さよなら人類 2
紅葉鮮やかな並木道をとぼとぼ歩くシナズガワ。
なんか一句できたな。どうでもいいか、そうですか。
シナズガワの華奢な背中を数メートル後方より気配を殺してついていく。落ち葉を踏んで音をたてないように気を付けながら。
彼女はいたって普通の中学生のように、一切の警戒心を払わず、商店街を抜けていく。総菜屋のコロッケの匂いに財布の紐が緩みかけたが、我慢だ我慢。今月も金欠だからな。
しばらく進むと川にぶち当たった。川沿いを右に進むと、リーマンショックで経営が破綻し、ずっと放置されている小さな工場が見えてくる。
目的地はソコらしかった。
工場に着くと、彼女は宵闇に浮かぶアイエフオーを見上げた。
半円状の飛行物体は夕日を浴びて黄金色に輝いている。継ぎ目一つなく、どうやって浮いているのかも不明だ。
物憂げなに背中を丸めて、小さなため息をついた。鉄製の錆びれた門を固そうに押し明け、建物に入っていった。蔦が這い、壁の至るところに穴が開いている。
比喩するでなく、ストレートに言うなれば廃墟だ。
数分待ってから、俺も静かに建物により、門を押して中に入った。
工業用のナットを作る施設だったらしいが、経営者が夜逃げしたので、市が頭を抱える立派な廃墟になってしまった、らしい。
中には見たこともない機械がたくさんあった。
ベルトコンベアに截断機とおぼしきもの。レバーが生えた熔解炉にタイムマシン。
「!?」
タイムマシン?
なんで?
シナズガワはカプセルの前でノートパソコンを開き、キーボードをカタカタ叩き始めた。エンターキーを叩く音が異様にでかい。
物陰からジッとそれを見る。
タイムマシン。
銀色で丸い潜水艦みたいな機械。ケーブルがいくつも伸びている。工場の機械とは異質な雰囲気を醸し出していた。そしてなにより『たいむましん』とスプレー缶で書かれている。ギャグか。
辺りはすっかり薄暗い。穴が空いた壁から死にかけの夕焼けが射し込むが、光源としてはイマイチだ。シナズガワもそれを悟ったのだろう。無表情で指をパチンと鳴らすと、頭上の電気がパッとついた。最高にクール(誉め言葉ではない)な電気の付け方だ。
「……」
シナズガワの手が止まった。
「……」
投げ出した手が微動だにすることなく静止している。
「どうやらネズミが紛れ込んでいるみたいね」
独り言ではないだろう。
俺が侵入したことに気がついたらしい。
「出てきなさい。隠れても無駄よ。そこにいるんでしょ?」
俺がいる位置とは真逆の方向を睨み付け半ば叫ぶように問いた。
なんか惜しいなこの人。
「やぁ」
スッ、と体を出す。
「はっ」
振り向き様の少女と目が合う。俺の姿を確認したシナズガワはみるみる顔を真っ赤にした。
「い、一瞬で移動!?」
「いや、最初からここにいた」
「そ、そう。……って、あなた、なんでここにいるのよ!」
「ついてきちゃった」
「な、な、な、な、なんてこと!」
「感がいいんだがそうじゃないんだが、よくわからない人だね。君も」
「くっ、くぅー!」
悔しそうに唸るとシナズガワは立ち上がって、懐をワサワサとまさぐった。どうやら武器を探しているらしい。
「シナズガワはここに住んでんの?」
「だったら、なによ」
「天井高くて広くてなかなか住みやすそうだね。埃っぽいけど」
「勝手なことを……」
「家出少女掲示板教えてあげようか? 親切なおじさんがたくさんいるらしいぜ」
「黙れ!」
なにをそんなにカリカリしているんだろう。カルシウムが足りないな。
懐をひたすらまさぐっていたシナズガワだったが、結局なにも見つからなかったらしい、力なく腕を横に垂らした。
「あなたの目的はなんなの?」
「君の目的を探ることかな」
「関係ないでしょ。なんなのよ、気持ち悪い」
今までの彼女の暴言で一番傷ついた。
よどんだ空気にいっそう気分が悪くなる。
「ところでこれがタイムマシンってやつ?」
「近づかないで!」
はじめの一歩を踏み出そうとしたら、シナズガワが慌てて機械を遮るように立った。
「回収に来たのね? そうでしょ?」
「そんなでっかいもん俺のポケットには入らないよ。てか、ほんとに、タイムマシンなの、これ?」
「なんでわかったのよ」
「そりゃ書いてあるし」
この子、アホなのかな。
「でさ、君が未来人だっていうなら、なんでこの時代に来たわけ? それを教えてもらわなきゃ夜も眠れないと思ったわけだよ。あぁ、もちろん性的な意味ではないよ」
