密会
弓場には、誰もいなかった。
寒さが時間まで凍らせそう。
更衣室の扉が開いていて、かすかに灯油のにおいがする。
石油ストーブは更衣室にしかない。
心臓がより速くより大きく脈打つ。
マーティは、この部屋の中で私を待ち受けている。
「…マーティ、いるの?」
「ああ」
奥の方から返事があった。
リノリウムの床にきゅっきゅっとスニーカーのゴムがこすれて足音を立てる。
彼は、ストーブの前にイスを二つ並べて待っていた。
「急に呼び出して、悪かった」
「いいよ、何か大事なことなんでしょう」
警戒しながら用意されたイスに座る。
マーティは私を陥れたりしない、そう分かっているのに脳内で警報のベルが鳴り響いているのだ。
「この前、おれは追跡者3級を受験した」
彼は懐から紙を差し出す。
受け取り、開いて文字を読み辿ると『追跡者準2級昇進を認定する』と記されていた。
驚いて思わず顔を上げた。
彼がどれほど優秀なのかが垣間見えた。
「グラハスにも受験した級よりも上の級が付与する内容の手紙が届いた。つまり飛び級っていうことだが、これは異例だしドラゴニスタの本部が何かに備えているような気がして、調べた」
彼はさらにルーズリーフを取り出して確認するように読み辿る。
そして私の顔を伺う。
それが私に何の関係があるのかまだ分からない。
「追跡者が独断で行動できるのは3級の有資格者から、で、おれたちはこの周辺の警備に当たるように命令されて、この2カ月で5名を拘束した」
穏やかではない話の進み方に戸惑う。
身近に知らないところで何か、恐ろしい事が起こっている。
「この人数は普通じゃない。いくらここ一帯がドラゴンの守護の下にあるとしても、何故狙い澄ましてここなのか?拘束した5名に尋問した所『ドラゴンが子どもを産んだらしい』という話が出回っていることが分かった」
じわりじわりと、遅行性の毒が全身をゆっくりと支配するように恐怖と不安に体が乗っ取られる。
「…その人たちは、子どもを狙っているの?」
「ああ」
あの子が、狙われている。
私の腕の中で眠る、私の可愛い坊やが…。
「おい、お前顔色悪いぞ。大丈夫か?」
彼が私の背中をさする。大丈夫、と言いたいのに声が呼吸に邪魔されて出来ない。
息苦しい、過呼吸になりかけているのだ。
しばらく、彼は私の背中をさすり続けた。
「もう、平気…ありがと、」
話の続きを彼がはじめる。
「ここを守護しているドラゴンは、あるひとつの血筋としか交流を持たない。だから自動的に『等』が子どもに世襲される。その血筋の名前は代々Leloup…」
一気に間合いを詰め寄られる。
「お前の名字もLeloup、だよな」
彼は間違いなく、私が関係している事を知っている。そのうえでまだ、言い逃れをする猶予をくれる。
涙で瞳がゆがんだ。
二人とも、ずっと黙っていた。
マーティは席を立って給湯室からヤカンを持ってきて、ストーブにかける。
ヤカンのくちから湯気が立ち始めて、ようやく膝の上でにぎりしめた拳から視線を上げた。
「マーティ、あなたは私の事を守ってくれる?それとも裏切り者なんて守る価値もないと思う?」
「…裏切り?そんな突拍子もない事を言われても訳が分からん」
「他の人には、絶対に言わないで。私からみんなに話させて」
「約束する」
私は服の中に隠している首から下げた逆鱗を取り出した。
マーティは目を見張る。
はじめて見るのだろう。
これは、これだけでもドラゴンがこの世界に存在する事を証明できる物証なのだ。
唇が緊張で震える。
「ここを守護していたドラゴンは、死んだの」
「!?」
声も震える。
「彼女は数十年前から身重で、出回っている話の通り子どもを命と引き換えに産んだ。わたしはその子の一番近い存在になるようにドラゴニスタとドラゴンと約束したの」
これが約束の証、と逆鱗を掲げる。
「その事をレイは…?」
「知ってる。私に口止めしてたけど今の状況って私が黙ってたら、あなたの身まで危ないんでしょ?」
「おれは平気だけど、お前は危ない。それを見越して呼び出したんだけどなあ…」
彼は軽く伸びをして眉間を指で揉みほぐす。
「子どもは、どこにいる?」
「まだ、孵化していないけど…近々、その予定がある」
「奴らは、多分孵化のタイミングを狙っている…お前は何者なんだ?」
「ただの田舎の小娘よ」
マーティは何が面白かったのか、ククっと喉を鳴らして笑った。
「ねえ、追跡者が取り締まっているのは誰なの?狙っているのは何者なの?」
「D Party、って呼ばれている…秘密結社」
彼は、もうどうする事も出来ない事態なのだと、改めて認識した。
深くため息をつく。
「いいか。お前は自覚してないが、思っているよりもかなりヤバイからな。下手したら死ぬぞ」
「殺されるってこと?それは孵化する子どもに?それとも秘密結社に?」
「ばーか、どっちもに決まってんだろ。そのためにおれが駆けずりまわってやってんだ。ちっとは感謝しろ」
こつんと彼が拳で軽く額を叩いた。
「正直、全部しゃべってくれて助かった。この方がずっとやりやすい」
彼はストーブの火を消して立ち上がる。
「グラハスには、お前の事言ってもいいか?」
「必要なら、でも私からも話させて」
「…誰もお前の事を裏切り者なんて思わねえよ」
マーティはそれだけ言い残して、部屋を立ち去った。
ストーブの火は消えていても、部屋はまだ温かかった。
なのに、握りしめた手がいつまでも震えていた。
はい、どうでしょう。
展開は私好みなんですけどね!
みなさんには受け入れてもらえるでしょうか…と弱気になりながら
あとがき書いてます
うーん、スピード感のある展開が望ましいのだけど
うーん、どうするかなあ…
悩みながら書いてます!
次話も乞うご期待☆




