スカベンジャー
血液を撒き散らした亡骸が転がる深夜の広場。
おどろおどろしい。
凄惨な現場を一目でも目撃してしまえば、瞬く間に発狂して、精神に異常をきたしてしまうだろう。
正常でなくなったこの世界を象徴するような、非現実的な惨状であった。
しかし、何度となく自らの網膜に収めてきた死神殺しの心は、極めて冷静そのもの。
呼吸や心拍数に乱れはなく、現場の処理をあとの者に任せて、自分の拠点へと帰還しようとしている。
それは、彼が正常なのではなく、異常である証拠に他ならない。
この現場を目の当たりにして、普通に振る舞える彼もまた、異常者の一人なのだ。
「よお、死神殺し。 任務お疲れさん。 どうやら、ずいぶんと余裕だったようようだな?」
物々しい深夜帯に、およそ似つかわしくない軽やかな声だった。
「……ハイエナか」
死神殺しが視線を移した先。
広場の街灯にもたれかかり、手をひらひら、と振っているローブの男がいた。
「当然だろう。 あんな雑魚に遅れをとるわけがない。 あとの処理は任せたぞ」
毅然とした態度で言うと、死神殺しはリクを引き連れて再び歩き出そうとしたものの、
「やれやれ、だな。 ……“死神ギルド”の人員は、たとえ新入りであっても生け捕りにしろって、再三言われてんだろ? 余裕の戦いだったんなら、なおさらだ」
「……なに?」
ハイエナと呼ばれる男が、その脚を止めた。
「ギルドの頭、“死神喰い”の情報を聞き出すためにって、俺からも釘を刺しておいたよな?」
心底呆れたように肩を落とすハイエナ。
頭巾を深く被っているために表情こそ見えないものの、なじるような声音には、静かな怒りが籠っている。
「あんま調子に乗ってんじゃねえぞ? 身勝手な行動は慎め」
「お前に刺された釘など知らん。 協力関係は結んでいるが、全面的に協力すると言った覚えはない」
仮面越しから突き抜ける、明らかな敵対の眼光。
両者が殺気立つと、周囲の空気がたちまち張り詰める。
傍らのリクは、そんな二人を静かに見据えているだけだった。
「新参者に情報を吐かせたところで、たいしたものなど出てこないだろうが。 ……無駄な行為に精など出さず、名前通りに死骸の掃除でもしていたらどうだ?」
「はッ……、相変わらず人を苛立たせるのが上手いやつだな。 ……いいんだぜ? そういうつもりなら、俺はいつでもお前を撃ち殺せるぞ」
腰のホルスターに収納された愛銃に手を添えて、ハイエナは死神殺しを視界に収める。
彼の眼球が、魔弾の照準を合わせるからだ。
「好都合だな! いずれは、お前達も殺そうと思っていた。 それが早いか遅いかの違いでしかない」
なにかしらのきっかけが訪れたとしたら、両者は躊躇いもなしに、得物を手に取り殺し合うだろう。
それほどまでに、殺伐とした空気は破裂寸前の状況だったのだが、
「二人ともっ、なーにをしているですかっ!? 仲間割れはルール違反ですよ!? 言いつけちゃいますよ!!」
「おわっ、ワルサー!?」
それら一切合切をぶち壊すように、ぱたぱた、と小さな死神が割って入る。
ワルサーと呼ばれた少女型の死神は、ぷくりと柔らかそうな頬を膨らませていた。
百四十くらいの身長。
ポニーテールに結ばれた髪型が、幼さをよけいに際立たせている。
くりくりとした団栗のような瞳に、張りのある頬。
そんな彼女が、ローブを纏って両手をぱたつかせると、ハロウィンの仮装をしている小学生女児のような有様だった。
「ちッ……、また面倒なのが出てきたな」
ばつが悪そうに舌打ちをする死神殺しは、肩をすくめて顔を逸らす。
「あぁん? なにか言ったですかねぇ?」
迫力不足の顔で凄むワルサー。
そのままリクにも睨みをきかせて、ずかずか足を踏み鳴らすと、
「あなたもあなたですよ、リク! なんで二人を止めねえですか!? なにをそんなに落ち着き払っているですか!」
激しい非難を浴びせる。
その様はまるで、学校行事にやる気のない男子に怒り狂う、学級委員の女の子のようだった。
「私はただ、主人の願うままに」
「あなたはそうやって、主人、主人って……!」
「……それに、決して仲が悪いというわけではなさそうでしたので」
「はあ? どこをどう見たらそんな……、まあいいです」
とりとめのない会話に嫌気がさして、大きなため息をひとつ。
これ見よがしに咳払いをすると、依然として睨み合う両者の意識を自分へと向けた。
「とにかく! 仲間同士の衝突はご法度でしょう? これは絶対! 破れば、多大なペナルティが課せられるのですよ!」
大袈裟に右腕を振り上げると、人差し指をぴっと立てる。
「互いに不満があるのなら、まずは会議の申請! 立会人を置いて話し合い、蟠りを解消! というルールをお忘れですかっ!」
中指、薬指を順に立てながら。
あどけない身振り手振りで、ワルサーはこの場を収める意見を投じる。
その背後では、そうだそうだ、とハイエナが何度も頷いて同意していた。
