↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死神のハコニワ  作者: 万能包丁の刃
死神殺し
6/7

死神を殺す男

 “死神ギルド”。


 死神と契約を交わした者が集う、犯罪集団の名称だ。


 窃盗や強盗殺人。

 その他、収集した情報や麻薬の売買、死神を商品にした違法風俗の運営など、悪逆の限りを尽くている大罪の集合体。


 常識を超えた力を振るい、犯行を終えると姿を消す事ができる死神。

 犯罪の遂行において、これほど打ってつけの存在はない。

 契約者は、安全な場所でくつろいでいればいいのだから。

 そういった目的で、死神と契約する愚かな人間は数知れず。


 契約者が集うチームの中でも、死神ギルドは破格の規模を誇っており、勢力図の中で頭一つ抜きん出ている。

 属する者のほとんどは、何らかの事情を抱えて後がなくなり、仕方なしに契約者となったケースが過半数だ。


 月末になると、メンバーの全員がそれぞれの収穫を持ち寄り、幹部が総計する。

 その後、各々に与えられたランクに応じて、報酬が支払われる仕組み。

 もし、中層のランクにでものし上がれたのなら、真面目に働いていては決して稼げない額の報酬が与えられた。

 故に、どれだけ犯罪に手を染める事になろうとも、死神ギルドに加入する契約者は後を絶たない。


 ちなみに、収穫の持逃げやギルドの拠点を漏らす行為は御法度。

 それらを破り発覚した場合には、同胞から死ぬ事すら生温い罰を下される。


「くそっ……、なんだってんだ! せっかく上手い具合に事が運んでたってのに!」


 眉間に皺を寄せて歯噛みする青年。

 四月の深夜帯。

 冷たい風が、びゅんびゅん、と全身に突き刺さる。

 耳が千切れてしまいそうなくらいに痛んだ。


「ユウジ、しっかり捕まれ。 さらに加速するぞ……!」


 死神はそう言うと、走る速度を上げる。

 道路を全力疾走する死神は、さながらスポーツカーのようであった。


 死神の肩に乗る彼——ユウジと呼ばれた青年の顔に、暴力的なまでの風圧が直撃する。

 たまらず腕で風を遮った。


 彼は、数日前に死神と契約を交わして、死神ギルドに加入した新参者。

 手始めにと、コンビニのレジ金を強奪するという、超入門のミッションを与えられた。


 死神が無事に金銭を奪い、近所の公園で待っていたユウジと合流。

 そのまま帰宅すれば、本日のミッションは無事完了……、のはずだったのだが、合流地点の公園に突如として現れたのだ。

 ギルドが危険視している契約者の中でも、三本指に入る狂人が。


「……なあ、あの身の丈以上にデカい鎌を持っていた死神ってのが、ギルドの言っていた要注意人物——“死神殺し”ってヤツなのかよ?」

「俺も詳しくは知らん。だが、おそらくは」


 死神の返答を聞いて、彼は身を震わせる。

 もちろん、寒いからではない。

 身の毛のよだつような恐怖で、だ。


 ギルドに加入した日。

 おおまかなルールと禁則事項を説明されたあとに、付け加えて要注意人物について警告された。


 死神殺し(しにがみごろ)。


 自身も死神と契約している身でありながら、手当たり次第に死神を殺して回っている異端の存在。

 彼の所業は、言わば同族殺しのようなもの。

 相棒の死神は、小柄な体には不釣り合いの、馬鹿げているほどに巨大な鎌を持っているのが特徴。


 万が一出会ってしまった場合には、脇目も振らずにとにかく逃げろ。

 とは言っても、並々ならぬ執念で猛追してくる死神殺しから無事に逃げ仰た者は、ほぼいないに等しい。


「あれ? ははっ……、もしアイツが本当に死神殺しだとしたら、俺らって詰んでんじゃねーか?」


 苦笑混じりにそう言うと、ユウジは全身から血の気が引いていくような絶望感を味わう。


 冗談じゃない。

 まだ、何もできていない。

 大金を稼いで、借金に片をつけて、両親に苦労をかけた分の借りをきっちり返す。

 すべてが済んだら、大事な妹を遊園地にでも連れて行き、存分に遊ばせてあげたい。


 心中で念仏のようにそう唱え続けて、自分は絶対に死なない、と生きる決意を固める。

