ホリデイ
「ギア!いる?ていうか私の家にいることが普通になってるけど、いる?」
「独り言長いよ!ちゃんといますってば!」
キッチンからギアが顔を出す。
エプロンが普通装備になってしばらく経つので今では見慣れた姿だった。
「3日お休み貰ったの!」
「お休み?」
彼は怪訝そうな顔でこちらを伺う。
「ホリデイだよ、休日だよ!今日はなーんにもしなくていい!」
満面の笑みでタマゴを抱えるトリシアを見てギアの顔にもウキウキとした気持ちを隠しきれない。
「ホリデイっていう事は、好きなことができるね。トリシアは何がしたい?どこでも連れて行ってあげるよ」
「えっ、どこでも?」
「うん、どこでも」
彼はエプロンを畳みながら早くも出かける支度を始めている。
「街とか買い物とか、日帰りでよければ旅行でも」
彼の行動力というか行動範囲に改めて驚きを隠せない。
フットワークは軽い方がいいと思うけれど、彼は軽すぎて逆に問題だ。
「ギア、でもそれって二人だけで…だよね?」
彼は当たり前のように頷く。
「そうだね、私たちの外見だと、俗に言うデートっていうことになるね」
「ギア、デートって言うのは好きな異性とする物なんだけど…」
ドラゴンと人間の言葉の語弊は度々あるので訂正する事には慣れている。
「知ってるよ。それともトリシアは私の事が嫌いなのかな?」
「…嫌いではないけども。恋人ではないよね私たち」
「それがトリシアにとって問題なら今から恋人になったら問題ない…」
と言いながら彼が少しずつ私を壁に追い詰める。
完全にトリシアの反応を面白がっている調子だ。
じりじりと後退していた背中に壁がぶつかり逃げ場が無くなったことに焦る。
「ギア、じょじょ、じょ冗談にしてはちょっと度が過ぎてるわ!友達として買い物に行ったらいいじゃない!」
頤に手を添えられて顔を上向かされる。
両手はタマゴを抱きかかえているためにふさがっている。
彼の顔が近づく。
何する気?!何をされるか分かっていながらトリシアはギュッと目をつむった。
彼はクスッと笑って額に口づける。
リップ音をわざと大きく鳴らして。
「トリシアの同意がなければ恋人にはなれないし、無理やり奪ったりするのは本意ではない。そのくらいの良識は私にもある」
笑いながらそういうが、やられた方はたまったもんじゃない。
「小娘だと思ってからかわないで!!」
容赦ないまわし蹴りを見舞うとしっかりとヒットした。
もろに蹴りを受けた痛みに床に倒れこんでギアが苦しげに呻いている。
ハッとしてトリシアが我に返る。
「ごめん、手加減しなかった…」
「いったいどこでそんな物騒な事習ったんだい…!」
そのあたりは曖昧に笑ってごまかす。
「あははは…ごめんギア、避けられると思ってたの…」
「避けられないよ!!何今の!!」
「キスひとつにしては安いものよギア」
彼はまだ呻いている。それは痛みと言うよりも守りたい女の子が知らない間に強くなっていたという現実に呻いているのだろうが。
トリシアは知る由もなくあんまり痛そうに呻いているので膝ついてギアの頭を撫でる。
「休日は、坊やと一緒にいたいなー、ギアも一緒にどう?」
「君の望むままに…」
むくり、と無言のまま立ちあがるギアをトリシアは心配そうに見上げ、あちこち体をぺたぺたと触る。
「何のつもりだい…?」
「本当に、痛くない?平気?」
本気で心配している顔に安心させるため笑いかける。
「全然平気。私を何歳だと思っているの、子ども扱いされるのは君の仕事だ」
くしゃくしゃと髪を掻き乱すとおずおずと笑顔を見せた。
ついで、ぱあっと花が咲いたような鮮やかな笑顔を浮かべる。
「ギア、今日は龍の母語を使いたい」
「そうだね、そろそろタマゴの中からでも返事をしてくれると思う」
「話せるの?!」
ギアはおもむろに自分の荷物の中から麻のような布の巾着を取り出す。
「トリシアが話しかけるとつつくなり動くなり感情表現するようになってきたし、出来ると思うよ」
彼は巾着から白っぽい粉を取り出し一つまみずつ部屋の隅に盛っていく。
「まじない?」
彼は無言でうなずく。
一見適当な位置に盛っているように見えるが、やはり何か決まりごとがあるのだろう。
彼は指で距離を測りながら慎重に作業している。
最後に私のところに来て頭の上に粉を散らす。
「これで大丈夫」
「何のまじない?」
「うーん、機密事項」
ソファでくつろぐようにギアが勧める。
深呼吸をする。
うまく、声が出せるかどうか…
初めはうまく出なかったが徐々に澄んだ木琴のように柔らかくバイオリンの弦をはじいたような音が、正確には声がする。
それは、母親が子どもを甘やかす時の声。
何度も何度も、声を出すうちによりドラゴンに近い声になる。
ギアは戦慄が鳥肌になって体を駆け抜けるのを確かに感じた。
『…坊や、坊や早く出ておいで…あなたに会いたい…』
意のままに龍の母語を操る様子は、人間業ではない。
トリシアの腕の中で坊やはまどろんでいた。
幸福になって自分を包む、自分を呼ぶ声がする。
殻をつついたり、くるんと一回転してみたりする。
それでは足りなかった。自分の気持ちを伝えたいという感情が高ぶる。
『…坊やに会いたいなあ』
『ぼくもおかあさんに…はやくあいたい…!』
トリシアは喜びと驚きに目を見張った。
「ギア、今の聞いた…?」
「もちろん、……おめでとう」
『坊や、あなたに名前を呼んでもらいたい…坊やの姿が見たい…!』
坊やが望みに応えようとタマゴの中でもがく。
強く殻をつついたり、タマゴの中で翼を広げて見ようとしたり。
しかし、殻にはひび一つ入らない。
『まだ無理しなくていいの。でも忘れないで私はずっと坊やのことを待ってるからね』
喉が限界を告げる。
ちぎれそうな痛みがはしり強く咳こんだ。
「トリシア、今日はもうやめておいた方がいい。人間の声帯で出せる音じゃない」
自分でも、それが痛いほど分かっていた。
愛おしげにタマゴを撫でる。
「ぼうや…」
「トリシア外で日光浴でもしておいで。天気もいいから少し遠くに行ってもいい」
「うん、ありがと。ギア」
声がかすれている。
タマゴを抱きかかえたままトリシアが出て行く。
「外で使っちゃだめだからね!まじないが消えちゃうから!」
彼女はスリングでタマゴを首から下げて片手で丸を作って返事をした。
タマゴの中で坊やもくるんとまわった。残念ながらギアには伝わらないのだけど。
「ギア、明日は一緒にお買いもの行こうね」
ドアに手をかける前に笑顔で彼女が振り向く。
「はいはい」
奔放な彼女の行動に苦笑いしながら見送った。
タマゴの坊やがさっぱり出てこない事が続いていたので
どうしても書きたかった話
いやあ、ゴールデンウィークペースって言いながら初日はひまひまでしたね
次話も乞うご期待☆




