あなたの心に 1
秋の空気はすんでいて、心地のよい睡眠に惑わされる。秋眠暁を覚えずとでも言っておこうか、
そんなこんなで居眠りから目を覚ますと世界が一変していた。
理解しがたい事象が起こり始めている。
クラスメートが狼や大猿に変身してしまったのだ。
日本語を喋るので意思疏通に問題はないが、 見た目の印象は最悪だった。
違和感を感じているのは俺だけらしく、みんな元の人間のように振る舞うので、とまれかくまれ不気味で仕方ない。
美人と名高い高山さんはブタみたいな化け物にイケメンで有名な長野は鳥みたいな化け物に変貌していて、恐ろしさと同時に勿体無さを感じてしまう。
白昼夢が悪夢で意識を混濁とさせる。
頭がおかしくなってしまったらしい。いつからだ、といわれたら、宇宙人に取り付かれたあの日がいの一番にあげられるところだろうけど、ここまで不可解な事象ははじめてだった。
これが発狂というやつか。
体に巣食う宇宙人カレンに説明しても、「うんうん、そういうことあるよねー。それよりさー、桃鉄やんない?」と、まったく取り合ってもらえない。
「人間が化け物に変わるはずないじゃない」
唯一姿がかわっていない人物を見つけた。
人間と言っていいのかわからないが、正しくは未来人だ。断っておくが頭がおかしいのは俺ではなくて彼女のほうである。
「少し考えればわかると思うけど、思考することさえやめたのだとしたら、愚かとしかいいようがないわ」
不死川はすこし不機嫌そうに呼び出しに応じてくれた。
「顔が悪ければ、頭も悪くて、おまけに目まで悪いとなったら、本当に救いようがない阿呆ね」
「まあたしかに授業中に居眠りしたのはよくないことだけどさ」
「あなたのいいところを見つけてあげたいところだけど、ツチノコを探す方が有意義そうだからやめておくわ」
静まり返った自習室に不死川のため息が響いた。
「用ってこれだけ? 世迷い言を聞いてた時間を他のことに使えたと思うと悲しくなってくるわね。知ってる? 時間って有限なの」
「特に中学校時代は」
相槌が気にくわないのか、不死川は眉間に皺寄せた。
「帰る」
「ちょいまっち。ともかく頼むよ。どうにかしてくれ。まともに顔を見れるのはキミだけなんだ。このままじゃ消去法的に、求婚相手が決まってしまう」
「悪趣味な告白ね。悪いけど冗談に付き合ってる暇はない。忙しいの。今この時が分岐点といっても相違ないから。それじゃあ、さようなら」
顎を上げ、きびすを返して不死川は去っていった。ドライだ。冬の空気よりも乾燥している。ドアを閉める音だけが空虚に響いた。
精神的にクるものはあった。あの廃工場の一件から彼女は随分辛辣になって、たまにブタをみるように冷たい視線を寄越してくる。うむ。
「……うむ」
うむ。悪くないね。
精神を鎮めるため、自習室から出て、隣の図書室に行くことにした。行動は常に宇宙人によって見張られているので、あの夏の日以来、修行中の坊さんのように煩悩を取り払って生活しているのだ。元から明るい性格ではなかったが、お陰さまで仙人のような心持ちを常に保っている。それにしても人が化け物に変わって心休まる空間がなくなってしまった。家に帰って両親が獣人になっている姿なんて見たくないし、誰かに相談すればメンタルクリニックを案内されるのが関の山なので、いつかこの症状が治ったとき、人生に傷がつかないよう日常を演じきることにした。つうかきっと寝たら治るよ。睡眠は万能の薬だからね。
不死川のこっぴどい返答に打ちのめされた俺は、数週間後に迫る期末に備えることにした。
縄文土器だか弥生土器だかを必死に頭に叩き込んでいると、テキストに人影が被った。顔をあげると、不死川が立っていた。
「なにをしたの?」
猛禽類を思わせる目付きで睨み付けてきた。
「なななななナニもしてないよ……」
「慌てるところが怪しいわ。あなたが学校を封鎖したのね」
矢継ぎ早に彼女は続けた。
