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第5話 ゲームはうまくいっているのに

短編版はこの章で終わりでしたが、連載版は1万字近い第6章を追加しています。

第5話 ゲームはうまくいっているのに


第十三章 旧国王



 やがてエミールは国王になった。


 父である国王は退位する。


 退位の日、第2夫人エリーズは珍しく上機嫌だった。


「そんなにうれしいですか」


 旧国王ルイが尋ねる。


「ええ」


 エリーズはためらわず答えた。


「私の子どもを消した人たちが、何もなかった顔で宮廷を歩いていたころに比べれば、ずっと」


 ルイは返事をしなかった。


 エリーズの子どもも、昔の一連の事件で失われていた。


 エリーズは、シャルロットが王妃候補だったころから、数少ない味方の一人だった。


 何人かの教師が問題を起こして辞めさせられた後、マドレーヌを紹介したのもエリーズだった。


 当時、その紹介者が誰なのかを大きく言うことはなかった。


 エリーズは自分が紹介者だと大きく言わず、マドレーヌだけを送り込んだ。マドレーヌは衣装の色や集合場所、儀礼を一つずつ確認し、嘘を教えられないようシャルロットを支えた。


 旧国王ルイはエリーズへ言った。


「これからは、のんびりできる」


「本当に?」


「息子に任せる」


「では、朝寝坊しても?」


「好きにしろ」


「あなたもですよ」


「考えておく」


 第2夫人は笑った。



第十四章 黄色の戴冠式



 戴冠式の日、王都は朝から鐘の音に包まれていた。


 結婚式の時とは音楽が違う。


 この日のために作曲された戴冠のファンファーレは、低い金管から始まった。


 重い音が一度、大聖堂の石壁を震わせる。


 そこへ高い旋律が重なり、王の行列が進むたびに音が広がっていく。


 ゲーム会社が史実の式典を調べ、衣装、行列、儀仗、席次、建築の見え方まで徹底して作り込んだイベントだった。


 公爵令嬢は前世で、この場面のイベントCGを見たことがある。


 画面いっぱいに金と赤と白が広がり、専用の音楽が流れた。


 今は、その中に本物の人間がいる。


 新国王エミールが進み、その隣を王妃シャルロットが歩く。王妃のドレスは黄色だった。


 鮮やかすぎる黄色ではない。


 光を受けると金に近く見え、影では柔らかな蜂蜜色に沈む。


 十年前、女性王族が全員黒を着る集まりで、一人だけ黄色を着せられた少女がいた。


 皇后陛下から渡された、数日後の春の感謝祭用のドレスだった。


 少女は笑われた。


 それでも、その黄色を捨てなかった。


 皇后陛下からいただいたものなので、着る回数を増やしています。


 私はドレスをあまり持っていませんし、一番生地も仕立てもよくて気に入っています。


 春の感謝祭では、皇后陛下へ正面から礼を言った。


 あの黄色は、いつしか彼女の色になった。


 そして今、その色で戴冠式を迎えている。


 ファンファーレが一度止まった。


 静寂の中で、式官の声が響く。


 エミールが冠を受ける。


 続いてシャルロットが進み出る。


 王妃教育を始めたころには、歩幅一つ直すのにも苦労していた。


 今も、生まれながらの上位貴族のようにすべてが身体へ染みついているわけではない。


 それでも、間違えない。


 一つずつ覚えてきた。


 冠が置かれた。


 その瞬間、専用のファンファーレが大きく立ち上がった。


 高い音が天井へ抜け、低い響きが床から返ってくる。


 外では群衆の歓声が重なった。


 シャルロットはエミールの隣へ並ぶ。


 エミールが、誰にも聞こえないくらいの声で言った。


「黄色だね」


 シャルロットは前を向いたまま答えた。


「私の色ですから」


「似合ってる」


「知っています」


 ほんの少しだけ、シャルロットの口元が笑った。


 大聖堂の扉が開く。


 黄色いドレスが朝の光を受けた。


 十年前、誰かが恥をかかせるために選んだ色は、もう誰のものでもなかった。


 王妃自身の色だった。


          ◇ ◇ ◇


 式の後、新しい国王夫妻は上位貴族から順に祝いの言葉を受けた。


 公爵令嬢ヴィヴィエンヌの番も来る。


「国王陛下、王妃陛下。このたびは、まことにおめでとうございます」


「ありがとう。シャルル公爵にもよろしく伝えてほしい」


 エミールが答えた。


 続いてシャルロットが微笑む。


「お久しぶりです。お元気そうで何よりです」


「ありがとうございます。王妃陛下も」


「領地の皆様もお健やかにお過ごしですか」


「はい」


「農業改革も、高炉による鉄の増産も順調とうかがっています。長く続けてこられた成果ですね」


「ありがとうございます」


「素晴らしいことだと思います。今日は遠いところをありがとうございました。お帰りの道中もお気をつけください」


「ありがとうございます」


 それだけだった。


 シャルロットは成果を褒めても、数字を聞かない。

 学院のことも、婚約解消の夜のことも持ち出さない。


 十年近く、ヴィヴィエンヌへ向けてきたのは、いつもこの種類の言葉だった。


 王妃になった今日も変えなかった。


第十五章 もう一つのエンディング



 戴冠式からしばらくして、公爵令嬢ヴィヴィエンヌは領地へ戻っていた。


 王都では新しい国王と王妃の話が続いている。


 公爵領では、今年の農業と製鉄の報告がまとまりつつあった。


 前世のゲームなら、このころには公爵令嬢側のエンディング条件がほとんど揃っていた。


 婚約を失った後も折れずに領地へ戻る。


 新しい農法を導入する。


 鉄の生産を増やす。


 領民のために働く。


 そして、途中で出会う男性たちとの好感度を上げる。


 ヴィヴィエンヌは攻略情報を知っていたうえ、もともと真面目だった。選択肢を外さず、人の話を聞き、頼まれたイベントも放置しなかった。


 結果として、男性側の評価は驚くほど高かった。


 ヴィヴィエンヌの周囲にいる男性たちは、誰もがゲーム会社の好感度設計に忠実なように彼女を高く評価していた。厳しい数字を持ってくるのは、農業技官や財務官として働く女性たちの方だった。


