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死神のハコニワ  作者: 万能包丁の刃
死神殺し
10/11

黒アゲハ

 死神。


 その存在は朧げで、自分の名すら持ち得ない希薄な存在。

 何にも触れられず、何にも干渉できない。

 産み落とされたばかりの彼らは、ゆらゆらと世界を彷徨い漂うだけ。

 与えられた嗜好に適合する魂。

 それを宿した人間と出会い、肉体を得るまではただひたすらと。


 死神には、それぞれの個体差がある。

 子どもか、大人か。

 男か、女か。

 人格や、体型、顔面も、すべてが不統一だ。


 そして、どのような魂を好むかも死神によってさまざまだった。


 例えば。

 巨万の富を欲する、強欲な魂を好む死神。

 人を殺す行為に快感を感じ、欲を満たすために多くの人間を殺す、色欲の魂を好む死神。

 他者の地位や功績を許せない、嫉妬の魂を好む死神。

 など、本当にさまざま。

 人間の欲望の数だけ、それらの欲望を好む死神がいる。


 長きに渡る漂流。

 自らの好む魂を持った人間と邂逅を果たせば、死神に契約を結ぶ機会が訪れる。

 人間が自らの願望を告げて、無事に契約が完了すれば、ここでようやく肉体を得る事ができるのだ。


 肉体を得た後、願いに対応した個々の能力を獲得する。

 能力は千差万別。

 攻めに特化するのか。

 守りに特化するのか。

 盗みに特化するのか。

 逃げに特化するのか。

 すべては、契約者の願い次第。


 主人の願いを叶えるために力を振るう死神。

 彼らは、魂の供給なくして生きる事はできない。

 故に、契約の際に人間の魂と自らの魂に楔を打ちこむと、鎖で繋いで人間の魂を喰う。

 一日に一食。

 人間の魂を、一日分喰らう。

 固有の能力を行使する場合は、力の量に応じた魂を喰らえば使用可能。

 契約の代償として、大きいか小さいか、それは人によるのかもしれない。

 がしかし、願いを叶えるための近道を手に入れたのなら、それは相応の対価ではないだろうか。


 かの“死神殺し”の願いは、全ての死神を殺し尽くす、だ。


 死神を怨み。

 死神を憎み。

 死神という存在への復讐を誓った彼の魂は、憤怒。

 その魂に惹かれたリクと契約を交わし、復讐鬼となった。


 狂気の入り混じった強い願いは、死神が死神を殺戮する機械へと昇華させてしまった。

 まさに一騎当千。

 いかなる死神との戦においても、彼女は頭一つ——いや、二つ分は抜けている。

 相手が誰であろうと、彼女が後れをとる事はないのだ——。


 ※


 ひと気のない、深夜の廃工場。

 二体の死神が激しくぶつかり合う。

 己の身の丈よりも大きい鎌を軽々と振るうリク。

 裂ける空気が悲鳴を上げる。

 禍々しい輝きを放つ鎌の刀身が、標的に喰らいついた。


 惚れ惚れするような縦一閃。

 狙うは、頭頂部から股下。

 対する相手は、鈍い光沢を帯びた兜と鎧を着込んでいる。

 屈強な肉体と、三メートルほどの巨体。

 小柄なリクが対峙すると、威圧的に聳える険しい山のようだ。

 守りに特化された鎧が、鎌の侵入を阻害した。


 火花を散らしながら、鎌と鎧が拮抗する。

 耳障りな音を立てながら擦れ合う。

 やがてその音は、獲物を仕留めたくてもできない、もどかしい鎌の叫びへと変化した。


「——硬いッ……!」


 予想以上の強度に、リクは息を漏らす。

 しかし構うものか、と横一文字に振り抜いた。


 鎧の死神は微動だにしない。

 斬裂を一身に受けきる。

 その様はまるで、鉄壁を誇る要塞のようだった。


「そのようなか弱い斬撃で、我が鎧を突破できると思ったか? ……随分と舐められたものだなッ!!」


 髑髏の兜からリクを見据えて捉える。

 間髪入れずに右腕を大振りした。


 捻りの無い、実に単純な打撃。

 だが、巨体から繰り出されたそれは、リクを圧殺するのには十分な超質量攻撃となった。


 腰まで伸びた髪の毛を数本持っていかれたものの、間一髪。

 空中で身を翻しつつ、攻撃をやり過ごす。

 が、次に控えるのは左腕。

 鎌の刀身を即席の防護壁にすると、左の追撃を辛うじて防いだ。


 砂埃を撒き散らしながら、弾かれたピンポン玉のように吹き飛ばされるリク。

 彼女が着地した地点には、不動を崩さない“死神殺し”が立っていて、相手の動きを隈なく分析していた。


