議 (2)
扉の中の事を考えていたのか、シュトの身を案じていたのか、これが終わった後の事を考えていたのか、大切な人が欠けて行く生活を想像していたのか、それともただ単に祈っていただけなのか、それは実のところ自分にもよく分からない。
足先は夜の寒さに冷え切っていて、膝を抱えて座り込んだ場所からは動きようがなかった。
ただ、その身を案じるように胸のあたりで逆鱗がほのかに熱を帯びて不貞腐れたように膝を抱えたトリシアの体を温めていた。
大丈夫なのかしら、
それはもう何度目とも分からない疑問で。
大丈夫じゃないのは私の方かもしれない、
少し自嘲気味にククッと喉を鳴らした。
夜は暗いというが、月明かりが燦々と降り注いで淡い夜空の濃淡が地面に影を落とす。
膝にうずめた顔を持ち上げたのは、月明かりを何かが遮ったから。
いったい何が、
天を仰ぐと、燐光を放つ大きな龍が首をもたげていた。
畏怖の感情に何の叫びも上げられない、浅く繰り返した呼吸の隙間からかろうじて呻く声に近い音を吐き出した。
寺の廟に描かれたままの、この世のものではない生き物。
蹄の音が高らかに鳴り響く。
蹄があるということは馬か牛、少なくとも鹿であるはずなのに見事な鱗がその身を包んでいる、いや包むというよりはまるで鎧のようであり、体躯も生易しい生き物のそれではない。
鬣が風になびくと駆け出す、一頭ではなく数頭が雌雄の対をなすように後を追う、青、赤、白、黒、黄、それらの名前をトリシアは脳裏に閃かせた。
「聳弧、炎駒、索冥、角端、麒麟―――――っ」
なぜ、と。なぜ自分がそれを知っているのか。
父の書斎の古びた本か、それともロッテの昔話か、今も胸で熱を放つ逆鱗の成せる業か。
それらに続けと言わんばかりに五色の翼を広げて鱗か羽か区別のつかない物を身に纏わせた鳥が、鳳凰が飛び立つ。
ああ、大地が揺らぐ。
地を震わせて蠢くのは、山。
「嘘でしょっ!?」
亀、山を背負う亀が首をもたげゆっくりと四肢に力を入れる。やはり、一匹二匹どころの数ではない。その背に不老不死の仙人の住まわる山を背負うという亀、霊亀だ。
「龍墨四霊って、本当にあの四霊なの?」
国の吉兆や安寧を司るという、古来から言い伝えられる四頭の神獣。
だとすれば残るひと枠、―――――龍。
期待を込めて蠢く地に足を張り空を仰ぐ。
蛇のような長い影が視界を遮る。
無数の生物を体に宿した体は燐光を放つ鱗に守られ、髭が風にそよぎ、四肢が岩肌に張り付き跳躍。その先にはうすどんよりとした重い雲。雷が閃いている。
完全に呑まれた。
この世のものではないものの力に。
へたりとその場に座り込んだ。足が萎えて力が入らない。
「どう?びっくりした?」
「ぎゃっ!」
空から降ってきた声に思わず涙が出た。
黒檀のドラゴン、ギア。
「うわ!なんで泣くの!泣かないでってば!」
「…びっくりした!」
人のものでない黒檀の鱗を遠慮なく叩かせてもらう。
そのくらいの役には立ちやがれバカ!
