死神を殺す男
“死神ギルド”。
死神と契約を交わした者が集う、犯罪集団の名称だ。
窃盗や強盗殺人。
その他、収集した情報や麻薬の売買、死神を商品にした違法風俗の運営など、悪逆の限りを尽くている大罪の集合体。
常識を超えた力を振るい、犯行を終えると姿を消す事ができる死神。
犯罪の遂行において、これほど打ってつけの存在はない。
契約者は、安全な場所でくつろいでいればいいのだから。
そういった目的で、死神と契約する愚かな人間は数知れず。
契約者が集うチームの中でも、死神ギルドは破格の規模を誇っており、勢力図の中で頭一つ抜きん出ている。
属する者のほとんどは、何らかの事情を抱えて後がなくなり、仕方なしに契約者となったケースが過半数だ。
月末になると、メンバーの全員がそれぞれの収穫を持ち寄り、幹部が総計する。
その後、各々に与えられたランクに応じて、報酬が支払われる仕組み。
もし、中層のランクにでものし上がれたのなら、真面目に働いていては決して稼げない額の報酬が与えられた。
故に、どれだけ犯罪に手を染める事になろうとも、死神ギルドに加入する契約者は後を絶たない。
ちなみに、収穫の持逃げやギルドの拠点を漏らす行為は御法度。
それらを破り発覚した場合には、同胞から死ぬ事すら生温い罰を下される。
「くそっ……、なんだってんだ! せっかく上手い具合に事が運んでたってのに!」
眉間に皺を寄せて歯噛みする青年。
四月の深夜帯。
冷たい風が、びゅんびゅん、と全身に突き刺さる。
耳が千切れてしまいそうなくらいに痛んだ。
「ユウジ、しっかり捕まれ。 さらに加速するぞ……!」
死神はそう言うと、走る速度を上げる。
道路を全力疾走する死神は、さながらスポーツカーのようであった。
死神の肩に乗る彼——ユウジと呼ばれた青年の顔に、暴力的なまでの風圧が直撃する。
たまらず腕で風を遮った。
彼は、数日前に死神と契約を交わして、死神ギルドに加入した新参者。
手始めにと、コンビニのレジ金を強奪するという、超入門のミッションを与えられた。
死神が無事に金銭を奪い、近所の公園で待っていたユウジと合流。
そのまま帰宅すれば、本日のミッションは無事完了……、のはずだったのだが、合流地点の公園に突如として現れたのだ。
ギルドが危険視している契約者の中でも、三本指に入る狂人が。
「……なあ、あの身の丈以上にデカい鎌を持っていた死神ってのが、ギルドの言っていた要注意人物——“死神殺し”ってヤツなのかよ?」
「俺も詳しくは知らん。だが、おそらくは」
死神の返答を聞いて、彼は身を震わせる。
もちろん、寒いからではない。
身の毛のよだつような恐怖で、だ。
ギルドに加入した日。
おおまかなルールと禁則事項を説明されたあとに、付け加えて要注意人物について警告された。
死神殺し。
自身も死神と契約している身でありながら、手当たり次第に死神を殺して回っている異端の存在。
彼の所業は、言わば同族殺しのようなもの。
相棒の死神は、小柄な体には不釣り合いの、馬鹿げているほどに巨大な鎌を持っているのが特徴。
万が一出会ってしまった場合には、脇目も振らずにとにかく逃げろ。
とは言っても、並々ならぬ執念で猛追してくる死神殺しから無事に逃げ仰た者は、ほぼいないに等しい。
「あれ? ははっ……、もしアイツが本当に死神殺しだとしたら、俺らって詰んでんじゃねーか?」
苦笑混じりにそう言うと、ユウジは全身から血の気が引いていくような絶望感を味わう。
冗談じゃない。
まだ、何もできていない。
大金を稼いで、借金に片をつけて、両親に苦労をかけた分の借りをきっちり返す。
すべてが済んだら、大事な妹を遊園地にでも連れて行き、存分に遊ばせてあげたい。
心中で念仏のようにそう唱え続けて、自分は絶対に死なない、と生きる決意を固める。
その矢先、
「——グゥッ!?」
