さよなら人類 3
青い顔で俯いたシナズガワを、別に慰めるわけではないけど、約束は終わっていない。
彼女と交わした約束。
「真実を教えるよ」
「え?」
「俺は地球外生命体じゃない。生まれも育ちも地球だ。だけど、友達は違う」
「と、ともだち?」
「やっぱり鈍いな」
全身の毛穴が開く感じがした。
ああ、やっぱり後悔。
「やっほーーーーい!」
第三者の甲高い声。
無秩序の舞台を無理矢理終わらせる超越者。
俺は彼女のことをカレンと呼んだ。
長い銀髪に、 子供のような体格、全身を包む水色タイツ。姿形こそ人類にそっくりだったが彼女の正体はそんなもんじゃない。
「ワレはウチュージーンですぅー! こにゃにゃちはー! 地球の少女!」
「な、な、な、え??」
俺の体から幽霊のように透けて現れた謎の人物にシナズガワの脳みそはパンク寸前らしい。
「いやはやなんともー、今日は天気もいいし、さいっこーの陽気やねー」
カレンと出会ったのは二年前、河川敷でムーンウォークの練習をしていた時のことだ。頭上に現れたUFOから降りてきた少女は俺の目の前に着地するとくしゃみを一つして『観光で来たんで、案内してくれちょー』っと嘗めたことを宣った。
それからずっととりつかれている。
なんでも最終的に進化を遂げた生物は呼吸も食事も必要ない、幽霊みたいな精神体になるのだそうだ。俺に言わせれば、寄生虫、いや寄生獣か。
「話は洋を介して聞かせてもらったよー、いやぁー。苦労をしているようだね原始人!」
「あ、あなたは?」
「【§●∂¶⇔◎】だよ!」
「え?」
「あー、やっぱ発音難しいかぁー、ちんけな鼓膜してんなぁ、君も。しょうがないから洋と同じようにカレンってよんでくれたまえよ!」
「か、カレン、あなたは、一体……」
「ワレは君らがアイエフオーと呼ぶ乗り物で来たマネナリリ星団第三惑星【●§∂∵】から来た【§●∂¶⇔◎】だよ! あ、母国語でちゃった! てへぺろ!」
「つ、つまり、あなたは、宇宙人なんですね」
「ふふふ、最初に言ったじゃないか! ワレは宇宙人、ほれ人差し指を出してやるよ、近づけて、接触させてみ」
「は、はい!」
素直に従うシナズガワ。純粋である。
カレンとシナズガワの指先が触れあった瞬間、
「ぴかー」
光った。
「す、すごい! これぞオーバーテクノロジー!」
そうなのか?
「やあやあやあ、落ち着きたまえ原始人、ワレを見つけたご褒美だ。これでカレンとシオンは……ズットモだよ!」
きらりと瞳を輝かせて物凄いくだらないことをほざいた。
「ズットモ、ってなんですか?」
「ずっと友達。我ら友情一生不滅! わかるかい、いちばん尊いものだよ! 人は一人じゃ生きてけないからね!」
「そ、そうですね、あ、ありがとうございます、カレン」
シナズガワは嬉しそうに頭を下げた。悲願なのだろう。
「あの、それで、地球なんですが……」
「安心しろよ。ワレは友達は見捨てないよ、なんとかするよ、なんとかしてみせるよ、頑張るよ、精一杯、屈しないで、解決して見せるから、こうご期待!!」
「あ、ありがとうございます!!」
「そりゃあ。過去戻りまでする努力を評価しますよ、頑張りましたね! 感動しました!」
「うっ、う……」
シナズガワは端正な顔を歪ませて泣き出した。望んだ未来をつかむまで相当な苦労があったに違いない。それはそうと俺の身体に巣食うコイツを早く回収してほしい。
「ヨシヨシ泣くな泣くな。洋に対してあんなに強気だったのに、ころっと可愛いやつめー、うりうりー」
カレンはワシャワシャとシナズガワの髪を乱暴に撫でた。
「なんとか出来るのかよ」
平和な光景に思わず突っ込みをいれてしまった。
「やれやれ水差すなよ。いまエンジョイしてるところだろ? まったく洋は空気読めないなぁー」
カレンはニタニタと笑いながら振り返った。
「だってお前帰れないって困ってんじゃん」
「ギクリ!」
カレンはわざとらしく効果音を口で出した。
