冬のはじまりで
秋は深まり、深まりすぎて冬のはじめになっていた。
青々と茂っていた草木はたちどころに一面茶色になり、枯れ葉も散っていた。
あまり自分の事に頓着しない性格のおかげで家を出る前にはギアにカーディガンや上着やマフラーを着こまされモコモコになっている。
ギアは本部に戻って上司にこっぴどく怒られたらしく、本部に行く回数が減ってそのかわり一日に一度は定期連絡の手紙を送るようにと指示され、カリカリ手紙を書いている。
その所為か余計に私のことにたいしてますます神経をとがらせているのだ。
弓場に行くと毎日決まってマチコ先生にホッカイロを持たされて、塾に行くのを見送られる。
マチコ先生はただ単純に私の体が心配なだけで、今でさえこんなに心配しているのに、「坊やがタマゴからかえるかもしれない」なんて言ったら弓場での鍛錬を禁止されるかもしれない。
弓は文句なしにセンスがあると太鼓判を押してもらったのだけど、
馬術の方は
「トリシア、悪いがお前にはセンスが無い」とおじさんの言葉によって容赦なく一刀両断されていた。
「そんな殺生な!レイにはセンスが無くても死ぬ気でやれって言われてるんですよ!」と言うと
「なら、冬は容赦なくしごくから覚悟するように」と宣告された。
馬場は冬になるともともとある室内の方の馬場に移動してやるらしく、いつだってやれるようなのだ。
ああこわやこわや、
塾にはスカートをはいて通う事も増えてきて、抵抗も無くなってきた。
マーティは実に律義で、言った通りスカートをはいていても出来るような護身術を教えてくれた。
そのくせ、嫌味や揶揄はマシンガンのように容赦なく言い放つのだから本当に、天の邪鬼な人である。
「ねえ、デム。ドラゴンが孵化して一番初めに食べるものは何が理想的だと思う?」
「またえらくピンポイントで難しい質問をするなあ」
「あはは、で、どう思う?」
これは、私の最近一番の悩みである。
もしも孵化したら、何を食べさせればいいのか。
哺乳類は母親の母乳が理想的だ。あらゆる免疫が含まれていて生まれたばかりの赤ちゃんの死亡率をぐんと下げる。
しかし、ドラゴンは人間が定義するあらゆる生物に当てはまらない。
母乳の代わりになりえるもの、一番栄養価が高くドラゴンが食べるもの。
「うーん、何の定義も裏付けもなしのおれの意見でよかったら…」
「ぜんっぜん問題ない」
真剣な私の顔を見てデミトリも少し真面目な顔になる。
「食べるものを鉱石に限定すると。ダイヤモンドか金剛石、と思ったけど水晶かな」
「水晶?なんで?」
「え、だって人間の赤ん坊だって離乳食から始めるだろ?だから水晶かな、ダイヤモンドや金剛石はちょっと強すぎる感じがするし、もしも親がせっせとエサを運ぶなら比較的手に入りやすい水晶の方がいいと思った」
「そっかあ…」
そうだよなあ、うん、きっとそうだ、
とひとりでブツブツ呻いているトリシアをデミトリは不思議そうに見ている。
「何で、そんなこと気になるの?最近そういう相談、他の奴にも聞いてるし」
とっさに言葉が出なかった。
「えっと、気になって、赤ちゃんの事が分かったら役立つかなと思って…」
言い訳もしどろもどろで、内心焦っていた。
かえって不信がられるようなことを迂闊に聞いて回るなんて。
「別に、いいよ。人に言えない事抱えてるのはおれだって一緒だし。普通の社会から見たらワケありな奴ばっかり集まってるようなもんだよ」
「…ありがと」
それから、デミトリはこう付け加えた。
「もし例えば水晶とか食べ物に魔法がかかってたりしたら、免疫とかの問題も解決できるような気がするんだよなあ…」
魔法がかかった水晶。
トリシアはひとつだけそれを知っていた。
ドラゴンが魔法をかけた水晶。
はじめて坊やに会った、あの洞窟、龍の巣にある水晶の池。
服の中に隠し持っていた逆鱗が誰の目にも触れずひとりできらめいている気がして、思わず胸元に手を当てた。
この仕草も最近のトリシアの癖になっていた。
心細い、誰かを頼りたいと思うとシャルロッテが恋しくなるのだ。
あの全身を包み込むような大きな存在が無性に恋しくなる。
デミトリは不安そうな目をしているトリシアの頭を乱暴に撫でた。
「で、デム?」
「何でもいいけど、お前、何かあったらおれたちをちゃんと頼れよ」
「……うん」
「あっ!デムずるい!トリシーの頭を撫でるなんて!」
「個人の自由だ、お前だってちょくちょくトリシアに触ってんだろ!」
「いいや、百歩譲っても女の子の髪に気安く触っちゃだめだよ、おれにだってそのくらいの分別は付く!」
いつもの教室の雑談に戻ると、安堵の息をついた。
視線を感じて振り返ると、席に座ることなくマーティがじっと私の事を見ていた。
目が合う。
どちらも逸らさない。逸らせない。
彼が他の誰にも見えないように小さくジェスチャーで本を指先で叩いてロッカーに置いた。
マーティは席につく。
本を取りに立ちあがる。誰も私に気を払っていない。
手早く掴んですぐに席に着く。
レイが教室に入ってきて、授業が始まる。
マーティがロッカーに置いた本はドラゴンの出てくる小説で、何でもないようなもの。
しかしよく見ると本の真ん中に紙がはさまれていた。
そこには彼の筆跡で
『授業の後に弓場にて話がある』
そう書いてあった。
たった一言なのに…
彼はまるで、何かを見透かしているような、そんな気がして紙をくしゃりと無意識に握りつぶしていた。
こんにちは
今後の展開がややこしく交錯して軽くパニックです
どうしよう、どうしよう、
さあ、マーティは何をしかけるつもりなんでしょうね、
味方か敵か、
そんなところでしょうか?
是非、目を離さずに見ていてくださいね!
では次話も乞うご期待☆