死神は不意をつかれたように息を漏らし、脚を止める。
巨体が、地面を滑走した。
ユウジの体が前後左右に激しく揺れる。
死神が支えていなければ、楽々に十数メートル程吹き飛んでいるであろう衝撃だった。
辺りを見渡してみると、見晴らしのいい広場。
今は人の気配がないものの、昼間の時間帯ならば、老若男女問わず多くの人で溢れていそうな場所だ。
「おいッ、どうした!?」
「……ッ」
なんだよ、なんか言えよ、と。
ユウジは、心の中で悪態をつきつつ死神を見ると、遥か上空を凝視していた。
表情こそ髑髏の仮面で隠れているものの、その向こうでは、戦慄の表情を浮かべているに違いない。
それほどまでに、緊張感が伝わる息遣いに変わっていた。
ざんっ、ざんっ、と。
空気を引き裂くような、奇怪な音だった。
それが遠くから聞こえたかと思うや否や、こちらへ近づいてくる。
徐々に、全身の毛という毛が自ずと逆立つ。
生物としての本能が、危険だと察知していた。
「な、なんだってんだ……!?」
「ユウジ、飛ぶぞ! しっかり掴まれッ!!」
「は?——おわッ!?」
ぐわん、と視界が揺れた。
死神が巨体を真後ろに翻させて、大きく跳ぶ。
すると、広場の奥に位置する森林地帯から、不気味な音の正体が、街灯に照らされて現れた。
思わず、息を呑む。
暴風を引き連れて、綺麗な円の軌道を描いて回転するそれは——鎌だった。
おそらく、二メートル以上はあるであろう、圧倒的に巨大な鎌。
刃の部分は歪にうねっており、持ち手となる柄も同様。
あまりにも歪過ぎて扱いづらそうな鎌は、ぐねぐねとうねる大蛇の怪物そのもの。
それが、凄まじい速度で迫り来るのだから、生きた心地がしなかった。
「おいおいおいおいっ、あんなのに当たったら、痛いじゃ済まねぇよなあ!? 死んじまうって!!」
「だろうなッ……!」
当たり前だろう、と言いたげに死神は言葉を吐き捨てた。
「絶対避けろよ! いいか、絶対にだぞ!!」
「わかっている!」
なんてやり取りをしていると、すでには鎌は目前。
竜巻のように暴れるそれを、小汚いローブをばさり、と持っていかれながらも、体を捻って寸前で回避。
標的を失った鎌は、それでも尚暴れ狂い、地面を深く抉ってようやく動きを止めた。
「……た、助かった、のか?」
ユウジが胸を撫で下ろそうとするや否や。
安堵の吐息などをつく暇すら与えない、と告げるかのように。
何処からともなく現れた小柄なローブが、天を仰いでいる柄の上に、小さな足を下ろした。
ふわり、と。
フードからはみ出た長い髪の毛が、宙を舞い踊りながら、月光を浴びると煌めいて輝く。
気を抜けば、いつまでも見惚れてしまいそうだった。
しかし、顔には髑髏の仮面。
こちらをつけ狙う死神、敵だ。
その小柄な身体に、不釣り合いなほど巨大な鎌。
聞いていた特徴と合致している。
「あ、あいつが……!」
どんな馬鹿でも、一目で理解できるだろう。
その圧倒的な格の違いを。
小柄な身体から放出されるのは、気迫のみで敵を押し潰さんとする重圧。
とてつもない圧迫感に、自然と胃液がこみ上げる。
「……本当に、逃げても逃げきれないのだな」
死神は、舌打ちをひとつすると、異常なまでに姿勢を低くする。
覚悟を決めたかのように拳を握り締めると、全身が闘志で膨張していた。
「お、おいっ……、まさか!」
「ユウジ。 これ以上逃げたところで、やつからは逃げきれんよ。 故に、殺られる前に殺る。 それしかないのだ」
相手を射抜くような鋭い視線は、鎌の主に向けられている。
その様は、肉食獣が眼前の獲物を狩ろうとする前の、張り詰めた緊迫感と静けさの如く。
「もう、それしか手はないってのかよ……!」
「ないな。 覚悟を決めろ、ユウジ」
「……やれるのか?」
「家族の元へ帰りたいのだろう? ……ならば、やるさ。 俺も、こんな所でくたばるつもりはないッ!!!」
轟ッ——!!