 その矢先、


「——グゥッ!?」


 死神は不意をつかれたように息を漏らし、脚を止める。

 巨体が、地面を滑走した。


 ユウジの体が前後左右に激しく揺れる。

 死神が支えていなければ、楽々に十数メートル程吹き飛んでいるであろう衝撃だった。


 辺りを見渡してみると、見晴らしのいい広場。

 今は人の気配がないものの、昼間の時間帯ならば、老若男女問わず多くの人で溢れていそうな場所だ。


「おいッ、どうした!?」

「……ッ」


 なんだよ、なんか言えよ、と。

 ユウジは、心の中で悪態をつきつつ死神を見ると、遥か上空を凝視していた。

 表情こそ髑髏の仮面で隠れているものの、その向こうでは、戦慄の表情を浮かべているに違いない。

 それほどまでに、緊張感が伝わる息遣いに変わっていた。


 ざんっ、ざんっ、と。

 空気を引き裂くような、奇怪な音だった。

 それが遠くから聞こえたかと思うや否や、こちらへ近づいてくる。

 徐々に、全身の毛という毛が自ずと逆立つ。

 生物としての本能が、危険だと察知していた。


「な、なんだってんだ……!?」

「ユウジ、飛ぶぞ! しっかり掴まれッ!!」

「は?——おわッ!?」


 ぐわん、と視界が揺れた。

 死神が巨体を真後ろに翻させて、大きく跳ぶ。

 すると、広場の奥に位置する森林地帯から、不気味な音の正体が、街灯に照らされて現れた。


 思わず、息を呑む。

 暴風を引き連れて、綺麗な円の軌道を描いて回転するそれは——鎌だった。

 おそらく、二メートル以上はあるであろう、圧倒的に巨大な鎌。

 刃の部分は歪にうねっており、持ち手となる柄も同様。

 あまりにも歪過ぎて扱いづらそうな鎌は、ぐねぐねとうねる大蛇の怪物そのもの。

 それが、凄まじい速度で迫り来るのだから、生きた心地がしなかった。


「おいおいおいおいっ、あんなのに当たったら、痛いじゃ済まねぇよなあ!? 死んじまうって!!」

「だろうなッ……!」


 当たり前だろう、と言いたげに死神は言葉を吐き捨てた。


「絶対避けろよ! いいか、絶対にだぞ!!」

「わかっている!」


 なんてやり取りをしていると、すでには鎌は目前。

 竜巻のように暴れるそれを、小汚いローブをばさり、と持っていかれながらも、体を捻って寸前で回避。

 標的を失った鎌は、それでも尚暴れ狂い、地面を深く抉ってようやく動きを止めた。


 「……た、助かった、のか?」


 ユウジが胸を撫で下ろそうとするや否や。

 安堵の吐息などをつく暇すら与えない、と告げるかのように。

 何処からともなく現れた小柄なローブが、天を仰いでいる柄の上に、小さな足を下ろした。


 ふわり、と。

 フードからはみ出た長い髪の毛が、宙を舞い踊りながら、月光を浴びると煌めいて輝く。

 気を抜けば、いつまでも見惚れてしまいそうだった。


 しかし、顔には髑髏の仮面。

 こちらをつけ狙う死神、敵だ。

 その小柄な身体に、不釣り合いなほど巨大な鎌。

 聞いていた特徴と合致している。


「あ、あいつが……!」


 どんな馬鹿でも、一目で理解できるだろう。

 その圧倒的な格の違いを。

 小柄な身体から放出されるのは、気迫のみで敵を押し潰さんとする重圧。

 とてつもない圧迫感に、自然と胃液がこみ上げる。


「……本当に、逃げても逃げきれないのだな」


 死神は、舌打ちをひとつすると、異常なまでに姿勢を低くする。

 覚悟を決めたかのように拳を握り締めると、全身が闘志で膨張していた。


「お、おいっ……、まさか!」

「ユウジ。 これ以上逃げたところで、やつからは逃げきれんよ。 故に、殺られる前に殺る。 それしかないのだ」


 相手を射抜くような鋭い視線は、鎌の主に向けられている。

 その様は、肉食獣が眼前の獲物を狩ろうとする前の、張り詰めた緊迫感と静けさの如く。


「もう、それしか手はないってのかよ……!」

「ないな。 覚悟を決めろ、ユウジ」

「……やれるのか?」

「家族の元へ帰りたいのだろう? ……ならば、やるさ。 俺も、こんな所でくたばるつもりはないッ!!!」


 轟ッ——!!


