↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死神のハコニワ  作者: 万能包丁の刃
死神殺し
7/9

スカベンジャー

 血液を撒き散らした亡骸が転がる深夜の広場。

 おどろおどろしい。

 凄惨な現場を一目でも目撃してしまえば、瞬く間に発狂して、精神に異常をきたしてしまうだろう。

 正常でなくなったこの世界を象徴するような、非現実的な惨状であった。


 しかし、何度となく自らの網膜に収めてきた死神殺しの心は、極めて冷静そのもの。

 呼吸や心拍数に乱れはなく、現場の処理をあとの者に任せて、自分の拠点へと帰還しようとしている。

 それは、彼が正常なのではなく、異常である証拠に他ならない。

 この現場を目の当たりにして、普通に振る舞える彼もまた、異常者の一人なのだ。


「よお、死神殺し。 任務お疲れさん。 どうやら、ずいぶんと余裕だったようようだな?」


 物々しい深夜帯に、およそ似つかわしくない軽やかな声だった。


「……ハイエナか」


 死神殺しが視線を移した先。

 広場の街灯にもたれかかり、手をひらひら、と振っているローブの男がいた。


「当然だろう。 あんな雑魚に遅れをとるわけがない。 あとの処理は任せたぞ」


 毅然とした態度で言うと、死神殺しはリクを引き連れて再び歩き出そうとしたものの、


「やれやれ、だな。 ……“死神ギルド”の人員は、たとえ新入りであっても生け捕りにしろって、再三言われてんだろ? 余裕の戦いだったんなら、なおさらだ」

「……なに?」


 ハイエナと呼ばれる男が、その脚を止めた。


「ギルドの頭、“死神喰(しにがみぐら)い”の情報を聞き出すためにって、俺からも釘を刺しておいたよな?」


 心底呆れたように肩を落とすハイエナ。

 頭巾を深く被っているために表情こそ見えないものの、なじるような声音には、静かな怒りが籠っている。


「あんま調子に乗ってんじゃねえぞ? 身勝手な行動は慎め」

「お前に刺された釘など知らん。 協力関係は結んでいるが、全面的に協力すると言った覚えはない」


 仮面越しから突き抜ける、明らかな敵対の眼光。

 両者が殺気立つと、周囲の空気がたちまち張り詰める。

 傍らのリクは、そんな二人を静かに見据えているだけだった。


「新参者に情報を吐かせたところで、たいしたものなど出てこないだろうが。 ……無駄な行為に精など出さず、名前通りに死骸の掃除でもしていたらどうだ?」

「はッ……、相変わらず人を苛立たせるのが上手いやつだな。 ……いいんだぜ? そういうつもりなら、俺はいつでもお前を撃ち殺せるぞ」


 腰のホルスターに収納された愛銃に手を添えて、ハイエナは死神殺しを視界に収める。

 彼の眼球が、魔弾の照準を合わせるからだ。


「好都合だな! いずれは、お前達も殺そうと思っていた。 それが早いか遅いかの違いでしかない」


 なにかしらのきっかけが訪れたとしたら、両者は躊躇いもなしに、得物を手に取り殺し合うだろう。

 それほどまでに、殺伐とした空気は破裂寸前の状況だったのだが、


「二人ともっ、なーにをしているですかっ!? 仲間割れはルール違反ですよ!? 言いつけちゃいますよ!!」

「おわっ、ワルサー!?」


 それら一切合切をぶち壊すように、ぱたぱた、と小さな死神が割って入る。

 ワルサーと呼ばれた少女型の死神は、ぷくりと柔らかそうな頬を膨らませていた。


 百四十くらいの身長。

 ポニーテールに結ばれた髪型が、幼さをよけいに際立たせている。

 くりくりとした団栗のような瞳に、張りのある頬。

 そんな彼女が、ローブを纏って両手をぱたつかせると、ハロウィンの仮装をしている小学生女児のような有様だった。


「ちッ……、また面倒なのが出てきたな」


 ばつが悪そうに舌打ちをする死神殺しは、肩をすくめて顔を逸らす。


「あぁん? なにか言ったですかねぇ?」


 迫力不足の顔で凄むワルサー。

 そのままリクにも睨みをきかせて、ずかずか足を踏み鳴らすと、


「あなたもあなたですよ、リク! なんで二人を止めねえですか!? なにをそんなに落ち着き払っているですか!」


 激しい非難を浴びせる。

 その様はまるで、学校行事にやる気のない男子に怒り狂う、学級委員の女の子のようだった。


「私はただ、主人の願うままに」

「あなたはそうやって、主人、主人って……!」

「……それに、決して仲が悪いというわけではなさそうでしたので」

「はあ? どこをどう見たらそんな……、まあいいです」


 とりとめのない会話に嫌気がさして、大きなため息をひとつ。

 これ見よがしに咳払いをすると、依然として睨み合う両者の意識を自分へと向けた。


「とにかく! 仲間同士の衝突はご法度でしょう? これは絶対! 破れば、多大なペナルティが課せられるのですよ!」


 大袈裟に右腕を振り上げると、人差し指をぴっと立てる。


「互いに不満があるのなら、まずは会議の申請! 立会人を置いて話し合い、蟠り(わだかま)を解消! というルールをお忘れですかっ!」


 中指、薬指を順に立てながら。

 あどけない身振り手振りで、ワルサーはこの場を収める意見を投じる。

 その背後では、そうだそうだ、とハイエナが何度も頷いて同意していた。