「鎧による鉄壁と、巨大由来の破壊力を持っている。 が、それに尽きるな。 どうやら特異型ではないらしい」


 顔には髑髏の仮面。

 表情こそ見えないものの、実に冷徹な調子で独りごちる。


 相手の契約者は、無差別に殺戮を愉しむ人間破綻者。

 主な標的は、無抵抗な子ども、老人。

 殺人鬼の魔の手によって、命を奪われた犠牲者が既に五を越えている。

 無抵抗な人間を殺して回る殺人鬼と、それに同調した薄汚い死神の討伐命令が、“死神殺し”に下された。


 殺人鬼は、死神ギルドの構成員ではない。

 故に、生け捕りの必要はない。

 力の限りで始末してしまえという命令だった。


 死神への復讐。

 死神の根絶。

 それらを本懐とする死神殺し。

 今回の命令は、彼の意向に沿った最高のものだった。

 嬉々としてその緊急指令を受けた。


 鎧の死神が姿勢を低くする。

 軋む筋肉の音は、まるで怪獣の鳴き声のようだ。

 地面を割りながら足で蹴ると、地鳴りを生みながらリクを目がけて文字通りに跳ぶ。

 瞬きの瞬間にはすでに、彼女の眼前で攻撃体勢に入っていた。


 それでも死神殺しは焦るわけでもなく、余裕の風格を漂わせている。


「魂の消費を最小限に抑えようとしなくていい。 俺に遠慮をするな、全力でいけ」

「はい」


 彼の言葉に、リクは静かに頷いた。


「はッ! これまで、全力ではなかったというのか! 随分と舐められたものだ。 ……腹立たしいほどの余裕、いつまで保っていられるかなッ!?」


 地面よ割れろ、と言わんばかりに左脚で大地を踏みしめる鎧の死神。

 すでに引き絞られていた右腕が、刹那の速さで振り下ろされる。

 まさに、鉄槌の一撃だ。


 瞬間。

 爆薬が炸裂したのでは、と思ってしまうほどの衝撃と、辺り一面に巻き上がる土煙。


 手応えあり。


 他愛無し。

 死神殺しなどという、仰々しい異名を持っていて畏怖される者。

 どれほどの力を持ち合わせているかと思えば、この程度か、と。

 呆気のない結末に虚しさを感じながらも、強者の首を取れた事への優越感。

 満足げにほくそ笑んでいると、


「——むッ!?」


 本来ならば、息も絶え絶えになっているはずのリクがそこに居なかった。


 それもそのはずだ。

 彼女は今、相対する死神の目線の高さまで跳躍しているのだから。

 身に纏ったローブをはためかせながら、浮遊する彼女はまるで、悠然と月夜に舞う黒アゲハだ。


 そんな幻想的な光景とは裏腹に、鎧の死神は肝を冷やした。


「貴様ァッ! 小虫のようにちょこまかとッ!!」


 顔の周りで飛び交う小虫を握り潰すかの如く、空中のリクへと手を伸ばす。

 が、迫りくる掌よりも速く、彼女は天に向かってしなやかな脚を乱暴に振り上げた。

 百八十度の綺麗な半円を描き、敵の顎を粉砕せんばかりの勢いで蹴り抜く。


「があぁッ……!?」


 首から頭部が千切れて、ボールのように飛んで行ってしまいそうな、想像を絶する衝撃。

 木に生る果実が暴風雨に晒されるかのように、脳が頭蓋の中で激しく揺さぶられる。

 一瞬のブラックアウトの後、必死に意識を手繰り寄せて踏みとどまると、死神は月を見上げていた。


「……なん」


 月光を背にして照らされている影。

 既に、リクが大きく体を反らしている。

 それは無慈悲な追撃の構えだった。


「だとォ……!?」


 意識を取り戻したばかりの状態で避けられるわけもなく、ただただ乱暴な拳の振り下ろしを兜で受ける。

 次には、地面を見下ろしていた。


「ばっ、馬鹿なッ……、速さも、腕力も、先ほどまでとは比べ物にならんほど、上がっているだとォォォッ!?」


 これ以上好きにさせてたまるか、と。

 暴風を纏いながら腕を振るうが、それは虚しく空を切る。

 雄叫びを上げて、渾身の力を籠めた一撃さえもリクは容易く避けていた。


 猛然と間合いを詰める彼女は、いとも簡単に相手の懐へ。

 全力の攻撃を放った直後の隙。

 最早、守りの体勢をとっている間はない。

 冷や汗を顎から垂らす死神。

 しかし、自慢の兜と鎧があるではないか、と至極当然の事実に気がついた。


 鎌による斬裂は、兜と鎧に対して無力。

 その身をもって実証済みだった。

 たとえ懐に入り込んだところで、何ができるというのか。

 鎧の死神は、一安心と胸を撫で下ろす。


 だが、それは規格内の死神であればの話である。

 リクと名づけられた死神は、規格外の領域にいるのだ。