 突風が巻き起こった。

 耳をつんざくような音を立てて、地面を割りながら駆ける死神。

 さながら、空を走る雷のようだ。


 人間の目で捉える事を許さない、人外の機動。

 街灯から街灯へ。

 街灯から木の影へ。

 目にも止まらぬ速さで、着実に距離を詰めた。


 対する鎌の死神は、実に落ち着いた所作で着地する。

 敵対する死神を、さほど脅威に感じていないのか。

 小虫が自分の周りを飛んでいる、くらいの振る舞いだ。

 華奢な手で柄を握り締めると、二メートルを越える鎌を引っ張り抜く。


 まさに、非現実的で出鱈目。

 漫画の一ページでも、見せられているかのような光景だった。


「はッ、舐められたものだな……、随分と余裕があるようじゃないかッ!!」


 苦虫を噛み潰したかのような、苦々しい声を漏らす死神。


「……ええ」


 余裕綽々な鎌の死神の背後に姿を現す。

 すでに右拳が握り締められており、矢を放つ寸前の弓の弦のように、ぎりぎり、と引き絞られている。

 その豪腕を解放すれば、いくら化け物と言えど骨は砕け、肉が裂けて、吹き飛ぶのは必然。


 空気を裂くように。

 拳という名の矢が、鎌の死神へと放たれた。

 凄まじい余波によって、土煙が噴き上がる。


「事実、余裕ですので——!」

「——ガッ!?」


 裏拳。

 死神の拳よりも、さらに速く繰り出されたのは左の裏拳だった。

 死神の顔面に拳が突き刺さる。

 吹き飛んでいたのは、ユウジの死神の方だった。


「……はあ!?」


 開いた口が閉まらなかった。


 物凄い速度で宙を舞う死神が、弧を描いて地面に墜ちる。

 それでも衝撃は収まらず。

 数十メートルの距離をのたうち回ったあとに、ようやく動きを止めると、肉塊に近い無惨な姿になっていた。


 ただの一撃で、勝敗は決してしまった。

 なんと呆気のない幕切れ。

 呆然と立ち尽くすユウジの心臓に、刺さるような痛みが走った。


「ぐあッ!?」


 気を失いかねない痛み。

 乱れる意識の中で、死神を失った契約者の末路を、まるで走馬灯のように思い出だす。


 死神と契約した人間は、代償として魂を喰われる。

 契約者の魂を喰うことによって、死神は超常的な力を発揮する。

 死神にすべての魂を喰われると、契約者は死ぬ。

 なにかしらの状況で死神を失った場合、契約者も同時に死ぬ。


「ば……化け物、がァッ……!」


 死を間近にした浅い呼吸の中で、死神が怨嗟の声をひねり出した。

 顔面が歪み、四肢があらゆる方向に、痛々しく捻れている。

 髑髏の仮面が酷くひび割れていて、崩れ落ちる寸前だ。


「……? 可笑しなことを言う。あなたも、同じ化け物でしょう?」

「何故、だ……! 何故、貴様はッ! 同じ死神を、殺すッ!?」

「死神を殺し尽くす事こそが、我が主人(あるじ)の願いだから。 それ以上でもそれ以下でもありません」


 鎌の死神は、髑髏の仮面の向こうでぽつり、と呟くように。

 無感情な声音で、静かに言い放った。


 思わず、耳を疑ってしまった。

 なんて酔狂な人間だ、と死神は愕然とする。

 この国に、どれだけの契約者と死神がいるのか。

 それは、今や誰にもわからないのが現状。

 こんな状況の中で、死神を根絶やしにしようなど、狂気の沙汰としか言いようがないのだ。


「……な、んと、途方もない、願いだな……」

「なので、あなたには消えてもらいます」


 淡白な口調でそう言うと、巨大な鎌を軽々と振り上げる。

 ぎらぎらと刀身を輝かせる鎌は、まるで獲物を前に舌なめずりをする蛇の化け物。

 そこに、躊躇いの感情は一切ない。

 殺しに対する恐れもない。

 次の瞬間には、当然の如く鎌を振り下ろすだろう。

 死神には、それを避ける余力など残っていない。

 むしろ、早く楽にしてくれと言わんばかりの様子だ。

 死神ギルドの教えが、つまらない冗談の類でなければ、死神と共にユウジは死ぬ。


「あッ、まッ……!!」


 声にならない声を上げて、彼は必死に手を伸ばす。


 待ってくれ。

 自分の帰りを待ってくれている、大事なひとがいるんだ、と。


 しかし、無慈悲にも鎌は振り下ろされる。

 死にかけの獲物を喰らい、息の根を止める。

 飛び散る血飛沫。

 頭頂部から股まで両断される死神。

 すると、そもそも最初から存在していなかったかのように。

 肉体も、血も、ローブも、仮面も跡形なく。

 皮肉にも、幻想的な様相で消え失せてしまう。

 それと同時に、ユウジの心臓が確かな悲鳴を上げた。


「ああ……、どうして、こうなっちまったんだ。 なあ、ま——」


 ぐしゃり、と潰れる音を聞きながら、彼の意識はそこで途絶えた。


 全身の穴という穴から、血液を噴き出して地面に突っ伏す死体。

 鮮血の海が、夜空に浮かぶ月を写し出す。

 真紅の三日月だ。


「ご苦労だったな、リク。 後始末はハイエナに任せよう」


 森林地帯から一人の男が現れる。

 大仰に労う彼も同様に、漆黒のローブを身に纏い、顔には髑髏の仮面を嵌めている。

 鎌の死神——リクの主人であり、彼こそが死神殺しなる人物であった。


「はい、主人」


 リクは静かに頷くと、主人である死神殺しの方へ歩み寄った。


 この世の死神を殺し尽くす。

 それがどれだけ途方もない夢物語なのか。

 それは、彼女も痛いほど理解しているのだ。

 しかし、それが主人の望む理想郷であるのなら。

 粉骨砕身。

 全身全霊で、その願いに近づけるように、同族である死神を殺し続ける。

 すべては、主人のために。

 孤独な死神殺しに寄り添う事ができるのは、もう自分の他にいないのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。