「なんなの、こいつ……」
虫けらを見るような目だ。背筋がぞくぞくしてきた。
「今度は俺が脅すね。君の本当の目的を言え、さもなくば……」
「な、なにする気なの!?」
「それを俺の口から言わせるの? あ、いかん鼻血が……」
「ぅ……」
特になにもする気はないけど、シナズガワは静かに青ざめていった。
「い、言えないわ。言えるわけないでしょ。無関係な赤の他人に」
「無関係? 本当にそう思ってるの?」
「ど、どういう……?」
「君が本当のことを包み隠さず教えてくれるのなら、俺も本当のことを言うよ」
「……いいわ」
シナズガワは覚悟を決めたように頷いた。
「教えてあげる。その代わりあなたも真実を……誤魔化さないで教えてね」
さっきも嘘偽りなく会話したんだけどね、と思ったが、流れをぶったぎるわけにもいかないので、言わないでおいた。
「私がこの時代に来たのはユーフォーが空に浮かんでいるから」
「それは知ってる」
「宇宙人にコンタクトをとるためにきたの」
「大体予想してた」
「人類の特異点に達するために」
「ほう……」
知らない言葉が出てきたぞ。
特異点。
ってなんぞや。
「技術はこのまま進めば頭打ちとなる」
シナズガワは細い人差し指を一本たてた。
「そりゃいつかはそうかもしれないけど、それは遠い未来のことだろ」
「百五十年後よ」
「そんな馬鹿な。近すぎるだろ」
「……」
彼女の瞳が寂しさに歪んだ。
そういえば。自称未来人さんは何年後の世界から来たのだろう。流暢な日本語を話すところをみるとそう遠くでは無さそうだけど。
視線に気づかないフリをして、少女は唇を薄く開いた。
「ムーアの法則って知ってる?」
「デスタムーア?」
一つ息をついて、少女は続けた。
「インテルの創業者が唱えた法則のことよ。「半導体集積回路のトランジスタ数は2年ごとに2倍になる」という理論のこと。トランジスタ数は「性能」に置き換えられ、「コンピューターの性能は18カ月で2倍になる」と表現されることもあるわ」
「うん。なるほどね」
頭から煙が吹き出そうだ。
「つまり、発展は加速度的ということよ。ゆっくり着実に発展しておけば、こんなことにはならなかったかもしれないのに」
「こんなこと?」
「加速した人類の進歩が恒久的に続くはずもない。百五十年後、あらゆる文化、科学、社会において、発展は頭打ちになってしまった。終わりが始まり、あとは緩やかな衰退があるだけなのよ」
「……衰退ね」
「SF映画じゃ、人工知能が人類の知能を越える時期を技術的特異点と表記するらしいけど、全部の事象に終わりがきたら発展のしようがなくなったの」
「いまいちいってる意味がわからないんだけど。頭打ちとかなんとか、そんなの神様じゃないんだからわかりっこないじゃん。自分の限界点を自分で決めて嘆いてるだけじゃないの? しらないけど」
「限界突破がアポトーシスよ」
「……?」
「文明が行き詰まって、遺伝子は死を望んだ」
「全員で集団自殺をはかったの?」
「そういうわけじゃないわ。アポトーシスは環境をよくするために自発的に行われる細胞の自殺のことだけど、通称なだけで厳密には私たちのそれとは違う。そもそもにして、医療の進化で平均寿命は異様に延びたしね」
「悪い話じゃなさそうだけど」
声のトーンがどこまでも暗いので逆に心配になってきた。
「世界の平均寿命は百三十歳。これっていいことだと思う?」
「さぁ、どうなんだろう。短いよりはいいのかもしれないけど……。なんでそんな長生きなんだよ」
「ヘイフリック限界という細胞分裂の制限を超過させる薬の開発や、病気に侵された器官のクローン再生なんかでね」
「いい、こと、なのか?」
「魔法のような延命を続ける人類は発展をやめた。遺伝子異常なのかどうかわからないけど、産むことがなくなったの」
先進国ほど人口増加は緩やかになるとテレビで見たことがある。発展途上国よりも死のリスクが低いため、リスク回避として、種の存続を計らなくていいからだ。
「社会の発展とともに多産多死、多産少死、少産少死へと推移していく人口置換の行き着くところが、私が産まれた時代、無産少死だったってわけ。総人口は三億人、十八歳以下は12人しかいない。ラストチルドレンなんて揶揄されている」
「なんて中二病なんだ」
「私は人類のさらなる発展を願ってこの時代にきたの。子孫を残せなくなった未来を救うためにね」
「……」
え、過去人と子作りに来たの?
