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死神のハコニワ  作者: 万能包丁の刃
プロローグ
4/10

茉瑠奈と友恵・前編

 春の朝日を浴びながら、私は眠たい目を擦る。

 冷たい空気が体の芯まで凍てつかせるので、おかげで眠気も少しは冷めた。

 電線で羽を休める小鳥達の忙しない合唱を聞きながら、それを眺めてあくび混じりに歩を進める。


 長い長い坂道。

 私の通う学校へと続く通学路。

 前と後ろ。

 同じく通学する学生達が、やはり半開きの眼で白い息を吐きながら歩いている。

 それでも、中には元気に談笑している人達もいるので、朝が強くて良いなあ、と心底羨んだ。


 立派に花びらを蓄えた桜の樹が、惜しげもなくそれを散らしている。

 本日は快晴。

 気持ちの良い朝だった。


 どこまでも広がる、雲ひとつ無い鮮やかな青空に、燦々と輝く太陽がぽっかりと浮かんでいる。


 このまま、空まで飛んでいけたのなら、学校に行かなくていいのにな。

 つまらない授業を受けなくてもいいのになあ。

 なんて、幼い妄想を膨らませていく内に、なんだか可笑しくなって一人で笑っていた。


 坂を登りきる。

 自宅から学校まで、ちょうど中間地点に位置する、見通しの良い大きな十字路に到着。

 そこで、私は一息ついて足を止めた。


 この地点は、親友との待ち合わせ場所。

 ここで落ち合って、肩を並べて学校へ行くのが私達の日課だった。


 私は、ベージュ色のスクールコートのポケットから携帯を取り出す。

 ディスプレイに表示された時刻は、七時四十五分。


「ちょっと早く着いちゃったなあ」


 ディスプレイとにらめっこして、私はむう、と唸る。

 待ち合わせの時間は、八時ちょうどだ。

 約十五分も早く、待ち合わせの場所に到着してしまったらしい。

 恥ずかしいことに、いつもなら時間ぎりぎり。

 むしろ数分ほど親友を待たせてしまい、慌ただしい登校になってしまうのが恒例行事なんだけど。


 主な理由は二度寝。

 私は、朝にとことん弱い。

 それなら早く床に就けばいい、単純な話。

 でも、趣味の絵を描いていたりすると、ついつい遅くなってしまって。


 今日の朝は、お母さんによる決死の妨害作戦に打ち負けて、二度寝を阻止されてしまった。

 それで、普段のサイクルが早まってしまい、いつもより早めの到着というわけだ。


「ゆっくり待とう」


 一人呟きながら、車道と歩道を隔てるガードレールに腰を下ろす。

 お尻が冷たい。


 でも、花見気分で桜を眺めながら、ゆったりと親友の到着を待つのも悪くはない。


 首に巻いたマフラーにスクールコート。

 それと、手にはめた手袋。

 可能な限りの防寒具を装備しているけど、それでも今日は一層冷え込んでいて。

 風が吹くと、やはり寒い。

 私は手と手を擦り合わせ、息を吐いて温めた。


 そんな私をよそ目に、桜の花びらが楽しそうに不規則な軌道を描いて、やがて歩道に落ちる。

 穏やかな朝の一景。

 すっかり眺めふけっていた私の肩を、誰かが軽くつついた。

 たったそれだけなのに。

 私は、犯人が誰なのかすぐにわかってしまう。

 自分でも、たちまち笑顔に変わっていくのがよくわかる。


「おはようっ、友恵(ともえ)」


 言いながら、つつかれたほうを向くと、やはり予想は的中していた。


 儚気な春の景色なんて、今にも吹き飛ばしてしまいそうなくらいの。

 高校生とはかけ離れた美貌の持ち主。

 それなのに、目の前の女の子は無自覚な美しさなんていざ知らず、白昼堂々と鼻水を垂らしている幼さ。

 人目を惹きつける美しさと、どこかまだ幼いアンバランスさが同居する、綺麗な女の子が立っていた。

 彼女は友恵、私の親友だ。


「おはよう、茉瑠奈(まるな)。 ……今日はさびぃね」


 茉瑠奈。

 私の名前だ。


 友恵はぶっきら棒にそう言いながら、乙女にあるまじき音を立てて鼻をすすっている。

 豪快な彼女を見て、私は思わず吹き出してしまった。


 制服の上から、緑色のコートを羽織っていて。

 小鹿のように細いけど筋肉質な、しなやかに伸びた足を黒のニーソックスで包む。