 間髪を入れず、彼女はそのまま続けた。


「最も、相手がギルドの下っ端と言えど、“死神喰らい”の情報を得られる可能性があったにも関わらず、生け捕りにしないで殺した、と……」


 実に芝居がかった動きと口調で、腕を組みながら首を捻るワルサーは、小さな犬歯を露わにして挑発的な笑みを浮かべる。


「どちらに、非があるでしょう? わざわざ会議を申請する必要性も感じていないのですが……どうします?」


 自信に満ちた言葉の羅列を聞きながら、爪がめり込むほどに拳を握りしめる死神殺し。

 殺意の孕んだ視線を、ワルサーに向けた。

 当然それに気づくも、彼女は微動だにしない。

 平然とした態度で、死神殺しに相対する。

 ふふん、と鼻を鳴らしながら腰に手を添えて、平坦な胸を反らしていた。


「とにかくですねえ。 今日のところは見逃してやるから、大人しくお家に帰れって言ってるんですよ」

「ワルサー……、やはり、ここで殺しておいた方が得策かッ」


 今にも爆発してしまいそうなほどの怒りを内包しつつ、しかし冷徹な調子でそんな言葉を呟く。

 そもそも、彼は目の前の小さい死神含め契約者が大嫌いだった。

 その物言いはもちろん。

 あどけない素ぶりも毒気を抜かれて、調子を狂わされるからだ。


 排除できるのであれば、今すぐにでもしたい。

 ハイエナの手の内は、よく知っている。

 いや、知り尽くしていると言っても過言ではない。


 恨み辛みが交差する血に塗れた死線を、肩を並べていくつも渡り歩いて来たのだから。

 なればこそ、初手にどう仕掛ければ、相手はどう切り返すのか。

 どう切り返したあと、どう追撃を仕掛けてくるのか。

 それをいかに躱し、どう首を刈り取るのか。

 実際に刃を交えなくとも、詰め将棋のような擬似戦闘など脳内で容易にできた。


 もちろん、相手も同様だろう。

 しかし、それを差し引いたとしても、敗北の余地は毛ほども無いのだが、と死神殺しは確信する。

 楽に勝てる相手でもないのも重々承知している。

 いくらか手傷を負うのも、覚悟の上だった。


 そんな死神殺しの思惑を察してか、リクは彼のローブを摘んで引っ張ると、静かな言葉を投げかける。


「失礼を承知で、主人。 ここで、ハイエナと交戦する意味はないかと。 魂を無駄に消耗するよりも、あなたと私には、果たさなければならない覇業があるはず」

「……リク」


 淡々とした口調。

 だが、まっすぐな言葉だった。

 大人しい彼女が、自分の意見を口にする事はあまりない。

 それも相まってなのか、言葉が素直に耳に入ってくる。

 沸騰しかけていた脳が、瞬時に冷却された。


「……お前に免じて、ここは引き下がるとするか。 すまないな、ワルサー! ありがたく見逃してもらう! ……行くぞ、リク」

「はい」


 悠然と歩き出す死神殺し。

 二、三歩うしろに、リクが随行する。

 街灯に照らされた二人の背中が、次第に暗闇へと呑みこまれていった。


「ッたくぅ! 最後の最後まで、本当にむかつくやろうだぜ!」


 死神殺しとリクを恨めしげに見送りながら、ハイエナは自らの掌に拳を叩きつける。


「しっかし、やるなワルサー! あの死神殺しを、ああも言いくるめるとは! いやあ、見応えがあったぜ!」

 

 そんな彼を横目に、


「特に、大人しくお家に帰れってところが、最高に——痛ッ!! な、なにすんだワルサー!!」


 ワルサーは、ハイエナの尻に目がけて腕を振り抜いた。

 もちろん、最大限の手心を加えて。


「あなた……、私が出て行かなかったら、本気で死神殺しとやり合ってたですねえ?」

「い、いやあ、さすがにそんなガキな真似は……」

「ひとつ、言っておきますが。 今回は、あなたにも多少の非があると思いますですよ……?」


 禍々しい威圧感を漂わせたワルサーは、指で尻を捻る追撃を加える。

 人外の力による体罰。

 とんでもない激痛に、ハイエナはたまらず絶叫した。


「いでででで——ッ!!! 尻がッ、尻がもげるッ!! ……わ、悪かった! 悪かったってぇぇ!!」

「よろしい」


 反省の言葉を聞き届けると、ぱっ、と解放するワルサー。


「……でも。もしですよ? もし、本当に死神殺しと交戦したとして、ハイエナは勝てる確証がありますか?」


 彼女は、地面に突っ伏すハイエナを尻目に、夜空を見上げながらそんな問いを投げた。


 ハイエナは、即座に答える。


「勝つに決まってんだろ! あいつとは、何べんも肩を並べて戦ってきたんだ。 もちろん弱みも知ってる。 それに、俺とお前ならやれるさ。 だろっ!?」


 彼の返答と、屈託なく笑う口もとを見て、ワルサーはどこかほっとしたような笑みを浮かべる。


「……そうですねっ」

「さあて。 まずはハイエナらしく、死体の掃除をしましょうかねー、と」


 静寂を取り戻した夜空の下、ハイエナは両腕を頭の上で組ませて伸びをした。


「ハイエナ。 仕事が終わったら、一杯やりませんか?」

「おうっ。 んじゃ、ちゃちゃっと終わらせますか!」


箱庭の掃除屋。

深夜の任務開始——。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。