あなたの心に 2
宵闇の薄暗闇が空気を包み込んでいた。
「関西弁?」
「なんか偽物っぽい関西弁ね」
「たしかに。方言指導を受けた方がいいよ」
「や、やかましいわ! 黙ってきき!」
イントネーションを茶化す僕らに腹をたてながら、少女は続けた。
「ほいなら自己紹介から始めるで。そこのおねいちゃんは名前なんて言うねん?」
「あなたが先に名乗りなさい」
「それもそやな。ウチの名前は西見イチゴ。特技はアクロバット飛行」
「そう。私はシナズガワシオン。十四歳。特技は平家物語の暗唱よ」
「俺の名前は……」
「いや、にいさんのことはどうでもええねん」
「ど、どうでもいいって……」
名乗ろうとしたら、ぴしゃりと言い切られた。空しい。
「西見さん、それで、あなたなんなの? なんで私の番号を知ってるの?」
「いちごでええで。番号はねぇさんが銭湯で一風呂浴びとる間に調べさせてもろた」
「出るとこでる?」
「まあまあ、そこは本筋とは関係あらへん」
「本筋?」
「せや。単刀直入に言う。ウチの目的は外星生命体の捕獲や」
どきりと心臓が跳ねた。外星、つまり、宇宙人か。
精神体として僕の体にいるカノンの反応をうかがうが、シカトされてしまった。寝ているのだろうか。
「そう」
不死川は涼しい顔でその言葉を受け止めた。
「なんで狂人が私に接触をはかろうとしてるわけ?」
「とぼけんでええで。ウチはエリア51のメンインブラックが一人や。大抵のことは知っとる」
エセ関西弁と謎言語が入り交じり、なにを言っているのかわからなくなったので、隣の不死川をちらりと見る。
「エリア51はネバダ州の空軍基地で、宇宙人と共同研究を行っているなんて噂があるところよ。メンインブラックはアメリカの都市伝説の一つでUFO目撃者の前に現れて証拠隠滅したり、他言無用を強要したりする謎の組織のこと。映画の題材になってるはずだから聞いたことあるんじゃない?」
「なるほど」
長い話は苦手なので半分くらい聞き流したが、要約するとうさんくさい人物ということか。
視線を西見に戻す。黙ってうんうんと頷きながら聞いている。悪い人ではないらしい。
「はるばるアメリカから何しに来たの? 捕獲っていってたけど具体的な考えはあるのかしら」
「捕獲言うのは言葉のアヤや。正確にいうなれば、ウチの目的は対話、第五種接近遭遇や」
声高に宣言されたがよく分からないので横の不死川の顔を見る。
「……UFOとの遭遇の段階のことよ。第一段階がUFOの目撃、第二段階がUFOが何らかの影響を外部に与えること。第五種はたしか宇宙人と直接対話を行うことよ」
「なるほど」
話し半分に不死川の整った顔を間近で観察する。本当にこの人は美人だ。まつげが長い。顔が小さい。癒される。
「旗差市上空に滞空しとる空飛ぶ円盤の調査がうちの目的や」
隣で唾を飲み込む音を不死川がたてた。それは不死川も同じだからだ。
「知っとるか? 空飛ぶ円盤が町に現れた日、珠川周辺の一部地域に発光が起きたことが記録されとる。調べを進めた結果、周辺の監視カメラにこないな映像が残されとった」