「エントランスは施錠されてるし、窓は開かないし、裏口からも出られないし、おまけに誰もいない」
一瞬思考が停止する。必死に彼女の言葉を噛み締める。
「そんな馬鹿なことがあるか。ちゃんと探せよ」
「探した結果あなたがいたって訳よ。よくわからないしかけで学校から出られなくしているのだとしたら、ビンタくらいで許してあげるから早く開けて」
「そんなことしてない」
ビンタを求めているわけではなく、純粋に無実だからだ。
「人が化け物に見える人と一緒になんていたくないわ。早く家に帰らせて」
「そんなこと人が化け物に見える人に頼まないでよ」
鞄を背負って俺も帰宅することにした。
エントランスの扉は、不死川が言ったように全く動かなかった。
「ねっ!」
どや顔で言われる、
「マジだ。なんでだ」
左手の腕時計を見る。時刻は放課後だが、まだそこまで遅い時間ではない。普通に考えれば校舎に居残っている生徒が多数いるはずだ。
にも関わらず俺たちは誰にも会わずにエントランスについたのだ。不気味以外言いようがない現状だった。
「というわけよ」
物語を語り終わった人みたいに不死川は右手をくいっと動かすとそのまま人差し指をたてた。
「現状がわかったのなら、文明の利器を使って現状を打破しましょう。幸いなことにあなたは原始人では無さそうだし」
「ひょっとして携帯で外部に連絡を取れって言ってる?」
「急いでくれない? 日が沈む前には帰りたいの」
「校則で携帯の持ち込み禁止なんだけど」
「知ってるけど、守ってる生徒なんていないわよ 」
「俺は守ってる生徒だ」
「最低。がっかりだわ。なんなのよ、もう」
現代社会においては絶滅危惧種に分類されるのかもしれないが、俺も不死川も携帯を携帯しない人種らしい。不幸なことだ。
「通話料がかかちゃうじゃない」
「持ってるんかい!」
「誰も持ってないなんて言ってないわ。無駄なお金を使うのが嫌いなの。未来の機器を持ち込むわけには行かないから、ポケットマネーで買ったのよ。先生が来たら教えてちょうだい。没収されたら恨むわよ」
彼女はブレザーの内ポケットから赤いスマホを取り出し、ロック画面を指でなぞって解除した。
と、同時に、割れるような着信音が人気のないエントランスに響いた。
「きゃ」
いきなりの電話に不死川は短い悲鳴を上げた。電話をかけようとしたら電話がかかってきたのだ、そりゃびびるだろう。
「な、な、なにこれ、こわい!」
「いや、着信だろ。出ろよ」
「え、着信って、え? この時代のケータイなんてわかんないわ! 代わりに出て!」
「ワケわかんないな」
未来人が過去の機器に戸惑ってるのを見て微笑ましい気持ちになったが、俺だって黒電話の操作なんて一発で理解はできそうにないので、笑うのはやめにした。不死川からスマホを受け取り、画面を操作する。
「非通知? しかも、テレビ電話だ」
指でなぞる。
直ぐに不死川に返す。
俺だって他人の電話に出たくない。
不死川は「え、え?」と戸惑いながら電話をうけとり、耳にあてた。
「も、もしもし……どちらさま」
気のせいか不死川の言葉には緊張が見える。
「……なんで。そんなことしなきゃならないのよ……。わかったわよ」
不死川が僕を手招きした。どうやら画面を見せるように、向こうの人に言われたらしい。
スマホの小さい画面の先には金髪の幼女が椅子に座っていた。全身が写るように置かれている。長いウェーブがかった髪を足らし、コスプレのようなゴスロリ服を着ていた。あまりにも整っているので、一瞬オリエント社製のそういう人形かと思ったが、呼吸に合わせて肩が上下しているので生きていると判断ついた。
「誰? 知り合い?」
「知らないわよ。あなたの知り合いじゃないの? なんで私の番号知ってるのよ」
不死川は苛立ちを隠さず、スピーカーに向かって尋ねた。
「まあまあパニックになる気持ちはよーわかる。落ちつきや」
電話の向こうの幼女が唇を尖らせて文句を言った。思ったよりも大人っぽい艶やかな声だった。




