価値が彼女にはある。
奴らはドラゴンをおびき出すために、彼女を痛めつけることに何の躊躇もないはずだ。
怒りが拳を震わせた。
自分よりはるかに小さく弱い彼女を寄って集って狙う奴らがいる現実に吐き気がする。
「私、この子の弱みになったりなんかならないから」
泣きはらした目に、鮮烈な意志の光が灯る。
「この子はドラゴンよ。私ひとりを特別な存在として愛する事は許されない。私がこの子を導いて、たとえ目の前で私が殺されようともこの子に誰も殺させはしない」
ただの小娘には言えない言葉だった。
特別じゃない少女が、いつの間にか特別な人間になっていた。
そして知っていた。彼女が決めた事は簡単には覆らない事を。
「君の意志を尊重しよう」
ギアはテーブルの上で腕を組み、厳かに告げた。
こうしんでーす
もう早く孵化しちゃおうぜ、何ていう悪魔のささやきにみみを傾けず
頑張って更新してます
骨身を惜しみません
でもドラゴンがなかなか出てこないので、読んでる人はイライラしちゃうかもね!(笑)
どうしても、トリシアの内面の成長を軸に書いていきたいので
ドラゴンの話なのにドラゴンが出てこないという現象が起きてしまうのです
まあ、ちゃんと更新するから許してくれるよね!←
では
次話も乞うご期待☆




