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死神のハコニワ  作者: 万能包丁の刃
死神殺し
9/11

神のみぞ知る

「そういや、私の苗字知ってたんだ。 あんた」


 再び静寂を取り戻した美術室。

 スケッチブックの上を走る鉛筆の音があちこちから聞こえる。

 どこか心地の良い、虫のさざめきのようだ。


「いや、さすがに知ってるって。 ちなみに、クラス全員の苗字と名前は把握してるつもりだよ。 狭山友恵さん」

「へえ……!」


 意外や意外。

 私のフルネームを把握しているどころか、クラス全員分を網羅している事実に心底驚いた。


「えぇー。 ……なんだろう、すごく意外。 春野って、誰の名前も知らないと思ってたから」

「……あの、狭山さん。 俺にどんなイメージを持ってるのかな?」

「どんなって、そんなイメージよ」


 さっきのお返し。

 それを受けた春野は肩をすくめていた。


 そのあとは特に会話もなく、互いに黙々と鉛筆を走らせる。

 大まかに、輪郭やそれぞれ顔のパーツを描いたところで気がついた。


 春野は、そこそこ顔が整っているのだ。

 格好良いというよりかは、可愛い部類なのだろうか。

 くっきりとした二重まぶたに、しゅっ、とした輪郭。

 体の線が細いから、髪を伸ばせば女の子のようになるだろうな。

 まあ、失礼だけど私の好みではない。


 でもなるほどな。

 茉瑠奈は、こういう可愛いタイプが好みだったわけか。

 それなら数々の告白を断ってきたのも納得できる。


 なんて考えながら。

 スケッチブックの影から、じいっと観察する。

 対する春野は、困ったように鉛筆の動きを止めた。


「……あの、顔に何かついてる? それとできれば顔を見せてほしいんだけど」

「あんたさ、彼女とかいるの?」

「はっ?」


 不満そうな春野の言葉に、間髪入れず質問で返す。

 予想だにしていなかったであろう言葉に、ぎょっとした顔になると黙りこくっている。

 ほどなくして、わざとらしい咳払いをしながら口を開いた。


「……なに、藪から棒に。 知ってのとおりだと思うけど、俺には友達がいない。 だったら、そんなのなおさらだろ?」


 そう言うと、視線を落として再び鉛筆を動かす。


「あっそ。 んじゃ、そんなあんたに朗報。 一緒に、お昼ご飯を食べたいって言ってる子がいてさ。 ああ、もちろんあんたとね」

「え、狭山さん、とか?」


 気味の悪い冗談はやめてくれ。


「違うわよ! 私の、親友がっ! 二年Dクラスの雨宮茉瑠奈って子、知らない?」

「雨宮、茉瑠奈……、知らないな」


 やはり認知されていなかったか。

 これは前途多難になりそうだ。


「身内びいきかもしれないけど、結構可愛いんだ。 あんたが嫌じゃなければ、一度付き合ってあげてくれない?」


 しばらくの沈黙の後。


「……それは、どうして?」


 春野は、さも不思議そうに首を傾げさせている。

 私だって首を捻りたい。


「どうしてって、こっちが聞きたいくらいだっての……!」


 ああ、頭が痛い。

 壁かけ時計を見やると、授業時間が残り少なくなってきた。

 二度とないであろう機会を逃してなるものか、と私は攻めの姿勢を崩さなかった。


「それで、どうなの? 言っとくけど、男子から人気のある子なんだから。 首なんか傾げさせてないで、はいかいいえで答えて」


 というか、あの茉瑠奈のお誘いなのだ。

 もっとこう、光栄だっ、とかそれっぽい顔をしなさいよまったく。 

 まあ、あの子を知らないんだから仕方ないけどさ。


「あぁ……ごめん。 なんていうか、狭山さんの友達も物好きだなって。 からかってる、とかじゃないよね?」

「悪いけど、あんたをからかってるほど暇じゃないからね、私ら」


 そりゃそうか、とか言いながら、やや自嘲的な含み笑いをしている春野。

 ああ、焦ったい。

 こいつと会話のやり取りを楽しみたいわけではないから、さっさと返答が欲しい。


「明日のお昼、付き合ってくれる? どうせ一緒に食べる相手もいないでしょ?」

「ごもっとも……。 うん、せっかくのお誘いだからね。 ご一緒しようかな」

「……りょーかい! んじゃ、明日よろしくね!」


 よし。

 これでひとまず目標達成。

 春野が断る未来を期待していたかと聞かれると、正直否定はできない。

 でもまあ、茉瑠奈が喜ぶのならいいか。

 放課後になったら、さっそく報告してあげよう。

 きっと飛び跳ねて喜ぶだろうなあ。


 なんて、狂喜乱舞している茉瑠奈を想像していると、授業終了五分前。

 クラスメイト達が、各々の描いたスケッチを教卓に提出していた。


「あんた、私の顔ちゃんと描けた? ちょっと見せなさいよ!」

「ええっ? たいした出来じゃないから、わざわざ見る必要ないってば……!」


 春野はそう言うと、素早い動作でスケッチブックを背後に回す。

 私は半ば強引にそれを奪い取り、出来栄えの確認をしながら、へえっと思わず感心してしまった。


「……あんた。 絵を描くの、上手なんだね」


 意外と言えば失礼かもしれない。

 けど、しっかりとした絵心を感じるスケッチ。

 私の顔が、素敵に描かれていた。


「たいしたことないよ」


 茉瑠奈も絵を描くのが上手だ。

 この二人、案外馬が合ったりするのではないだろうか。


「そんなことないって。 私のとは、比べものにならないくらい」

「そうなの? じゃあ見せてよ」

「絶対やだ」

「な、なんで俺だけ……」


 こんな絵が上手いやつに、私のへんてこな作品を見られてたまるか。

 こちとら茉瑠奈からよく、画伯とかなんとか言われているのだ。


 納得のいってないため息を吐き捨てて、肩を落とす春野は席を立って教室を後にしようとする。

 そうか、次の授業は地理だったな。

 私も早く移動せねば、とその背中を追走しようとしていると。


「……ああ、ちなみに。 狭山さんずっと険しい顔してたから、できる限り穏やかで可愛い表情にしておいた」


 なんて、背中越しに愛想なくそう言うと、すたすたと教室を出て行ってしまった。


「あ、あのやろう」


 春野と初めて会話を交わして思ったことがある。

 案外、ずけずけと人にものを言うやつ。

 少なくとも、私とあいつの馬は合わなさそうだ、と。

 決めた。

 いつか絶対にシャープペンを直撃させてやる。


 そして放課後。

 部活の前に、隣のDクラスに赴く。

 作戦が無事に成功した旨を茉瑠奈に伝えると、案の定飛び跳ねるように喜んで、私に抱きついてきた。


「本当にありがとう!! なんだか、友恵が神様に見えてきたよぉ……!」


 茉瑠奈のオーバーな物言いが可笑しくて、私はつい吹き出してしまう。


「あははっ、茉瑠奈大げさっ」


 さて。

 二人が一緒にお昼ご飯を食べるという状況には、なんとかこぎつけられたぞ。

 あとは、茉瑠奈自身の頑張り次第。

 こればっかりは、神のみぞ知るってやつだな。

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