 赤いマフラーを口元まで巻きつけて、がちがちの完全防備。

 それでも友恵は、両手をコートのポケットに入れて、肩くらいまで伸びた髪と一緒に、小刻みに震えている。

 友恵は、昔から寒がりだった。


「寒そうだねえ」

「うん、寒いよ。 ……なに、茉瑠奈は寒くないの?すごいねっ」


 すごいね、なんて。


 切れ長で綺麗な瞳を真ん丸にすると、友恵は白い息を吐きながら心底驚いている様子。

 まるで、自分が人外の存在——噂の死神になってしまったんじゃないか、と思ってしまうほど。

 大袈裟なくらい、見事な驚きっぷりだ。


「えへへ、そりゃあ私だって寒いよ。 でも、友恵ほどじゃないかなあ」


 言いながら、友恵の白い手を取って自分の手と擦り合わせる。

 すっかり冷え切った手に、私の体温と友恵の体温とが交わって、次第にぽかぽかと暖まっていくのがわかる。

 初めはきょとんとした様相で、されるがままだった友恵が目を細めて微笑む。


「ありがとう、茉瑠奈。 だいぶ暖まったかな」


 口数が多い方ではなくて、あまり表情を変えない友恵は、冷たいイメージを持たれやすい。

 よく小耳に挟む言葉を簡潔にまとめると、なんだか近寄り難い存在なんだとか。

 だけど、親友である私はよく知っている。

 友恵は、笑うと本当に可愛くて、綺麗な女の子なのだ。

 その事実を知っている人が少ないというのは、なんだか寂しい。

 けど、友恵をよく知る親友の特権。

 なんて気もして、なんだか優越感。


「将来、茉瑠奈と結婚する男は、きっと幸せなんだろうねー」

「へっ!? どうしたの、急に?」


 思いもよらない友恵の言葉に、私は鳩が豆鉄砲を食ったような表情になってしまう。

 にししと笑う友恵は、歩き出す。

 方角は、私達の通う学校だ。


「あ、待ってよ、友恵!」


 すたすた歩いて行ってしまう友恵に、私は慌ててついて行く。


「茉瑠奈は、私と違って女の子らしい。 ふわふわな髪の毛とか、真ん丸い目とか……、お人形さんみたいで可愛い」

「ええっ? そ、そんなこと……」

「それに、よく気配りもできるし、明るいし、料理上手だし優しいし。

 将来、男に尽くしてあげる、良いお嫁さんになるだろうなって思ったの、今」

「……そうかなあ。 わ、私なんか、別に」

「その、私なんて、とか、私なんか、とか。 良くないよ」


 淡々と、頬が熱くなるような言葉を並べていく友恵。

 なんだかむず痒い。

 けど、言葉は耳に入っていくものの、頭で合致しない。

 そんな自覚なんてないし、正直友恵の買い被り過ぎだと思う。


「私、知ってるよ。 二年生に上がってから、もう何人かに告白されてるでしょ?」

「へっ?」


 心臓が、きゅっ、と音を立てて窄まる。

 息が止まるかと思った。


「……し、知ってたんだ」

「そりゃあ、私は茉瑠奈の親友ですからね」


 友恵の言う通り、告白された。


 他クラスの、バスケットボール部とサッカー部の男の子とか。

 すごく成績優秀な、同じクラスの男の子。

 でもなんだか気恥ずかしくて、友恵には言えずじまいでいた。


 まさか、知られていたなんて。

 でも、学校というネットワークの狭い環境。

 それだけ噂が広まるのは早いだろうし、当然と言えば当然のことなんだろうけど。

 私は、いたたまれなくなって顔を俯かせる。


「ご、ごめんね。 隠そうとしてたわけじゃないんだけど……、なんだか言いづらくて」

「ううん、それは気にしてないけど。 誰とも付き合ってないんだね」

「……う、うん」

「私の知ってる限りだと、顔は悪くないやつばっかなのに。 あ、もっと格好いいのが良いんだ? 茉瑠奈って、意外と面食い?」


 友恵はそう言うと、いたずらっぽい笑みを浮かべていた。

 私は、慌てて手を振る。


「格好良い、格好悪いとかじゃなくてっ。 その、なんて言うのかなあ……、なんか、違うなって。 そう思ったから、断ったのっ!」

「ふうん、なんか違うか。 要するに、茉瑠奈にとって、あの中で付き合いたいって思える人がいなかったわけね」


 うんうん、と頷きながら顎に指を添える友恵。


「ま、まあ、そんな感じかな」


 みんな、格好良い人達だった。

 お近づきになりたい女の子も、たくさんいるんだって聞いてた。

