ゴートゥースクール
さて、本日は夏休み明け初の登校日。学校へ向かう乗換駅には、たくさんの生徒が集まっています。彼らの中には眠そうな者も多く、夏休みの課題を最終日に急いで終わらせた、あるいは生活リズムを戻せなかった悲しみがひしひしと伝わってきます。
「混んでるねー」
「混んでるなー」
そんな中でも孫たち二人は、睡眠の足りた元気な顔をしています。計画的に宿題を終わらせ、登校日の恐怖に負けず早寝した二人に死角はありません。
「早めの時間なのに、なんでこんな人多いんだろ」
「朝練が無い分この時間に集中してるんだよ、たぶん」
初日は部活がありませんからね、普段朝練で六時台に来ている運動部もこの電車に集まっているのです。
そうこう話している間に電車がやってきました。気合を入れて普段より二本早い電車を選んだ二人ですが、席を巡る熾烈な競争に負けて、吊り革と握手する羽目になってしまいました。乗客は多いですが、幸いなことに満員と言うほどではありません。二人は車両の真ん中あたりで吊革に掴まり、ガタンゴトンと揺られていきます。
そうして時は流れ、電車が降車駅に着きました。ぞろぞろとスムーズに降車する生徒たちに紛れ、孫たちも電車を降ります。
「んにゃー! 混みすぎでしょこれ! 早い電車なのに!!」
「ホントにね、いつもだったら席も埋まらないくらいの時間なのにさぁ……」
電車内の静寂から解放された生徒たちがその反動から大声で会話を繰り広げ、駅の周りが騒がしくなります。この喧騒のなかでは、ギャーギャー文句を言う直美ちゃんも目立ちません。
「ほら、こっち。混んでるからちょっと待ってから行こうぜ」
「だねー、こりゃちょっとキツイわ」
乗換駅ではゆとりのあった電車の中も、途中乗車する生徒たちでどんどん埋まっていきました。そうして学校に着くころには、立派な満員電車となってしまったのです。道の隅っこに退避した二人が喋りながら、人が減るのを待っています。
「改めて思うけど電車に対して生徒多すぎでしょ、明らかに観光列車で運んでいい物量じゃない」
「それな、隣の高校の生徒も乗るのに四両編成のままって、明らかに輸送量足りてないだろ」
二人が登校のために乗っているこの観光列車は歴史ある古い路線でして、土地の高い観光地に建てられた駅は拡張性が皆無なため、四両編成より長い列車を導入できないのです。
「せめて登校時間くらいは本数増やしてほしいよねー、単線だから無理なのはわかってるけど」
「世知辛い世の中だよ」
「ホントホント、直美ちゃんは世知辛さに揉まれて疲れたぞ、撫でよ」
「はいはい」
ぽんぽんと頭を撫でてやれば、幸せそうなそうな声がします。こうしている間にちょっとずつ人混みも落ち着いてきて、ゆっくりと歩けるくらいの様子になりました。
「そろそろ行こうぜ」
「ん~? 疲れたしもっと休みたーい」
「そろそろ行かないと、次の電車が新しい生徒を運んでくるぞ」
きっと次の電車には更に沢山の生徒が詰め込まれていることでしょう、つまり地獄ということです。
「あっそれマズイわ、行きまーす」
納得した直美ちゃんが手を引かれて、そそくさと学校の方に歩き始めました。踏切を越えて校門を通り、まばらな人混みの中を歩いて行きます。
「いやぁ、課題を終わらせて体力万全で登校するのは気分が良い。最終日の追い込みをせずに済んだ安心感が心に染みわたるよ」
「俺たちはちゃんと計画的に課題を終わらせたからな、余裕があると気分が良い」
「幸樹は終わるの早すぎ、なに四日で殆ど終わらせてるのさ」
孫は普段の授業で渡される課題を、いつもその日のうちに終わらせています。そしてその行動力を持ってすれば、渡された課題を夏休み前半で終わらせることなど造作もありません。
そうやって、雑談をしながら歩いてる二人が坂に差し掛かったところで……直美ちゃんが何かに気づいたようです。
「……ねえ、幸樹」
「なんぞ?」
「私たち、手を繋いでいるワケですよね」
「そうですね」
うむ、駅の前で手を引かれてから、孫は彼女の手をガッチリホールドしています。直美ちゃんもいつものことだから疑問を抱かず、されるがままに右手を委ねていました。
「なんかその割に……全然周りに見られてないよね……?」
「そりゃね、いつものことだし」
「いや、それにしても、もうちょっと注目されてもおかしくないと思うんだけど……いやフツーにホールドしてた私の言えたことじゃないけどさ」
今更ですねぇ。付き合って自分を見つめ直した結果、一周回って自分のやっていることのヤバさに気づいたようです。まあそれに注目する人たちは既に慣れ切って「いつものことだな」とスルーしているのですけど。
「それにほら、みんな宿題のことで頭一杯なんじゃない? 終わってなかったら、この後急いでやらないとじゃん」
「宿題」の単語を聞いた生徒の幾ばくかがビクッと反応しました、終わってないんですね……かわいそうに。
「うーん、まあ確かにそうかも」
「そうだよ、今までずっとこうしてたんだし今更でしょ?」
「うむ、確かにその通りだ」
納得した直美ちゃん、二人はそのまま手を繋いで下駄箱前まで歩いて行き、クラス別の靴箱に分かれる段階でようやく手を放しました。そうそう、今まで散々周りに見せつけてたんだから今更ですよ、変に意識せずそのままやっていくが良い。