突風が巻き起こった。
耳をつんざくような音を立てて、地面を割りながら駆ける死神。
さながら、空を走る雷のようだ。
人間の目で捉える事を許さない、人外の機動。
街灯から街灯へ。
街灯から木の影へ。
目にも止まらぬ速さで、着実に距離を詰めた。
対する鎌の死神は、実に落ち着いた所作で着地する。
敵対する死神を、さほど脅威に感じていないのか。
小虫が自分の周りを飛んでいる、くらいの振る舞いだ。
華奢な手で柄を握り締めると、二メートルを越える鎌を引っ張り抜く。
まさに、非現実的で出鱈目。
漫画の一ページでも、見せられているかのような光景だった。
「はッ、舐められたものだな……、随分と余裕があるようじゃないかッ!!」
苦虫を噛み潰したかのような、苦々しい声を漏らす死神。
「……ええ」
余裕綽々な鎌の死神の背後に姿を現す。
すでに右拳が握り締められており、矢を放つ寸前の弓の弦のように、ぎりぎり、と引き絞られている。
その豪腕を解放すれば、いくら化け物と言えど骨は砕け、肉が裂けて、吹き飛ぶのは必然。
空気を裂くように。
拳という名の矢が、鎌の死神へと放たれた。
凄まじい余波によって、土煙が噴き上がる。
「事実、余裕ですので——!」
「——ガッ!?」
裏拳。
死神の拳よりも、さらに速く繰り出されたのは左の裏拳だった。
死神の顔面に拳が突き刺さる。
吹き飛んでいたのは、ユウジの死神の方だった。
「……はあ!?」
開いた口が閉まらなかった。
物凄い速度で宙を舞う死神が、弧を描いて地面に墜ちる。
それでも衝撃は収まらず。
数十メートルの距離をのたうち回ったあとに、ようやく動きを止めると、肉塊に近い無惨な姿になっていた。
ただの一撃で、勝敗は決してしまった。
なんと呆気のない幕切れ。
呆然と立ち尽くすユウジの心臓に、刺さるような痛みが走った。
「ぐあッ!?」
気を失いかねない痛み。
乱れる意識の中で、死神を失った契約者の末路を、まるで走馬灯のように思い出だす。
死神と契約した人間は、代償として魂を喰われる。
契約者の魂を喰うことによって、死神は超常的な力を発揮する。
死神にすべての魂を喰われると、契約者は死ぬ。
なにかしらの状況で死神を失った場合、契約者も同時に死ぬ。
「ば……化け物、がァッ……!」
死を間近にした浅い呼吸の中で、死神が怨嗟の声をひねり出した。
顔面が歪み、四肢があらゆる方向に、痛々しく捻れている。
髑髏の仮面が酷くひび割れていて、崩れ落ちる寸前だ。
「……? 可笑しなことを言う。あなたも、同じ化け物でしょう?」
「何故、だ……! 何故、貴様はッ! 同じ死神を、殺すッ!?」
「死神を殺し尽くす事こそが、我が主人の願いだから。 それ以上でもそれ以下でもありません」
鎌の死神は、髑髏の仮面の向こうでぽつり、と呟くように。
無感情な声音で、静かに言い放った。
思わず、耳を疑ってしまった。
なんて酔狂な人間だ、と死神は愕然とする。
この国に、どれだけの契約者と死神がいるのか。
それは、今や誰にもわからないのが現状。
こんな状況の中で、死神を根絶やしにしようなど、狂気の沙汰としか言いようがないのだ。
「……な、んと、途方もない、願いだな……」
「なので、あなたには消えてもらいます」
淡白な口調でそう言うと、巨大な鎌を軽々と振り上げる。
ぎらぎらと刀身を輝かせる鎌は、まるで獲物を前に舌なめずりをする蛇の化け物。
そこに、躊躇いの感情は一切ない。
殺しに対する恐れもない。
次の瞬間には、当然の如く鎌を振り下ろすだろう。
死神には、それを避ける余力など残っていない。
むしろ、早く楽にしてくれと言わんばかりの様子だ。
死神ギルドの教えが、つまらない冗談の類でなければ、死神と共にユウジは死ぬ。
「あッ、まッ……!!」
声にならない声を上げて、彼は必死に手を伸ばす。
待ってくれ。
自分の帰りを待ってくれている、大事なひとがいるんだ、と。
しかし、無慈悲にも鎌は振り下ろされる。
死にかけの獲物を喰らい、息の根を止める。
飛び散る血飛沫。
頭頂部から股まで両断される死神。
すると、そもそも最初から存在していなかったかのように。
肉体も、血も、ローブも、仮面も跡形なく。
皮肉にも、幻想的な様相で消え失せてしまう。
それと同時に、ユウジの心臓が確かな悲鳴を上げた。
「ああ……、どうして、こうなっちまったんだ。 なあ、ま——」
ぐしゃり、と潰れる音を聞きながら、彼の意識はそこで途絶えた。
全身の穴という穴から、血液を噴き出して地面に突っ伏す死体。
鮮血の海が、夜空に浮かぶ月を写し出す。
真紅の三日月だ。
「ご苦労だったな、リク。 後始末はハイエナに任せよう」
森林地帯から一人の男が現れる。
大仰に労う彼も同様に、漆黒のローブを身に纏い、顔には髑髏の仮面を嵌めている。
鎌の死神——リクの主人であり、彼こそが死神殺しなる人物であった。
「はい、主人」
リクは静かに頷くと、主人である死神殺しの方へ歩み寄った。
この世の死神を殺し尽くす。
それがどれだけ途方もない夢物語なのか。
それは、彼女も痛いほど理解しているのだ。
しかし、それが主人の望む理想郷であるのなら。
粉骨砕身。
全身全霊で、その願いに近づけるように、同族である死神を殺し続ける。
すべては、主人のために。
孤独な死神殺しに寄り添う事ができるのは、もう自分の他にいないのだから。