 公爵邸の広い応接室には、その男性たちが集まっていた。


 父のシャルル公爵は年齢を重ねても姿勢がよく、銀の混じり始めた髪まで妙に似合っている。兄弟もそれぞれ違う雰囲気の整った顔をしていた。


 領地の騎士団長は制服の上からでも分かる体格で、黙って立っているだけで絵になる。


 長年公爵家へ仕える執事は、髪をきれいに撫でつけ、今日も隙なく服を着こなしている。


 出入りしている豪商は、商談の時と同じ上等な服で椅子へ座っていた。


 農業試験に最初から付き合ってきた農民も呼ばれている。畑仕事で焼けた肌に、クローバーや飼料を運んで鍛えた筋肉が光っていた。


 ヴィヴィエンヌは、その光景を見て前世の記憶を思い出した。


 公爵令嬢ルートを真面目に進め、複数の好感度を高く保った時に出る逆ハーレム系のエンディングだった。


 ゲーム会社は、この人数をイベントCGへ入れるために、いったいどれだけ原画へ時間を使ったのだろう。


「ヴィヴィエンヌ」


 シャルル公爵が、向かいに座る娘へ柔らかく声をかけた。


「こちらへ戻ってきた日のことを、私は今でもよく覚えているよ。王都であれだけのことがあったのだから、しばらくは領地でゆっくり過ごしてくれればいいと思っていた」


「お父様」


「けれど君は、休んでいるだけではいられなかったね。農業技官のところへ何度も足を運んで、畑の話を聞いて、4圃式を試した。製鉄所へ行けば炉の増設を相談して、木材や鉱石の手配まで一つずつ確認していた」


 シャルル公爵は、少し懐かしそうに笑った。


「最初は、そんなに急がなくてもいいと何度も思ったよ。それでも君が楽しそうに次の計画を話すようになって、私はそれが何よりうれしかった。領地の人たちも、君が声をかければ一緒に動いてくれるようになった」


 娘の顔をまっすぐ見て、続けた。


「ここまで続けてきたことを、私は本当に立派だと思っている。ヴィヴィエンヌ、よく頑張ったね。君は私の自慢の娘だよ」


 兄も頷いた。


「最初に4圃式の話を聞いた時は、どこまで本気なのかと思ったよ。今では領内の誰でもクローバー畑を知っている」


 弟が笑う。


「鉄だってそうです。姉上が言い出す前より、ずっとたくさん作れるようになりました」


 騎士団長が腕を組んだ。


「領内で大きな工事が続いても、治安を崩さず進められました。雇われる者も増えました。お嬢様が始められた仕事を、私は高く評価しています」


 執事も穏やかに頭を下げる。


「お嬢様がこちらへ戻られてから、公爵家はずいぶん活気づきました。皆がお嬢様の次の指示を待つようになりました」


 豪商は楽しそうに笑った。


「これだけ一度に設備を増やす方は、なかなかいません。鉄鉱石も木材も、運ぶ量そのものが昔とは違います。商人としては、ずいぶん仕事をいただきました」


 農民も大きな手を膝へ置いて言った。


「牛は増えましたよ。冬に食わせるものも前よりあります。お嬢様が最初にクローバーを植えるって言った時は、何を始めるんだと思いましたけどね」


「みんな、ありがとう」


 ヴィヴィエンヌは笑った。


 ゲームなら、ここで好感度の高い男性たちの台詞が続き、最後に豪華なイベントCGが出る。


 攻略対象だけではない。


 父も兄弟も、騎士団長も執事も、領民も商人も、公爵令嬢が領地を立て直したことを認める。


 ゲーム会社が用意した成功判定では、ほとんど上限(カンスト)まで来ているはずだった。


 現実の公爵領では、4圃式を入れても小麦と大麦の収量は期待したほど伸びなかった。


 王家直轄地では、広大な砂地の遊休地を土地改良して新しい農地へ変え、そこから安価な穀物を大量に生産している。その穀物が市場へ流れ込み、小麦と大麦の価格そのものが下がっていた。


 牧畜へ回した土地も増えたが、飼料、施設、人手の費用がかかり、穀物価格の下落を埋めるほどの利益にはなっていない。


 製鉄所では以前より多くの銑鉄を作れる。


 その一方で、王家側から市場へ出る鋼材は品質が高く、価格も低い。公爵領の鉄は、生産量が増えるほど在庫と資金繰りの問題が大きくなっていた。


 それでも、男性たちから見えるヴィヴィエンヌの評価は下がらない。


 新しい農法へ挑戦した。


 鉄を増産した。


 領地へ仕事を作った。


 婚約を失っても立ち上がった。


 ゲームのイベント条件として見れば、どれも成功だった。


「お嬢様」


 男性たちの輪から少し離れたところで、帳簿を抱えていた女性財務官が声をかけた。


「少し、お耳をよろしいでしょうか」


「ええ」


 ヴィヴィエンヌが身体を寄せる。


 女性財務官は、周囲に聞こえない声まで落とした。


「公爵家も今年度末には債務超過になります。土地の評価額を資産として入れてもです」



連載版の終章は第6章で夕方アップロードします。

ゲームのクリア特典 異国の王子様編です。


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