西見は椅子の脇からタブレットを取りだし、動画を再生させた。
目を凝らして画面を見つめる。スマホの画面を通して見るので非常に見辛かったが、どうやらコンビニの監視カメラの映像らしい。
頼りない街灯に一人の人物が照らされている。わかりづらいが、体の軸をずらさず、摺り足で後進をしている。なにをしているんだ、こいつ……って、あ、これ、俺だ。
「……なんて面妖な」
不死川が息を飲む。
それは出来損ないのムーンウォークだった。友達に教えてもらって一時期河原で練習していたのだ。体得できなかったけど。
「このあとや」
西見が呟き、数秒後、映像のはしっこが激しく明滅した。
現在俺たちが住む町の上空に滞空しているアイエフオーが現れ直ぐに消えた。
「おわかりいただけだろうか」
心霊番組のようにトーンを低めに言い、西見は映像を止めた。
「よく、わからなかったわ」
「もう一度ご覧いただこう」
再度西見は再生ボタンを押した。
同じ映像が流される。
「わかった?」
UFOが光ったところで一時停止を押す。
「この人がUFOと接触したってこと?」
「そういうことや。画質が粗くわかりづらいが、この謎の人物は一人でチャネリングを行い、未確認飛行物体を呼び出したんや!」
チャネリングではない。ただのムーンウォークの出来損ないだ。
「この謎の人物、ねえさんやろ?」
「そんなわけないでしょ」
不死川は映像に写っているのが俺だということに気づいたらしく、投げやりな返答をした。
「ふふふ、誤魔化さんでええで。検討はついとる。シナズガワシオン。ねぇさんが円盤の乗組員であり、そして未来人やろ?」
「なにを寝ぼけたこといってるのかしら。時差ボケならまだ救いがあるけど、痴呆だとしたら即刻病院に行くことをおすすめするわ」
「うちに嘘は不要や」
「嘘はついてないわ」
「円盤の正体の見当はついとるで」
「是非聞きたいわ」
「いま円盤が滞空しとるちょうど真下にある廃工場にただの女子中学生が家なき子で住んどること自体、考えてみれば異常な話や」
「なんのことかしら。失礼だわ。私がホームレスっていいたいの?」
正解!
「とぼけんでええ。廃工場に設置されたる謎の装置がタイムマシンということもわかっとるで」
スプレー缶で書かれてるからね。
「つまり円盤のほうがタイムマシンの母艦であり、工場のカプセルのが子機いうことやろ?」
勘違い乙。
「違うわよ。円盤の持ち主が私なんてありえないわ。天地神明に誓ってね」
「未確認飛行物体という名のタイムマシンでここにきたんやろ?」
「違うっていってるでしょ。しつこいわね」
「未来人。おねえちゃんは何しに来たんや?」
「知らないわよ。未来人じゃないもの」
ちなみに言うと不死川は嘘が下手だ。めっちゃ秒読みになっている。
「か、仮に未来人だとしたらなんなのよ」
仮定の話として切り出しているのに、残念なことに目が泳ぎまくっている。自由形にもほどがある。
「目的を教えてもらう。ほんでもってうちと協力関係を結んでもらうねん」
「協力しないといったら?」
「一生そこに閉じ込めさせてともらうで」
閉じ込める、はて?