 だからこそ、私じゃ釣り合わないと思った。

 この人達には、もっと相応しい人がいるはずだって。

 断った理由は、それに尽きる。


 昔から、自分に自信が持てない。

 引っ込み思案で、上手く自分を主張できなくて。

 よく笑顔が良いって言われるけれど、それは自己主張ができなくて、笑って誤魔化しているだけに過ぎない。

 勉強も優秀ってわけではないし、言わずもがな運動は壊滅的。

 得意と言えるものは、料理と裁縫。

 あと、昔から好きだった絵を描くこと。


 そんな具合で。

 つくづく、自分の魅力というものがわからない。

 私を可愛いって、友恵は言ってくれる。

 けど、自分を可愛いなんて思ったことは、人生でただの一度もない。


 友恵。

 あなたの方が、私なんかよりもよっぽど素敵な人なんだよ。


 ※


 狭山友恵(さやまともえ)は、昔から私の憧れであり、ヒーローのような存在だった。


 何をしたって様になっていて、かっこよくて。

 足が速いから、よくリレーのアンカーになってたし。

 私がいじめられていると、すぐに助けてくれたり。

 小学生の頃は、クラスの男の子を引き連れて、裏山に秘密基地を作ったりして。

 まさに、頼れるみんなのリーダーって感じだった。


 友恵の実家は家系を遡っていくと、有名な武将に熱い信頼を寄せられていた武士がいる。

 要するに、家臣だった人物。

 友恵の家系は、由緒正しい武家の家系である。


 友恵のお父さんは警察官。

 正義感が強くて、熱い心を持っていて、絵に描いたような筋肉隆々のお父さん。

 街ですれ違おうものなら、目を合わせる事すら阻まれる外見なのに、友恵の前ではとても優しいお父さんになるんだから面白い。


 友恵のお母さんは、綺麗で優しくて、お父さんに負けず劣らずの武闘家。

 二人の出会いは、拳と拳の語り合いで。

 友恵曰く、夫婦喧嘩は自宅が戦場になるのだとか。

 お料理が上手で、特にお母さんのシチューは絶品だと思う。

 かなりの酒豪で、お酒の量ならお父さんより上かも。


 お父さんと、お母さん。

 二人とも、まるで我が子のように私を可愛がってくれる。

 友恵のお家にお泊りに行くと快く迎えてくれて、夏になれば庭で花火だったり、冬だったらかまくらを作ったり、一緒に遊んでくれて。

 本当に大好きな二人。


 そして、友恵。

 お父さんの影響で、決して強要されたわけではなく、物心がついた時には自ら剣道をやり始めたとか。

 その腕前はやはり凄まじいらしく、十六歳にして剣道の段位階級は三段。

 私にはさっぱりなのだが、周りが言うにはすごい事で、時が来れば四段もすぐに取れるだろうと言っていた。


 やっぱり、友恵はすごい。


 そんな友恵と初めて出会ったのは、小学二年生の頃。

 新学期のクラス替えで、今まで仲の良かった子と離れ離れになってしまった。

 もともと友達が少なかった私は、あまり交流のない子達だらけのクラスに組み込まれてしまった。


 何とも言えない心細さを痛感している中、隣の席に座っていた女の子が友恵。

 綺麗な子だな、って胸がときめいたのを今でもはっきりと覚えている。

 彼女はまさに竹を割ったような性格をしていて、自分の意見をきっぱりと言うし、物怖じしない。


 体育の授業では、剣道の賜物なのかそれとも持ち前なのか、運動神経の良さで男の子顔負けの活躍をする事も多々あった。

 私はそんな友恵を陰から眺めて、人知れず憧れていた。

 それは、男の子にとっても同様だったようで。

 友恵の事が気になっている男の子達は、例に漏れずわざと意地悪をした。


 けれど、はっきりとした自分を持っていて、尚且つ自分の意見をきっぱりと言う友恵。

 やがて男の子と口喧嘩を始めたかと思うと、殴り合いの喧嘩に発展する。

 そうして、この過程が日常茶飯事となるのだ。

 最初はみんなで止めようとしていたものの、一週間後には止める事を諦めてしまった。


 ある日、いつもより激しい喧嘩を繰り広げたあと、鼻血を垂らしていた友恵を手当てしてあげた。

 その時に、私達は初めて言葉を交わして、仲良くなったんだ。

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