やぺぇ。興奮してきた。
あまりにもエロい目をしてたのだろう、俺の視線に気付いたシナズガワが眉をしかめた。
「勘違いしてそうだから、念のために言っておくけど、私がこの時代に来たのは特異点を突破したであろう高度文明とファーストコンタクトを取るためよ」
ようやく彼女の言葉を真に理解できた気がした。
つまり未来の地球は滅びかけてて、どうすれば助かるのかを宇宙人に教えてもらおうとしているんだな。
なんかスゴいアホ臭いタイムスリップの理由だな。
「てかさ、過去にタイムスリップできる文明もだいぶ高度だと思うんだけど」
「タイムスリップ、ね」
含みのある呟きをして、彼女は横の機械を見上げた。
「コレの理論は明らかになっていない」
「は?」
「落とし物よ」
ライトが灯る天井を指差す。
「宇宙人のね」
「なんてもの落としてんだよ、宇宙人。つか、タイムマシンについてわからないことがあるなら、技術に発展の余地あるじゃん」
「オーバーテクノロジーだと言っているでしょ。人類の技術力で証明できたのは過去へのタイムトラベルは不可能だということだけよ」
「なんだよ、それ。それこそ自分の限界を自分で決めて悦に浸ってるだけ……」
「タイムトラベルの方法はいくつかある」
俺の言葉に被せるように彼女は続けた。人の話は最期まで聞いてほしい。
「ワームホールの利用、ブラックホール、超高速移動……だけどね、どんなに実験を重ねてもたどり着く答えは『過去へのタイムトラベルは不可能』という結論だった」
シナズガワはタイムマシンと書かれたカプセルに手を乗せ、瞳を閉じた。
「コレが見つかるまで」
「それ……どこで見つかったの?」
「ここ」
「……?」
「この工場跡地に放置されていたコレはオーバーテクノロジーに違いなかった。浮いているアレと同じでね」
目を開けたシナズガワの表情に強い意思を感じた。
「改めて私の目的を言うわ。宇宙人の遺産を使い、過去へタイムスリップし、宙に浮かんでいる宇宙船の操縦者とコンタクトを取ること」
「目的、ね……」
「敵情視察、生体調査、人類の進化を促すため。理由なんてなんでもいい、一巡目で明かされることのなかったアレの目的を知り、特異点の突破をはかるのよ! だから、そのために、あなたの口を割る必要がある!」
すきま風が室内のぬくもりを奪っていく。
なんとなく寒気がした。
「さあ、答えなさい! 成田洋! あなたは、あなたたちは、なにが目的で我々の前に姿を表したの!? そして、その技術で人類を、世界を、……未来をッ、救って!」
「……」
俺の舌は動かなかった。
しゃべり方を忘れてしまったのではない、なんて返事をすればいいか、分からなかったのだ。
「なんでなにも言わないの! お願いします! 未来はもう、ダメなの、あなたたちを頼るしか、私たちは、もう……」
「ごめん……」
「! なんで、なんで謝るの……だって、あなた、は」
「俺、地球人なんだ。普通のね」
「!」
最終通告に彼女はがっくりと項垂れた。そんな露骨にがっかりされても困る。本当のことを言っただけなのに。