「ちょっとまってくれ」
傍観者を決め込むのをやめにして声を出す。
「閉じ込めるもなにもここは学校だ。公共施設とは言わないが、大多数の生徒が出入り可能な空間だぞ。そんなところを閉鎖したというのか?」
「もちろん、そないなことはせぇへん。前途ある若者の学舎を封鎖なんてことは」
西見は肩をわざとらしくすくめて続けた。
「フィラデルフィア実験って知っとるか?」
「……しらん」
カレンに取り付かれて、世の中に溢れる不思議なことを調べてみたが、あいにく俺には合わなかった。聞いたことはあるが、詳細はしらない。
「ふふん。ええやろ。説明し」
「テスラコイルを使ったステルス実験のことね。第二次世界大戦中、アメリカ海軍が軍艦をレーダーに探知されないように異世界に隠そうとした」
「そ、そうや。電磁波使うて」
「駆逐艦エルドリッチの乗組員は物質と融合したり、突然発火するなどし、実験は失敗。極秘実験として海軍は無かったこととした」
「せや、だがしかし、長い歳月をかけて、機関は実用に成功! つまり」
「つまりこの学校自体を異世界に送り込んでいる、というわけね!」
「う、うん……」
先取りし、良いとこ取りする、不死川。
「学校にいた人たちはどこ行ったのさ。俺とシナズガワだけを選別して校舎のみを移動させたなんて信じられないんだけど」
「簡単なことや」
お鉢が回ってきたとばかりに喜色満面に西見は続けた。
「そこは学校という疑似空間。学校を飛ばしたんやない。電気質が違う異質なオーラを持つもんを別世界に飛ばしたんや」
「出たよ出たよ。オカルトすぎてついてけねーよ。なに突然オーラとか言い出してんの?」
「キルリアン写真を知っとるか?」
知らないので横の不死川をちらりと見た。
「高電圧、高周波の状態でを写真を撮ると、まるで生体エネルギーが浮かび上がったかのような写真が撮れる現象のことね。電子工学的にいえばリヒテンベルグの放電像ってやつかしら」
「せや、有名なのがファントムリーフいうて、葉っぱを半分ちぎった状態で撮影しても、写真には完全に一枚の葉としての状態が写し出されることや」
「でも、あれは水分がイオン化したもので、特別な生体エネルギーではないって、完結したはずでは?」
「さ、さすがよう知っとるな。つまり、この話には続きがあって、まあ、あれや、機関はおなじようなかんじで、生体エネルギーの存在を見つけたんや」
突然ふわっとなったな。
「適当な話でごまかそうとしてたのね」
「し、仕方ないやろ。詳細は知られるわけにはいかん。と、ともかく、簡単に言ってしまえば特別な力、現代人ではありえんオーラを持つもんほど、疑似空間に閉じ込められやすいという研究結果が発表されたんや」
「ずいぶん杜撰な調査期間ね。ただの一般人を巻き込むなんて」
「たまにおるんや。にいさんみたいに現代人とは違うオーラを持った人間が」
どうやら俺は一般人として認識されており、内に潜むカレンの存在には気づいてないらしい。
「あのさ、一つ思ったんだけど、周りの人が化け物に見えるのはそれのせい?」
「む、それはすまんな。前段で学校全体を電磁波で包み込んだんやけど、その影響を敏感に感じ取れるにいさんみたいなのがたまにおっての。相手の心の形が目に見えるようになるみたいやわ。まあ心配せんでも一時的なもんやからすぐ治るで」
「ほんとか? 嘘ついたらキスするぞ」
「ほんとやほんと」
じゃあ、獣になってたやつはそういう畜生みたいな心をしてて、そのままだった不死川の心はきれいということか?
それこそ嘘臭い。
「それで、あなたは私になにを求めてるの?」
不死川はわって入るように言った。
「隣の人と一緒にこんなとこで過ごすなんてごめんだから、私ができる範囲でよければ解決してあげるわ」
「ふふふ。頼もしい限りやな。ほいなら……」
ぶつり、画面が真っ暗になった。
「……」
なにも聞こえない。なにも話してくれない。スマホを握る不死川は首を捻った。
「は?」
真っ暗な画面に赤い電池マークが浮かび上がった。続いて、画面下に「充電してください」と明滅がおこる。
「な、なにこれ、どういうこと!?」
「充電しろよ。バッテリーがゼロになったじゃないか」
「バッテリー? って、え、この時代ってまだ電池式なの!?」
「その反応を見るに買ってから一度も充電したことないみたいだな」
「知らなかったわ……」
なんで未来人が機械音痴なんだよ。
「でも、どうしよう。西見いちごと連絡が取れなくなった。このままじゃ一生ここで過ごすことになっちゃう……」
「いや、それはないんじゃないかな」
「なんで言い切れるのよ」
「学校なんだから公衆電話だってあるし、外部との連絡手段に困ることはないよ」
僕はあごを動かしてロッカールームの向こう側にある緑色の電話を示した。エントランスの横には誰にも使われることなく存在が忘れられた電話が置いてある。