間髪を入れず、彼女はそのまま続けた。
「最も、相手がギルドの下っ端と言えど、“死神喰らい”の情報を得られる可能性があったにも関わらず、生け捕りにしないで殺した、と……」
実に芝居がかった動きと口調で、腕を組みながら首を捻るワルサーは、小さな犬歯を露わにして挑発的な笑みを浮かべる。
「どちらに、非があるでしょう? わざわざ会議を申請する必要性も感じていないのですが……どうします?」
自信に満ちた言葉の羅列を聞きながら、爪がめり込むほどに拳を握りしめる死神殺し。
殺意の孕んだ視線を、ワルサーに向けた。
当然それに気づくも、彼女は微動だにしない。
平然とした態度で、死神殺しに相対する。
ふふん、と鼻を鳴らしながら腰に手を添えて、平坦な胸を反らしていた。
「とにかくですねえ。 今日のところは見逃してやるから、大人しくお家に帰れって言ってるんですよ」
「ワルサー……、やはり、ここで殺しておいた方が得策かッ」
今にも爆発してしまいそうなほどの怒りを内包しつつ、しかし冷徹な調子でそんな言葉を呟く。
そもそも、彼は目の前の小さい死神含め契約者が大嫌いだった。
その物言いはもちろん。
あどけない素ぶりも毒気を抜かれて、調子を狂わされるからだ。
排除できるのであれば、今すぐにでもしたい。
ハイエナの手の内は、よく知っている。
いや、知り尽くしていると言っても過言ではない。
恨み辛みが交差する血に塗れた死線を、肩を並べていくつも渡り歩いて来たのだから。
なればこそ、初手にどう仕掛ければ、相手はどう切り返すのか。
どう切り返したあと、どう追撃を仕掛けてくるのか。
それをいかに躱し、どう首を刈り取るのか。
実際に刃を交えなくとも、詰め将棋のような擬似戦闘など脳内で容易にできた。
もちろん、相手も同様だろう。
しかし、それを差し引いたとしても、敗北の余地は毛ほども無いのだが、と死神殺しは確信する。
楽に勝てる相手でもないのも重々承知している。
いくらか手傷を負うのも、覚悟の上だった。
そんな死神殺しの思惑を察してか、リクは彼のローブを摘んで引っ張ると、静かな言葉を投げかける。
「失礼を承知で、主人。 ここで、ハイエナと交戦する意味はないかと。 魂を無駄に消耗するよりも、あなたと私には、果たさなければならない覇業があるはず」
「……リク」
淡々とした口調。
だが、まっすぐな言葉だった。
大人しい彼女が、自分の意見を口にする事はあまりない。
それも相まってなのか、言葉が素直に耳に入ってくる。
沸騰しかけていた脳が、瞬時に冷却された。
「……お前に免じて、ここは引き下がるとするか。 すまないな、ワルサー! ありがたく見逃してもらう! ……行くぞ、リク」
「はい」
悠然と歩き出す死神殺し。
二、三歩うしろに、リクが随行する。
街灯に照らされた二人の背中が、次第に暗闇へと呑みこまれていった。
「ッたくぅ! 最後の最後まで、本当にむかつくやろうだぜ!」
死神殺しとリクを恨めしげに見送りながら、ハイエナは自らの掌に拳を叩きつける。
「しっかし、やるなワルサー! あの死神殺しを、ああも言いくるめるとは! いやあ、見応えがあったぜ!」
そんな彼を横目に、
「特に、大人しくお家に帰れってところが、最高に——痛ッ!! な、なにすんだワルサー!!」
ワルサーは、ハイエナの尻に目がけて腕を振り抜いた。
もちろん、最大限の手心を加えて。
「あなた……、私が出て行かなかったら、本気で死神殺しとやり合ってたですねえ?」
「い、いやあ、さすがにそんなガキな真似は……」
「ひとつ、言っておきますが。 今回は、あなたにも多少の非があると思いますですよ……?」
禍々しい威圧感を漂わせたワルサーは、指で尻を捻る追撃を加える。
人外の力による体罰。
とんでもない激痛に、ハイエナはたまらず絶叫した。
「いでででで——ッ!!! 尻がッ、尻がもげるッ!! ……わ、悪かった! 悪かったってぇぇ!!」
「よろしい」
反省の言葉を聞き届けると、ぱっ、と解放するワルサー。
「……でも。もしですよ? もし、本当に死神殺しと交戦したとして、ハイエナは勝てる確証がありますか?」
彼女は、地面に突っ伏すハイエナを尻目に、夜空を見上げながらそんな問いを投げた。
ハイエナは、即座に答える。
「勝つに決まってんだろ! あいつとは、何べんも肩を並べて戦ってきたんだ。 もちろん弱みも知ってる。 それに、俺とお前ならやれるさ。 だろっ!?」
彼の返答と、屈託なく笑う口もとを見て、ワルサーはどこかほっとしたような笑みを浮かべる。
「……そうですねっ」
「さあて。 まずはハイエナらしく、死体の掃除をしましょうかねー、と」
静寂を取り戻した夜空の下、ハイエナは両腕を頭の上で組ませて伸びをした。
「ハイエナ。 仕事が終わったら、一杯やりませんか?」
「おうっ。 んじゃ、ちゃちゃっと終わらせますか!」
箱庭の掃除屋。
深夜の任務開始——。