二対の翼はそわそわと落ち着かず、しゅんとおさめられる。
その陰からひょこっとシュトが顔を出した。
「トリシア!シュト一人でもがんばったよ!」
鼻面をトリシアの顔にすりつけて肩口から首元にじゃれつく。強く点滅した光が夜闇に慣れた目に痛い。
睫毛を激しく瞬かせた。
「よくがんばったね、えらいねシュト」
驚きや畏怖の涙は祝福に変わる。
「いやあ、なかなか見物だったよ。さすがトリシアのシュトだっていう感じかな」
「それ褒めてる?」
「褒めてる褒めてる。それによく待っててくれたね」
「…うんっ」
背中に乗るように促され背中をよじ登る。
地を蹴るとつづら折りに下へ下へと続いていた階段よりも高く数秒で上昇した。
「っっっ!」
あまりの速度に一瞬意識が飛びかける。
驚くことにシュトも同じ高さについてきている。ギアが手加減したのか、シュトが本気を出したのか、ともかく考えられない早さだった。
「ギア、私の事もう少し大事に扱ってくれたら嬉しいな…人だから一応」
「へ?ああ、今のは流石に体に堪えたかい?」
「手・加・減!」
申し訳なさそうに肩をすくめるのが分かる。
実際にドラゴンの体が肩をすくめたわけではないのだけど。
「ふふふっ、ああでも見晴らしいいなあ」
「でしょうとも」
「私たちがいた宮って、実はあの亀の背中に出来てたりして?」
「…実はおっしゃる通りで…」
「えええーーーーーーーーーっ?!」
冗談で言ったつもりだったのに。まさか本当だったとは。
間抜けな声が響いた後少し恥ずかしくなって顔を埋める。
「と、とにかく!あれって問題ないの?」
「全然。衛星写真だとか情報だとかは前々から姉さんと兄さんが何とかしてたし。宮の中だって物ひとつ落ちてないはずだよ。なんてったって、霊亀だから」
「あれも役が決まってるの?」
「大昔からね。四霊になる、風を起こす、雨雲を作る、気圧、気温、ありとあらゆる力を司ったドラゴンたちが、まさに相応しい舞台を作って力を見せつけているのさ、抑止力のためにね」
「…抑止力、って」
それが誰に対する物なのかギアは答えてくれなかった。聞こえなかったふりを使って。
あなたってけっこうイケメンなんだから、そう言うのを使われるとなんだか踏み込めないっていうか、ずるいんだけど。
こういうのも惚れた弱みっていうんだろうか。
場面とあたまの中で考えている事がまったくそぐわないのは気にしないでおいてほしい。
黒く分厚い雲が迫りくる中、その向こうで光がはっきり点滅する。
何かの合図みたいだと思っていたら、ギアの顔つきが険しくなる。
「トリシア、むこうでトラブルがあったみたいだから私は君を宮へ降ろしたらすぐに飛び立つ。姉さんも兄さんも今どうこう出来ない状態だから少しの間一人になってしまうけどいいかい?」
「いいけど。何か危ないの?」
「まあね、念には念をってこと。戸締りはきちんとして」
そして二対の翼は風を切って滑らかに山間を縫うように飛ぶ。
軽やかなその飛びようは紙飛行機が風に乗ったような感じだった。それでも微塵も不安定感は感じさせない。
宮の庭に降り立つと風が輪を広げて芝生に波紋を作った。
すとんと地面に降りると、本当に小揺るぎもしていなかった。上から見たらたしかに亀の背に山があったのに。
「トリシア、私は行ってくる」
「うん、行ってらっしゃい」
見送りも早々に黒い鱗に覆われた脚は地を蹴って跳躍する。
ぽつ、ぽつ、と2、3滴雨が頬を叩いたので、雨雲から逃げるように、宮へ。
シュトを急かして部屋に駆け込んでぴしゃりと扉を閉めると、違和感があった。
はっとしてから部屋を見渡すと、うっすらと人影が見えた。
なん、で?
雨音が強まり雷鳴がとどろき、稲妻が走った。
窓の外で激しく光るとその人影はくっきりと浮かび上がった。
「誰、」
浮かび上がったシルエットは、誰かと問うまでもない知った人物のもので、息をのんだ。
はーい
お久しぶりでーす
実は次話で今の章が終わって次々話から新しい章に突入します
「このタイミングで変わるか!?」
とお思いの読者様は是非、すみやかに次話も読み進めてくださいね!(笑)
それにしても秋って短いというか早いというか
もう金木犀の花が咲いているんですね
外にでると匂いが違います
腱鞘炎でも更新はするよ!停滞はするけどね!ごめんね!←
今回も読んでくださってありがとうございます!
ではではなおいっそう次話も乞うご期待☆