「帰れない……?」
シナズガワがキョトンとカレンを見つめる。
「どういうことですか?」
「いやそれはほらどうでもいいじゃん。気にすんなよ。細かいぞ! よくないぞ!」
「あの……えっと……」
代わりに答えてあげよう。
「UFOの鍵を無くしたんだとよ」
「うげぇ! ばらしやがったな、洋! ふじゃけんな! これからこの地球の少女の生育しきっていない肢体でムフフフしようと思ってたのに!」
プリプリと憤慨するカレンの横で、シナズガワの顔が青くなる。
「鍵をなくした? それって……」
「つまり二年間なにもするでもなくUFOが宙に浮いているのは、持ち主が鍵をどこかに落としたからなんだよ」
「な、なんてこと!」
「コイツの最初の目的は観光だったけど、そのあとは帰りたくても帰れないんだ。そんな間抜けなやつに人類を救えるとは、到底思えないんだけど、君はどう思う?」
「……」
シナズガワの瞳が冷たく沈んでいく。
「オイオイオイオイオイオイオイ! かってに我の力を我抜きで物差しにかけてもらったら困るね、困るよ! 一ついいことを教えてあげよう、鍵は見つからないかもしれないけど、ここに打開策があるじゃないか」
「打開策?」
「きっと未来の我はこれを見越してわざとコレを落としたんだよ。そうに違いない。だって冷静に考えて小さな鍵ならまだしも、タイムマシンを落とすなんて考えられないからね!」
「タイムマシンのことか、これがどうしたんだよ?」
「やっぱり君は頭悪いな。洋! いいかよく考えろよ。タイムマシンをわざわざ地球の未来人が持ってきてくれたんだ。ならどうするかなんて簡単だろ。コイツに乗って、過去へ遡り、過去の我からUFOの鍵を手にいれさえすればいいのさ」
んん? 混乱してきた。
「だあー、頭が悪いぞ、洋! 仕方ないから一から説明してやる。よく聞け原始人。いいか、まず現状から順にプランを説明してやる。1、鍵がなくてUFOに戻れない。2、タイムマシンで過去へ行き鍵を手にいれる。3、UFOに入ってタイムマシンを落とす。4、我は星へ帰る。未来人がタイムマシンを使って過去へ戻る。5、過去の我がまた同じように未来人が持ってきたタイムマシンを使ってUFOの鍵を手にいれる。1へ戻る!」
「なんだそれ。なんだよ、それ意味わかんねぇよ! 無限ループ発生してんじゃねぇか。」
「つまり鍵を無くしたってのは未来の我が鍵を奪ったからなんだな。納得納得」
「やべぇ、くそ意味わかんねぇ」
「まあ愚民はおいといて、シオン。さっさとタイムマシンを起動させてくれ。我はそれに乗って過去へ行って、過去の我からUFOの鍵盗んでくるから」
「え、っと。あの」
吃りながらシナズガワは続けた。
「実は……まことに言いづらいんですが……」
ごにょごにょと身体をモジモジさせている。
「時空間転移の際に発生した時空乱流は未来の化学力をもってしても予想以上のもので、それの影響で機械が壊れてしまったのです」
「なんだそんなことか。安心したまえ。故障なんてちょちょいのじょいやでで直せるよー! タイムマシン内部にある自動修繕装置起動ボタンを押せばモーマンタイよー。まあ、百聞は一見にしかず、さぁ、シオン、タイムマシンの鍵貸してみ!」
「……」
シナズガワは動かない。
「ん。どうしたの、はよはよー。UFOの中に入れさえすれば、我は完璧な存在になれるからさ。未来を救うためにタイムマシンを使わせろよー、このー」
「あの、実は、ですね。時空乱流の勢いがあまりにも想定外すぎて、この町のどこかに、……タイムマシンの鍵を落としてしまったんです……」
「……え」
カレンは口をポカンと開けて固まった。いつも人を見透かしたような態度をとるコイツがこんな表情を見せるなんてはじめてだった。
「なんだそれ……」
思わず呟いた俺の言葉だけが、夜に包まれる工場に響いた。
宇宙人と未来人はいましばらくこの町に滞在するしかないみたいだ。
秋の夜だけが更けていく。