 鎌を振るう事はない。

 ただ拳を握りしめるとそれを力任せに振りかぶって、解放する。

 瞬間。

 鈍重な低音が響くと、三メートルの巨体が軽々と吹き飛ばされていた。


 肉体と能力を得てから、初めて体験する悪夢のような事態だった。

 己の身に何が起きているのか、墜落の間際でようやく理解する。

 まさか、自分よりも華奢で小さい者に、こうも易々と殴り飛ばされるなど。

 悪夢以外のなんだというのだろうか。


 未曾有の危機に脳内は熱暴走寸前。

 地響きを立てて数メートル先に落下する。

 それを見送るリクの右拳が痛々しく裂けて、夥しい量の血を垂れ流していた。


 開戦から死神殺しに発破をかけられるまで。

 事実、リクは加減をして戦っていた。

 それは、魂の消費を抑えるため。

 大切な主人である、死神殺しを守るためであった。


 必要最低限の動作で避けて。

 少ない手数で相手を確実に屠る。

 極限までに無駄を削ぎ落とした型は、見方によれば流麗で優美。

 長い年月で編み出した、究極なまでの魂節約術。

 並の死神であれば攻撃が不足してしまうところだが、リクの余りある戦闘経験と知識がそれを補っていた。


 対して、今の彼女は圧倒的な力で相手を叩きのめすと、一方的な暴力でなぎ倒している。

 得物の鎌、自身の肉体。

 そこらに落ちている物ですらも活用して、死神を葬らんとする姿は、最早戦闘狂という言葉すら彷彿とさせる。

 野蛮で苛烈。

 そこに、美しさなど欠片もない。

 思わず目を逸らしたくなるような、血も涙もない惨殺劇。

 これが、リク本来の型なのであった。


「がッ、ウォォッ……!?」


 堅牢な鎧が受けた衝撃は、そのまま内部の肉体へと浸透。

 結果、内臓破裂。

 肋骨の骨折。

 そして何よりも、中華鍋のように大きく凹んでしまった鎧が主人を圧殺せんと押し潰す。

 よもや、自慢の鎧が己の首を締めることになろうとは。

 微塵も想像していなかった悲劇。


 平凡な死神が相手であれば、攻めあぐねて潰されるのが関の山だったはず。

 すべては、死神殺しと遭遇して交戦した事が運の尽き。

 後悔しても、すでに手遅れだ。


 苦悶の呻き声と共に、死神はたまらず己の鎧を消す。

 重体ながらも、辛うじて命は繋いだ。

 契約者の魂を上乗せで喰らえば、内臓と肋骨の修復は可能。

 形勢を立て直す機会はまだあるのだ。


 が、当然リクがその猶予を与えるわけなどない。

 素早く跳んで巨体に張りつくと、魂で編んだ鎌を間髪入れずに振り上げる。

 悲鳴を上げる間すら与えぬ殺害予告。

 そのまま古木の幹を思わせる太い首に鎌を喰いつかせると、低い唸り声と共に振り抜いた。


 岩石のような頭部が、血を垂らしながら浮遊する。

 やがてそれは、月明かりに照らされながら消え失せた。


 死神殺しの後方。

 雑木林の影から、どさり、という音が聞こえる。

 死神が死ぬと、契約者も死ぬ。

 これが、死神に魂を売った者の宿命であり、末路なのだ。


「ご苦労だったな、リク」

「……申し訳ございません、主人。 私の力が至らぬばかりに、余計な魂の消費を」


 そこまで言いかけているリクを、死神殺しは右手を上げて静止させた。


「いや、いい。 ……しかし、右手の負傷が思っていた以上に酷いようだな。 見せてみろ」


 依然として血を垂れ流し続けている彼女の右拳に、死神殺しがおもむろに手を伸ばす。


「——っ!」


 それを咄嗟に躱すかのように、ひゅっと息を飲みこんだリクが後方へ素早く跳んだ。


 仮面のせいで表情こそ見えないものの、肩で息をしていて、えらく動揺しているようだった。

 リクの思いがけない行動に、呆気にとられていた死神殺しがため息をひとつ。

 頬を指で掻きながら、僅かに肩を落とした。


「……そ、そういえば、お前は俺に触れられるのが嫌いだったよな。 気が利かなくてすまない」

「……あっ、いえ、そのようなことは……!」

「以後、より一層気をつける。 さあ、あとはハイエナに任せて帰ろう」

「あの、主人。 ……き、気をつけないで、ください」

「あまりにも酷いようなら、魂を使って修復していいからな」

「あ、主人っ……!」


 月の下を連れ添いながら歩く人間と死神。

 リクの消え入りそうな声が、死神殺しに届くことはなかった。 

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